黒い娘と白の苦悩 始終譚 その6/10
玄関から男性の後に続く。
そして、たどり着いたのは、20畳以上の広さがあるフローリングのリビングだった。
アジア調の家具が並び、最新のAV機器が揃う。
間接照明が落ち着いた空間を演出している。
ほんと、見栄張っちゃって。
誰のためかしらね。うふふ……
部屋の中心にあるソファーに座る。
柔らかいクッションに臀部が沈む。
その感触は、まるでお尻を包んでいるようで
……そう快適だった。あら素敵ね。
「さて、話してくれるかしら?」
「その前に、あなたが本当に悪魔だと証明して欲しい……」
話しはそれからだと続ける。
「証明ね……白」
「はいー。何ですか?」
白はキッチンから飛んできて横に座った。
これを弄いじるのが一番わかりやすそうね。
「……願うわ。使い魔を元の精霊に……」
「ちょっ!! くろさまぁー……!?」
願いにより、白は光に包まれ元の精霊に戻る。
そこにいたのは白い龍だった。
大きさは少し抑えて二メートルほど。
大きな口に、鋭い牙。全身を覆う蒼白い鱗が、間接照明を滑らかに反射する。
普段の猫は、存在力の節約なの。ああ、疲れるわね。
「どうかしら? これで信じてもらえたかしら……」
「ばっ化け物!!!?」
そんなこといったら白が傷つくじゃない。もっと言いなさい。
「ちょっ!? くろさまぁ、いきなりこれは何ですかぁ?」
真横で騒ぐと、大きいだけにうるさいわ。
「……願う。使い魔を先程の姿に……」
白は中学生の姿に戻った。
あら、鼠にするのを忘れてたわ。残念。
「ふぅー。焦ったですよー。急に術は止めて下さい。心の準備があるんですからー。それにおまえー、言い方に気を付けろよー」
「別にいいじゃない、凛々しい姿だったわよ」
まんざらでもない笑顔で笑っている白を見ていると、言葉の選択を間違えた事に今さら気がつく。まあいいわ。
「それより、これで私が悪魔と証明できたかしら?」
「……ああ。どうやら本当みたいだな」
「くろさまー。こいつの願いはわかってるんですか?」
「もちろんよ、悪魔ですからね」
でも、直接本人の口から言わせないといけない。
それに、悪魔は契約者に嘘もつけないの……
そんな面倒な制約があるのよ……願うわ。
***
白に念話を使い、真実を伝える。
この男はキャバクラバツイチ倶楽部の舞華という女性に入れ込んで、のめり込んだ。そして騙されたの……
これは彼には聞こえない、私達だけのお話し。
秘密の会話。
『それってー、水商売の女性なら普通の事じゃないのですか?』
『彼にはそうじゃなかったのね。バツイチと言われて信じた。気を引くため大量に借金をして、ブランド品を貢いだ。身分もグローバルベンチャー企業の社長と偽った。……おまけにこのマンションも親の遺産を頭金に入れてローンを組んで購入したのよ……』
いつでも一緒に暮らせるようにと、想像をしながらね……
『バカな男ですね……で、その舞華さんは、本当はバツイチじゃ?』
『もちろん既婚者よ。保育園に通う女の子と、小学1年になる男の子がいるわ。素敵な旦那さんもね』
『あちゃー。しかし、なんでそこまで彼女にこだわるのですかー? 他にもたくさん女性がいるじゃないですかー』
『彼にとっては、全てを投げうってでも手に入れたい女性だったのよ。得た後で、なんとでもなると思っていたのでしょうけどね……』
そんなに世の中は甘くないわよ。
彼にとっては舞華さんが、庇護するべき天使のように見えていたのでしょうけど……
実は、私を遥かに越える存在だったのね。
私には無理よ。
それで得た対価で幸せな家庭を築くなんて。
彼女こそが本当の悪魔ね。
『……はあ、それはまた、くろさま以上の悪魔ですか……』
そんなのが、この世にはごまんといるのね。
悪魔だけど、私なんて良心的でしょ。
受け取り方ひとつだけどね。……さて、続きよ。
『……そして今夜、夢が終わったの。……嘘に気がついたの』
『なんであいつは、舞華さんの嘘に気がついたんですか?』
『それは、欲望が高まって、ついに我慢ができなくなってしまったの。なにしろ借金は雪だるま式に膨れ上がり、お店に行くこともできない。貢ぎ物なんてとても買えなくなったの……途端に彼女からの連絡も来なくなった』
お金の切れ目が縁の切れ目ね。
そして、クレジットカードも止められて財布には100円以下の所持金。遺産も全部このマンションにつぎ込んで、預貯金もゼロ。
彼女からの連絡を常に受けられるように、仕事も退職したの。
だから無職なのよ。
ガスも利用を止められているの。
ちなみに、止められる公共料金の最後は水道よ。
命に関わるライフラインで、まさに最後の生命線ね。
『くろさまは普段一般常識ないのに、よく知ってますねー』
……白は初めて知りましたと呟く。
『常識については余計なお世話よ……それでね、彼はお店が終わるのを待って舞華さんのアパートを調べようとしたの。そこで押し入るつもりだったの』
『それって、ダメじゃんー』
『既成事実さえ作れればいいと思ってたのよ。もちろん、お店もそんなこと起こらないように途中まで車で送って、そこからタクシーに乗り換える二段階追跡防止処置を取ってたけど。彼は電動アシスト自転車を使って追跡したの』
『なんで自転車!?』
『今の電動自転車はバカにできないわよ。普通の車並みの速度が出せるし、交通ルールは緩いでしょ。それに無灯にできるのよ……』
一方通行も、歩道も、どこでも走れるじゃない。
信号も無視するし。追跡にはもってこいの乗り物ね。
『まあ、それについては詳しく聞きませんー。白はこの国にいる間は法令を遵守しますー』
『人外がよく言うわね。まあいいわ。そして、舞華さんが入って行くのは聞いてた古いアパートではなかったの。閑静な住宅地の立派な一軒家だったのよ。そこでは玄関まで迎えに来た寝ぼけ眼の子供達と、優しそうな旦那さまの包容が彼女を待っていた。しかも、彼が見たことのない幸せそうな笑顔を見て、ついに限界を迎えたのね……』
そして、心からの叫び声を伴う悲鳴となって響いた。
深夜の閑静な住宅街に……
『……それは、なんと言いますか……はい。哀れっすねー』
『騙し、欺き続けた舞華さん…… 本名はぜんぜん違うけど。それに、自身を偽り続けた彼。いったいどちらが悪いのかしらね……』
私にはわからないわ。わかるのは事実だけ。
そう彼女は呟いて、再び目の前の男性に顔を向けた。