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8/10

黒い娘と白の苦悩 始終譚 その8/10

 挿絵(By みてみん)


「あなたの願いを叶えましょう。心に思い浮かべるのよ……」


「舞華ぁ!! 愛してるぞ。旦那(あいつ)よりもずっとだ。俺だけを見てくれ!」


 えっ? 源氏名!? 本名は知らないのかしら?

 あなただけを。それは契約後の願いだから知らないわよ。


 だって、契約は解き放つですから……

 でも、希望は差し上げましょう。叶うかどうかは、あなた次第よ。


 さあ、始まったわ……


 少しの間をおいて起こる。

 黒い娘の長い黒髪が、生き物のように(うごめ)く。


 それは漆黒、深闇の中から何かが誕生するかのように……中心から徐々に膨らむ。


 そして、髪の間から白く角張ったモノが、徐々にその姿を(あらわ)す。


 溢れる黒髪の中から現れたのは紙。

 それは床に落ちて、乾いた音が室内に響く。


『むがぁー、やっぐぉ』


『うっるさいわねぇ!! 願うわ戻りなさい……』


 言ってる事がわからないと、余計に(やかま)しいわね。


『くろさまぁー!! やりましたねー。これで久し振りの魂にありつけましたー。うわぁい』


『はあ、そうね。でもこれは? ……ああ、あれね』


 白は私の呟きを聞き、その誕生したモノに向かう。

 ソファーを飛び超えて落ちた紙を拾った。


「んんっ!? 離婚届? それと婚姻届ってなってますけどー」


「……なにぃ! 寄越せぇ!!」


 男性は抱擁を振りほどき、白の持つ2枚の書類に向かう。

 そして、奪い取る。

 白に対する恐怖を、関心が上回った瞬間だった。


「これか、これがあれば!」


 誕生した2枚の紙。

 その文面を何度も見返し、喜び叫ぶ男性の声が室内に響く。


「そうね、これさえあれば彼女は自由よ、あなたの元に来るかもしれないわね……」


 ただ、そこまでは関知しないわ。

 可能性は(ぜろ)じゃないもの。


 もちろん離婚届には、彼女と旦那の署名と押印がされている。

 そして婚姻届には、目前の男性と彼女の署名及び押印がされてあった。


 もちろん直筆よ。書いた覚えはないでしょうけどね。

 私が誕生させた、そう名づけるなら……


「悪魔の離婚届と婚姻届ね」


「悪魔関係ないじゃー」


「黙りなさい白……それ以上言ったら……どうなるかわかっているのでしょうね?」


「口にチャックですー」


 いい子ね。


「この書類があれば、舞華が離婚することができるぞ。そして、これで結婚できる……」


「これであなたの願いが叶うわね」


 願いは、彼女を家庭(ろうごく)から解き放ちたい。

 その独り()がりな願い通りに分断される。


 そして、婚姻届は希望よ。

 ただ、その願いが叶うことはきっとないでしょうけど……


 **


 喜び書類を眺める男性を見ていると、白から疑問の念話が届いた。


『くろさまー。いいですか? ちょっと確認したいのですがー』


『なにかしら? 今は忙しいの。手短にしてほしいわ……』


『こんな紙切れで、幸せな家庭が終わらせるのですか? こいつは、えっと、その……舞華さんでしたよね。彼女と本当に結婚できるのですか?』


『正確にいえば、離婚はさせられるけど。結婚は無理でしょうね』


『嘘はダメじゃないですかー』


『嘘なんてついていないわ。役所に提出すれば書類上は離婚させられるわね。ただ、離婚の成立から一定の期間が経過しないと再婚はできないの……』


 そういった決まりがあるの。


『じゃあー。その期間を待てばいいだけですね。よかったー』


『……そうね。ただね、その間に舞華さんが勝手に離婚させられている事実に気が付かなければね。あと、もちろんこれは違法な手続きよ』


『やっぱりだめじゃないですかー。法律を守りましょうよー』


『そんなの私の知った事じゃないわ。これは彼の判断問題よ……でも、必ず使うでしょうけどね』


 えへ。


『違法行為について、白はよくわからない事でー。えっと、くろさま、もう一度聞きますが、契約者に嘘はだめじゃなかったのですか?』


『だから白。私は嘘はついてないわよ、詳しく言ってないだけ。彼がどう判断するかに関知をしないの。それが悪魔という存在なのよ……』


 願いを叶えて、魂を得る。

 希望に添えるかどうかはわからない………それが悪魔。



 彼の願いは、解き放ちたい。

 悪魔の離婚届で登記上、彼女は解き放たれる。家庭は分断される。そのための手段は男性の手に渡った。それにより契約は成立する。

 もう終わったことなのよ。


 それに、彼からの詳細な質問もなかったしね。

 けど普通、悪魔に役所の手続きなんて聞かないでしょう。

 これも、わかっていたことよ。


『悪意の塊ですねー。まあいいですけどー。明日の朝に役所に持ち込んで、彼の願いは一応、叶った? と考えていいんですよね』


『そうね。言質を取り付けて、願いを叶えるモノを誕生させた時点で魂の譲渡手続きは完了した。……あと、提出は別に朝でなくてもいいのよ……』


 役所の夜間受付に書類を提出するだけでいいのよ。ちゃんと受理されるのは翌朝、開庁時間になるけどね。

 もちろん郵送も可能よ。


『それを伝えて完全に終わりですねー』


『さあ、どうしようかしら?』


『悪魔だー!!』


 そうです、悪魔ですから。


さて、本作の書類を本人に成り変わって偽造する。

これは、有印私文書偽造罪

(ゆういんしぶんしょぎしょうざい)となります。


その偽造した、離婚届を実際に役所に提出した場合。

偽造有印私文書行使罪

(ぎぞうゆういんしぶんしょこうしざい)になります。


最後、戸籍に虚偽(きょぎ)の記録を登録させる。

これは、電磁的公正証書原本不実記録罪

(でんじてきこうせいしょうしょげんぽんふじつきろくざい)になります。……罪名長っ!?


これが一連の罪状で、トリプルcomboです。

かなりの重罪です。やらない方がいいですよー。


さて、届けについて話しましょう。


離婚届、婚姻届は役所の窓口に持っていって提出するだけなのです。つまり、誰でも身分の確認さえできれば、改竄(かいざん)が可能……なんですよ。ヤバイです。


ああ、そうだ。

一言、追加しますね。これは"協議離婚"の場合のみです。

他の離婚方法については長くなるので割愛。

興味があれば調べてくださいね。そして私に教えてください。


ちなみに本作中の離婚届には、親権者と証人も記載されていますよ。財産分与の公正証書も添付してあるとします。

書きませんでしたが、裏設定としてご了承くださいませ。


さて、これは簡単に偽装できてしまいますね。

しかも、大変なのは勝手に出された離婚届を撤回する場合です。


自分達の知らない間に出されたので、撤回をお願いしますねー。

なんて、それは役所に通じないのです。偽造の事実を調べる。調査なんて、役所はやってくれません。


警察は捜査、犯罪者を逮捕しますが。虚偽書類の撤回はしてくれません。


そのため家庭裁判所まで、離婚の撤回手続きに行かないといけません。かなり面倒ですね。


お手上げですー。

被害者が自分で回復する必要があります。



ところが、こんな防止策があるんですねー。

それは、不受理申出制度 (ふじゅりもうしでせいど)。

この不受理申出書の提出を行うと、婚姻届、協議離婚届、養子縁組届、協議離縁届、認知届の本人以外の勝手な申請を受理できなくするのです。


ちなみに、この届けは日中の窓口でしかできません。

夜間窓口、郵送は受け付けないし、代理人の提出もダメです。


しかも届け出は、原則(・ ・)本籍地の役所、役場になります。

他の役所は、提出してから本籍地の役所に送られるので、提出日より受理されるまでに、タイムラグが数日できますよー。ヤバイと感じた緊急時はご注意を……


……しかしこの制度、離婚届け、婚姻届より厳密なのはなぜだろう?

……まあいいか……さて。


これで、対策も万全です。


だけど、実は有効期限があるんですねー。

はい。提出から6か月が有効です。半年ごとに、もう一回出しにきてくださいね。

お疲れさまですー。




なんてね。



平成20年5月以降は、法改正により有効期限が撤廃されました。

ずっと有効です。よかったですね。

特定の書類は期限がありますけど、本作には関係ないので割愛。


それでは、ほとんどの人には必要ない知識でしょうけど、知っていて損はない。

そして、いざというときに自慢できるかもしれません。

どうぞ、雑知識として頭の片隅にでもご格納下されば幸いです。

菅康

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