#2 宿
僕が死を覚悟して、目をつぶってから少しの時間が経った。あまりにも熊の攻撃が遅かったので、僕は目を開いた。するとそこには、倒れた熊と剣を持った銀髪の女の子が立っていた。女の子にお礼を言おうとすると「あんた馬鹿なの?今の時期、川には餌となるサーモルが海から帰ってくるからグリズリンが大量発生するのよ。そんな時期に川に入るなんて、あなた死にたいの?」と、言われてしまった。
しかし、この世界に来たばかりの僕が、川が危険だなんて知る余地もない。ついでに言えば、知らなかったから、死にたいなんてこともない。
改めて、女の子にお礼を言おうとすると「別にお礼なんて要らないわよ。私はただ目の前で人が死ぬのを見たくないだけ。」と言われてしまった。その女の子に、僕は、旅をしていて危険なのを知らなかった事を伝えると、「あんたどんな田舎に住んでいたのよ。こんなの常識中の常識よ。このままここに放置しといたら、また死にかけるかもしれないから、近くの街まで案内してあげる。」と心配いや、哀れみからか、近くの街まで案内してもらえることになった。
その道中その女の子から、少し話を聞いてみた。
女の子の名前はアリア。歳は僕と同じくらいに見える。身長も僕と同じくらい。女の子にしては少し大きいくらいだ。アリアは近くの街のギルドで受けた依頼の、スパイダの討伐の帰りだったらしい。その帰りに、熊いや、グリズリンに襲われている僕を見つけて助けてくれたみたいだ。ちなみに、さっきアリアが言っていたサーモルは、日本で言う鮭みたいなものらしい。
何も知らない僕が一方的に質問をするだけの会話と呼んでいいのか分からないものをしているうちに近くの街についた。街の名前はアイント。この街はこの国、ヴィルスの中でも2番目に大きい都らしい。街についたらやることは決まっている。宿の確保である。しかし、僕は気付いてしまった。僕は、この世界のお金など持っていない。これでは宿に泊まることはできない。アリアに相談してみるのがいちばん早いのだが、アリアはこの街に着くなり、「案内は、したから。あとは自力でなんとかしなさい。」と、どこかへ歩いていってしまった。とりあえず街を歩いてみたら、アリアが見つかるかもしれないし、何とかなるかもしれない。そう思い、街を散策してみることにした。
そういえば、アリアと話していて思ったけどこの世界でも言葉は通じるらしい。しかし、街の看板などの文字を見てみると、これは、全く読めないのである。文字が読めなければ宿を探すのも一苦労である。
そんなことを考えながら歩いていると商人みたいな人に話しかけられた。僕が持っていた教科書とノート、筆箱に興味を持ったらしい。特に筆箱に興味を持ったらしい。商人にこれが何なのかを聞かれて、とりあえず中を開けて見せてみた。といっても中に入っているのはごく普通のシャーペン2本と消しゴム、鉄製の定規だけである。しかし、この世界には、文房具が無いらしく、商人はこれを譲ってくれないかと聞いてきた。
僕は、考えた。これは、チャンスだ。上手く行けば宿に案内をしてもらえるだけでなく、宿に泊まるお金も貰えるかもしれない。そう考えた僕は、商人に「この街に来たばかりで、宿の場所が分からないし、財布を落として困っている。助けてくれるならこれを譲りましょう。」と、取引を持ちかけてみた。すると、商人はこの取引に応じ、宿まで案内してくれ、3日分の宿代銅貨6枚をくれた。ついでに聞いたのだが、この世界のお金は銅貨、銀貨、金貨、白金貨の四種類。先に挙げたものの方が価値が低く、同じ硬貨10枚で一つ上の価値の硬貨と同等の価値を持つらしい。
宿の前で商人と別れ、僕は宿に入った。とりあえず1日分の宿をとった。この宿は、1泊銅貨2枚で、2色付き。ご飯がついているのは嬉しい。しかし、異世界ということで、食べ物も虫とか見た目がグロいものとかだったらどうしようと思っていたのだが、見た目も味も元いた世界と大差なかった。まぁ食材の名前が少し違うが。例えばカボチャによく似たものはカボヒャ。デザートに出てきたみかんによく似たものはオランジ。といった感じだ。そんな異世界初の食事を宿の食堂で楽しんでいると、食堂に見覚えのある、銀髪の女の子が入ってきた。アリアは僕を見つけると、こちらに来て、「何?まだ何か聞きたいことでもあるの?宿まで付いてくるとか止めてよね。」まるで僕がストーカーみたいに言われている。僕は、商人に案内されてこの宿に来たことを説明し、つけてきた訳では無いとアリアに伝えた。すると、アリアは何事も無かったかのように、僕の前に座りご飯を食べ始めた。
アリアが食べ終わるのを見計らって「明日、ギルドに連れてってくれないか?」と頼んでみた。「連れてくぐらいならいいけど、迷惑かけないでよね。」と、少し冷ための返事が帰ってきた。確かに、アリアにいい所は何一つとして見せていない。むしろ熊に襲われている、ダサいところは見せた。しかし、あまりにも冷たくないかと、考えながら、自分の部屋に戻った。
部屋はベッドが一つ、机が一つあるだけのシンプルな部屋だが、野宿と比べるとこちらの方が数ランク上である。僕はベッドに横になり、考え事をしていた。明日ギルドに行ったときに冒険者になれれば、依頼をこなしてお金を稼ぐこともできるかもしれない。そうなれば、宿代に困ることもなくなる。そして、前の世界に戻ることは出来るのか。何故僕はこの世界に来たのか。そんなことを考えていたら寝てしまっていた。