黒い娘と白の苦悩 始終譚 その7/10
「そろそろ、話す気になってもらえたかしら?」
「……ああ、どうやら普通の人間でないことはわかった。だが、何ができるんだ?」
「願いを言いなさい。私の力で、それを叶える物を産み出すの。誕生をさせるわ」
「誕生? なら、それがあれば彼女を助けることができるのか?」
「……助ける?」
「実は俺はある女性を助けたいんだ。彼女は……そう、酷い家庭内暴力に晒されている。別れたくても、旦那が認めないと離婚が成立しないんだ……」
そうしないと、いつか彼女は壊れてしまう。
呟くように、思い込むように。男性は囁く。
「なるほど、あなたは彼女をどうしても助けたいのね。夫の暴力と圧制の中から救いだしたいと……」
「ああ、その為なら俺の全てをなげうっても構わない。愛しているんだ。彼女もそれに応えてくれている」
ああ、やっぱり止められないわね……
嘘を塗り固めて、罪悪感を忘れた魂の味は。
餓えて乾燥した大地を潤す、恵みの雨のようだわ。
『くろさま、彼はいい人ですね。白は涙が止まりませんー』
『何であなたは彼の空想に涙しているのかしら? さっき真実は全部説明したわよね?』
聞いてなかったのかしら?
まあ、いいわ。さっさと叶えましょう。彼の願いを聞き入れましょう。
喩え、それが真実と違っても……構わない。
座り心地のよいソファーより立ち上がり、彼の横に座る。
驚きの表情で、こちらを見つめる男性の頭部をゆっくりとした動きで抱き締めた。
優しく慈愛が溢れる抱擁のように。
彼は一瞬だけ硬直するも、直ぐに弛緩した。
頭部は黒い娘の胸部に寄りかかってくる。
「あなたの願いを聞き入れるわ。さあ想い浮かべなさい……」
「……おもい? ……どうすれ……」
悪魔の包容。
この魔力に抗うのは非常に困難だろう。
特に心が弱っている人は、心地よさと心からの安堵に餓えている。
麻薬のような多幸感と、夢心地が味わえるわよ。
『白は法律を遵守しますー』
『うるさいわね。悪魔の包容は法律で禁止されてないの』
麻薬も国によっては、認められているのよ。
医療品でも普通に使われているの。どうでもいいけどね。
さて……始めましょう。
「慌てなくていいのよ。あなたは彼女と、どうしたかったのかしら?」
「俺は……彼女が幸せに……暮らせれ……」
このままだといけないっ!?
彼女だけの幸せを願ってしまったら、彼が望む本当の願いが叶わない。
産み出されるのは、きっとネズミのテーマパークチケットが家族分。
……今と変わらないわよ。何とかしないとまずいわね。
「あなたは彼女を自由にしたいのよね……」
「そうだ……彼女が自由なら、俺にも……」
ほっ。よかったわ。これなら……
「そのために、あなたは何をしてきたのかしら……」
「ずっと……彼女の事だけを見てきた。尽くしてきた。そう、隣に並ぶのは俺だ!! あいつじゃない!!」
そうね。そう考えてもらわないといけないわね。
でも、彼が話すあいつって、きっと素敵な旦那さまでしょうね。
嫉妬と欲望も堪らないわね。ああ、美味しいわ。
あと少しね。
「そのために何をすべきかしら?」
「旦那からの束縛を……その為に……」
「その為に……」
早く言いなさいよ!? そうすれば叶うのよ。
「うぁ……どうすればいい? わからない……」
ああっ!? もうじれったいわね。
『えへへー。優柔不断ですねぇー』
こいつは邪魔ね。願うわ。黙りなさい。
『むがぁーにゃぃぃ!?』
白はなんでこんなにうるさいのかしら。
はあ……でも、本当に面倒な男ね。
「彼女をどうしたいの? それを聞かせて。ゆっくりでいいの。思い出して、今日何があったか……」
「ああ、……俺は彼女を夫の、あの家庭の束縛から解き放ちたい。それだけでいいんだ!!」
「それが願いのなのね。……わかったわ叶えましょう」
ついにこの時がきたわー。彼女を解き放ちたい。
この一言を待っていたのよ。
「もう一度聞くわね。本当にいいのかしら? 対価はあなたの魂。その半分よ……」
「彼女を、あの家庭から解き放てれば構わねぇ!! あんな光景を見せやがってぇ」
暴れないでほしいわね。胸が痛いじゃない。
それに涎が服についたわ……最悪ね。
でも、これで言質も取れた。さあ、始めましょう……