生チョコとモフモフ
謁見が終わった俺たちはそれぞれに与えられた私室に案内されていた。
「こちらがアサクラ様の部屋となっております。そして私がアサクラ様の専属のメイドとなりました、名をシルヴィア・ハーティと申します」
王様からつけられたメイドさんはピンと立った耳とフサフサの尻尾、綺麗な銀髪と切れ長な瞳が素敵な子だった。所謂、獣人という人たちだろうか?耳と尻尾をモフモフしたいです。実家で飼っていた柴犬のクロを思い出してしまった。元気にしてるかなあ。
そんな俺の視線が気になったのかシルヴィアさんが切れ長な瞳に冷たい目でこちらを見てくる。
うわー、すごい目で見てくる。というよりも警戒心を隠そうともしていない。一応この人って俺付きのメイドなんだよな?
「アサクラ様、獣人というものが珍しいというのは分かりますがあまり不躾に見ないで頂けないでしょうか?それとゆっくりされたいのでしたら私は席を外して晩餐の時間に再度お声かけいたしますが?」
「ご、ごめん。ただ、元の世界の実家で犬を飼っていたものだからシルヴィアさんの耳と尻尾を見て思い出してしまっただけだよ。それと、もしシルヴィアさんが良かったらでいいのだけどこの世界のことについて教えてもらっていいかな?」
「晩餐の時間まで3刻ほどありますので大丈夫ですが、一応他の者に晩餐の準備に参加できないということを伝えてきますので少々お時間の方をいただきます。お飲み物をお持ちしますが何かご希望などはございますか?」
「手間をかけてしまってごめんね。それじゃあ、何か気分が落ち着くような香りの飲み物があればそれを貰えるかな?」
「かしこまりました。それでは少々お待ちください」
シルヴィアさんは扉の前で一礼して部屋から出て行く。それを見て俺は一度大きく息を吐く。
あの人にこれからお世話になるのだよな。大丈夫かな?
改めて部屋の中を見ると個人に与えられるとしては過剰と思えるくらいの部屋の広さだ。俺が元の世界で住んでいた一人暮らしの部屋よりも圧倒的に広い。ただ召喚されただけでここまでの部屋を与えられていいのだろうか?まあ、ここまで良くしているのは俺たちに命を懸けて戦ってもらうからなのかな。
俺たちは宝具の使い方もスキルの使い方や魔法、戦闘術、この世界の知識など足りないものが多すぎる。それにステータスに職業など知らない要素が沢山あるからこれについても教えてもらえるのならば聞いておかなければならない。
そんなことを考えているとドアがノックされる。
「アサクラ様、シルヴィアです。入ってもよろしかったでしょうか?」
シルヴィアさんが帰ってきたようだ。
「どうぞ」
「失礼いたします。お飲み物の準備ができました。そちらのテーブルにお掛けください」
シルヴィアさんに促され俺は二人がけのテーブルにかける。シルヴィアさんは飲み物とお茶菓子が乗ったトレイを乗せたワゴンを押してくる。
「この度はアルトリア王国の名産品の一つのアルト茶をご用意させていただきました。そしてこちらは過去に使徒様が作られた生チョコというお菓子になります。これから晩餐の方が控えておりますので軽めの物をご用意させていただきました」
流れるような動きでシルヴィアさんはテーブルにセッティングをしていく。
シルヴィアさんはセッティングを終えたのか話すためなのか俺の斜め前に立つ。
「あの、シルヴィアさん?」
「はい、どうされましたか?もしかして生チョコは嫌いでしたか?」
「いや、生チョコは好きだけども。ところでシルヴィアさんは座らないの?」
「私はメイドという立場なので仕えている方と同じ席に着くなどできません」
「メイドとしては普通なのかもしれないけど、俺は申し訳ないと思うし座って話できると嬉しいんだけど」
こちらの世界のメイドさんからしたら普通なのかもしれないけど流石に此方が頼んで時間を作って貰っているのだから立ったままで話をされるとなんだか申し訳なさで押しつぶされそうになりそうだ。
シルヴィアさんは俺からのお願いに観念したのか向かい側の椅子を見る。
「分かりました。今回はアサクラ様のお気持ちに甘えさせていただきます」
シルヴィアさんは自分の分をカップに注ぐと向かいに座る。
俺は少し喉が渇いていたということもありアルト茶に口をつける。それを見てシルヴィアさんは意外そうにする。
「どうしました?」
「いえ、さっき会ったばかりの人間が淹れた物をあまりにも無警戒で飲まれたので少々驚いてしまいました」
「まあ、一応シルヴィアさんにはこれからお世話になるわけだしあまり失礼な真似をしたくなかったというだけだよ。それと、アルト茶おいしいです。元の世界にも似た味のお茶がありますよ」
アルト茶は元の世界でいうとジャスミン茶のような味でとても飲みやすかった。元の世界だとジャスミン茶は好みが分かれるお茶だったけど俺はよくコンビニで買うくらい好きだから名産だと聞いて少し嬉しい。
無警戒を装ってアルト茶を飲んだのは一応、打算が多少ある。
1つは俺を今の段階で毒殺したとしてデメリットの方が大きいと思うから、敵国だったり魔族からしたら力をつける前に殺せるという大きなメリットがあるが殺さなかった時はその国の警備が厳しくなったりその際に工作員を何らかの手段で無力化して尚且つ口を割らせることが出来れば情報が割れるからそのリスクはとるには使徒1人の命じゃ割に合わないかもしれないからだ。
2つ目はここで貴女を信じて警戒しませんでしたと言えば毒殺されなかった場合、俺に対する信用もある程度得られるだろうということだ。
「分かりました。ですが、これからは多少は警戒をしてください。もうそのお命はアサクラ様だけのものではないのですから」
「これからは気をつけますから」
「もういいです。一目見た時は思慮深そうな方だと思い警戒していましたが、とんでもないお人好しだということが分かりました。無駄話はこの辺にして具体的にこの世界のことについてはどのようなことが聞きたいのですか?」
2つ目の打算が功を奏したのかシルヴィアさんの雰囲気が幾ばくかは柔らかくなる。
良かった。これで落ち着いて話ができる。
「それじゃあ、まずはこの世界におけるアルトリア王国の位置付けを教えてくれるかな?」
「アルトリア王国はこの世界における四大国の1つに数えられています。ちなみに残りの3国はレーヴェンガルト帝国、クリスティア聖国、リーグハルト王国があります」
「四大国の力関係はどんな感じになってるの?」
「まず、友好的な関係なのはリーグハルト王国で明確な敵国なのはレーヴェンガルト帝国、中立を維持しているのはクリスティア聖国です。軍事力などは一概には言えませんがレーヴェンガルト帝国とアルトリア王国が他の2国よりも比較的に優れています。クリスティア聖国は宗教関係で他国に強い力を持っています。最後にリーグハルト王国ですが生産関係が全ての国よりも優れています。細かいところまで言っているとキリがないので大まかな力関係などはこのような感じです」
なるほど。四大国の力関係と特徴はわかった。レーヴェンガルト帝国が敵ということは確実に戦う運命にある使徒がいるということに他ならない。
「大体は把握した。それじゃあ次は使徒が50人も同時に召喚された理由を教えてもらってもいいかな?」
「それは世界的に知られていることなのですが、結論から申しますと各国の最上位の神官たちに神託がおりたためです」
「神託?」
「はい、神託によると邪神がこの世界の裏で暗躍してこの世界をかき乱そうとしているようです。神はその抑止力として各国が所有する宝具に適応した使徒を召喚しなさいと言ったためです。ちなみに日時も指定されたという話です」
それで50人が同時に召喚されて一つの空間でまとめて異世界行きの準備をさせられたわけか。そりゃ神からしたら50人も個別に相手になんかしてられないわな。
「ステータス関係はどうせ明日以降に行われる訓練の時にでも聞かされるだろうから他のことなると魔族のことかな」
「魔族はこの地に住む種族全てに共通している宿敵です。魔族は絶対数はあまり多くはありませんが個々の能力が抜きん出ています。その中でも幹部クラスが下から10魔将、7魔帝、4魔王、そして最後に邪神と続きます」
敵のことは少しはわかった。これからの理解は追々深めていけばいいだろう。
大まかなことは聞けたからあとは細々としたことを聞ければ初日の成果としては上々かな。
そこまで考えると俺は皿に盛り付けてある生チョコを1つ口に含む。生チョコは滑らかな舌触りで口いっぱいに程よい甘さとしっかりとしたカカオの香りが広がる。これは元の世界のものとあまり差がないのではないかと思う。昔にいた使徒は頑張ったのだな。チョコレートの作り方とか普通は知らないと思うし材料集めからして一苦労どころではないだろう。
「うん、美味しい。元の世界の味にも負けてないね」
「それはようございました。それでは私も一つ失礼します」
シルヴィアさんは生チョコを食べると笑みをこぼす。
「何度食べてもチョコレートを使ったお菓子は美味しいですね。アサクラ様の元の世界ではチョコレートなどの嗜好品も安価で買えたのですよね?」
言葉を聞く限りでは冷静に話しているように見えるがそうではない。
「ま、まあね。俺も姉と妹の所為で一年の決まった日にはチョコレートのお菓子を作らされていたよ」
「アサクラ様はお菓子作りが出来るのですね。もし……もしですよこの世界での生活に慣れてこられたらそのお菓子というものを作ってはいただけないでしょうか?」
「それは構わないけど、そんなにチョコレートを使ったお菓子が好きなんだね」
「はい!それはもう!」
ここまでの会話でシルヴィアさんに起きた変化は以下の通りである。
生チョコを食べる。(耳と尻尾がピコピコ、ブンブン動き回る)
↓
俺がチョコレートを使ったお菓子を作れることを知る。(尻尾と耳がピンと上を向いて固まる)
↓
シルヴィアさんが俺にお菓子を作ってもらえないか聞いてくる。(耳が垂れ気味になり尻尾もそわそわと動かす)
↓
俺が了承する。(耳がピンと上を向き、生チョコを食べた時よりも盛大に尻尾を振る)
↓
俺の質問にシルヴィアさんは力強く返事をする。(耳は頷くように上下に動いて尻尾は先ほどと同じように盛大に振っている)
よって結論。シルヴィアさん、マジ可愛い。顔よりも表情?豊かな耳と尻尾を盛大にモフモフしたいです。
俺がジーッと見ているとシルヴィアさんは動揺する。
「い、如何されましたか?」
「いやね、シルヴィアさんの耳と尻尾はとても素直だなと思ってさ」
「お恥ずかしながら我々獣人族の特徴として耳と尻尾に感情が現れやすいのです。訓練すればある程度は自制できたりするのですがどうにも私は苦手でして」
シルヴィアさんは恥ずかしそうに話す。
「別に無理して直さなくていいと思うよ。元の世界では獣人はいなかったけど月並な表現だけど可愛らしいし」
「なっ………!」
シルヴィアさんは顔を真っ赤にして尻尾を大きく揺らす。そういえば姉たちからこういう軽口は思っても口に出すなと言われていたな。まあいいか、二人はこの世界にはいないのだし誰かに怒られることもない。
「アサクラ様は元の世界では女誑しとか言われたりしませんでしたか?」
「いや、俺の言動とかは姉とかに厳しく指導されていたし、そもそも女子と話すことがあまりなかったからね」
「そうなのですか。なんだか意外です」
何が意外なのかはわからないがシルヴィアさんが心を開いてくれたようで良かった。
俺は頭を切り替えるために一度アルト茶を口に含む。
「それじゃあこの話はここまでにして、あとは今までの話で気になったことを聞いていくからよろしくね」
「かしこまりました。では、情報料として残りの生チョコを頂いてもよろしかったですか?」
「はいはい、どうぞ全部召し上がってください。なんだかシルヴィアさんっていい性格してるね。でも最初よりも断然取っつきやすいから全然構わないけどさ」
「それは良うございました」
俺は苦笑しつつ、生チョコを食べて喜んでいるシルヴィアさんを眺めながら食事の時間まで質問を繰り返した。
読んでいただきありがとうございます。
評価やブックマークしていただけるとありがたいです。
次話もよろしくお願いします。