黒い娘と白の苦悩 始終譚 その9/10
「それをどうするかは、あなた次第よ。有効にお使いなさい……」
「ああ、ありがとう。本当にあなたは悪魔だったんだな。もっと、願いを叶える……」
あら、欲が出来てきたわね。
「残念だけど、もう願いは叶えたでしょう。そろそろ御暇するわね」
夜も……あら、もう早朝の時間ね。帰らなくちゃ。
しばらくしたら、また忙しくなるだろうから……
思考の呟きに、白からの疑問が再び届く。
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『忙しくですかー。えっと、なんでですか? もう終わったのですよねー』
『ええ、次は舞華さんよ。きっと、心からの後悔と懺悔、憤怒が起こるでしょう……』
きっと、心からの願いが生まれるわよ。
『へっ……? なんでですかー』
『舞華さんの仕事だけど、実は夜のお店でのお勤めは、旦那さんに内緒なの。24時間の工場事務として、夜間の勤務をしてることになっているから……』
おそらく、今回の一件で破綻するでしょうね。
そのときどうなるか? うふふ。楽しみだわ。
『どいつもこいつもー。ろくでなしですー』
『さあ、もう念話はおしまいよ。願うわ……』
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「白、帰るわよ。それは有効に使いなさい……」
自身の魂を、半分使って引き換えにした。
二枚の書類をね……
白は、自分で淹れたコーヒーを一気に飲み干してから横に並ぶ。
「はいくろさまー。お待たせしました。おまえ、がんばれよー。いいことあればいいな……」
やはり男性は白を恐れているのか、目を合わせない。
顔も上げなかった。返事もしなかった。
もう恐怖を乗り越えたサービスタイムは終了ね。
私も振り返ることなく、男性の自宅を後にする。
そして、来た道を逆に歩き始めた。
「ふう、何とかなったわね。結果をみると白の努力が大きかったわね……」
良いかどうかの判断は別として、結果だけをみればね。
「そうですよー。感謝してくださいねー。そして、ついに念願の魂を得ましたねー」
「そうね。でも、あなたがドアを叩いて、貞操でもなんでも捧げる発言には笑ったわ」
「うげぇ。そこは、忘れてくださいよぉ……」
ああ、面白いわね。真っ赤になって。ふふ……
「それよりくろさまぁー。無事に魂も得たことですしー。白の見た目をそろそろ固定し……」
「何の話かしら? それより……」
時間切れね。
そう考えた瞬間、白の変身時間が切れる。
まばゆい光を伴い、徐々に小さくなっていった。
変化が完全に収まったとき横に並んでいるのは、いつも通りの白い猫だった。
「ナシテェー。もどってますー!? くろさまぁ?」
「仕方がないわよ。ほら白、見てごらんなさい、もうすぐ朝日が出るわよ……」
ああ、まるで明るい未来を示唆しているようね。
「ちょっとぉくろさまー。一晩中あの状態じゃ!?」
「もう夜明けなのよ、願いも切れたわ」
「正味三時間ぐらいだったー!?」
うるさいわね。別にその姿でも、さほど困らないでしょう。
「さあ、帰るわよ。朝ごはんは何かしら?」
「ふう、わかりました……いつも通り和食でいいですよねー。ご飯は昨日の残りを温めますので……それと、食後にもう一度術をかけて、今度はちゃんと大人でずっと過ごせるよう……」
「嫌よ。だって、まだこれから舞華さんの事があるのよ、ちゃんと節約しておかないとだめじゃない」
「だって、出掛ける前にくろさまは……」
「約束なんてしてないわよ」
「へっ!? だって、あの時……今はこれ以上……はぁぁ。言ってませんでした。白が勝手に言ってただけですね……ううっ」
なんだかかわいそうね。
ずっと変身したままなのは、さすがに存在力の消耗が激しいけど、せめて……
「願うわ……」
「……? くろさま、何かいいましたかー?」
「別に何もいってないわよ。それより早く帰りましょう。あなたは今日もお勤めがあるでしょう?」
「はい……朝八時からですー。ご飯の用意を終えたら、出掛けますねー。白のいない間に部屋を散らかさないでくださいねー。それと、おやつは冷蔵庫の中にプリンが用意してありますので、それを食べてくださいね。帰宅は晩御飯の買い出しをしてきますので、だいたい四時ぐらいですー」
「そうなの、プリンね……」
大好物よ。うふふ。
それに存在力もこれでしばらくは持つわね。次の目星も立ったし、今回は上々ね。
「くろさま。じゃあ先に帰ってますのでー。ゆっくりでいいですよ」
白はそう言って横の草むらに飛び込んだ。きっと近道なのだろう。
私には無理ね。サイズ的に……普通に歩くわ。
今回最後の願いは、白の変身時間の延長。
それは、一時間の縛りを二時間にしただけ。
これで職場での頻尿娘の汚名が少し晴れればいいわね。
毎回トイレに籠ってばっかりじゃ、かわいそうだから。頑張った報酬ね。うふふ。
こうして、黒い悪魔の娘は魂を得る。
そして、長くあっという間の夜は、完全に終わりを迎えた。
蒼くうすぼんやりとした世界に、赤い朝日が射し込んできて景色を一変させる。
徐々に人々の活動時間を迎え、動き始める気配がする。
それを横目に眺めながら、くろは独り歩く。
使い魔の白が待つ、小さいながらも快適で、トタン壁の一部屋しかない彼女達の棲む城に。
エピソードに続く。