黒い娘と白の苦悩 始終譚 その5/10
「おいっ開けろぉー!! 頼みますぅ! お願いしますー。ご希望なら貞操も捧げますー。何でもするからぁ。ドアをぉぉ、この扉を開けてくださぁぁいぃぃー。マジでぇー大ピンチなんですー!?」
何事においても、必死さは伝わるようだった。
固く閉ざされた開かずのドアも、白の懇願に負けて解放される。
でも、ドアチェーンが掛かって……
「ふんっ!!」
白は指先の爪を鋭く伸ばし、ドアチェーンを斬った。
「さあ、お話しを聞く準備は良いですよねー」
さんざん待たせてくれて……
そう話しかける白に対して、男性はドアから数歩下がった位置で腰を抜かし、フローリングに座り込んでいる。
表情を見て思った。
顔面蒼白とは、まさにこのことね。
「……い……いったい何なんだよ。俺が何をしたんだ!?」
「はいー。お邪魔しますね。くろさま、どうぞー」
白は玄関で靴を脱ぎ、室内に上がり込んだ。
男性の前に立ち、見下ろしながらじっと見つめる。
だが、すぐに興味が尽きたのか、外廊下に呆然と立ち尽くしているこちらを振り返った。
その顔は……
それは、それは凄くいい笑顔だった。ああ、眩しいわ。
言葉を話さないでも、心を読まずとも言いたいことがわかる。
それは、どうですか? 白はやってやりましたよ。
……と、そう語りかけてくる。
これが強引にでも契約を、そういった事なのかしら?
私には理解できないわね。
でも、遠慮なくお邪魔するわ。
廊下に立ちっぱなしは辛いのよ。
「……でっ、出ていってくれ。金なんてないぞ!?」
「そんなのどうでもいいわ。いいこと、私はあなたの願いを叶えるためにここに来たのよ。もちろん対価は頂くけど」
「……願い?……対価?」
困惑しているわね。無理もないでしょうけど。
さて、何から話そうかしら。……悩むわね。
話している間に、白はドアの施錠に移動する。
ノブを動かし、ちゃんと施錠されたのを確認してから、こちらに戻ってきた。
「これで、邪魔者が来る心配は無くなりましたー。ご安心ください。えっと、なんでこんなところに座ってるんですか?」
「白、ちょっと失礼じゃないかしら?」
「いいんですよー。だって我々は、良いことをしてるんですから。なあ、おまえの願いを叶えられるのは、私たちだけですからー。覚悟してくださいね。全部終えるまで帰りませんよー」
本当に脅迫ね。
さすがに悪魔でも、これにはドン引きよ。
「……」
もはや男性に反論する気力はなく、じっと虚ろな目で我々を見ている。
そんなことまったくお構いなしの白は、座り込む男性の横を通り抜けて奥に入っていった。
……本当に自由ね。あの子は。
「くろさまはお茶でいいですか? それともコーヒーですかー。おまえは何がいいですか。特別に淹れてあげますよー」
どういった神経をしているのかしら?
これが白の交渉だとすると、悪魔の常識が破壊されるわね。
この男性がなんだか哀れになってきたわ。
白を連れてきたのは私だけど、悪くないわよね。
「……お前達は強盗じゃないんだな……悪魔と名乗ったのは本当か?」
「悪魔は嘘をつかないわ……」
「……?」
だいぶ混乱させたわ。
でも、白が離れて落ち着いてきたようね。
「だから、悪魔は嘘をつかないわ」
「説明になってないぞ。……悪魔のような女なのか?」
「違うわよ! どう聞いたらそうなるのかしら。いいこと、あなたの願いを早く聞かせてくれる?」
そろそろ帰りたいのよね。疲れたから。
「訳がわからんし、悪いが信用できな……」
「お茶の準備ができましたよー。玄関前にいつまでいるんですか? それと、くろさまー。こいつ結構いい暮らしをしていやがりますよー。奥のソファーがフカフカで気持ちいいですよー」
白が横に立つと男性が緊張し、硬直する。
こんななりでも、内に秘められた凶悪さが伝わるようだった。
「そうね、いちど落ち着いて、奥で話しましょう」
男性の手を掴んで引き起こす。
私の外見は若い女性だが、悪魔の力は人を遥かに凌駕している。軽く引いただけで起き上がらせる事ができた。
たかいたかいも簡単よ。やらないけど。
「……!? おっ俺を……殺す気なのか?」
「願いを叶えるために私は来たの。殺しに来たわけじゃないわ」
その言葉を聞いて、複雑な表情を浮かべながらも、素直に男性は奥の部屋に向かった。