黒い娘と白の苦悩 始終譚 その4/10
マンションの正面エントランスに入る。
エレベーターを使い対象者の住む階層に向かい。明るい照明の照らす廊下を歩く。やがて目的の扉前に立つ。
「ついたわ、ここよ」
「じゃあ、壁抜けして入りましょう」
「なぜそんな面倒なことをするのかしら?」
「威厳が出るじゃないですかー。いきなり壁から出てくれば畏怖の気持ちが高まって、こちらの言いなりにできるかもしれませんよー」
「……」
白の言い分も一利あるけど……やっぱり面倒だわ。
無視してインターホンに手を伸ばしボタンを押す。
「……はい……どなたですか?」
しばらく待つと、陰気な男性の声が廊下に響いた。
声はスピーカーを通して聞こえるせいで、ひどく不明瞭だった。
その問いかけに黒い娘が答える。
「悪魔です。願いを叶えるわ。さっさとドアを開けなさい」
「ん、なぁぁぁ!? くろさまぁ、なっ! なに言ってるんですかー!!」
「うるさいわね。白はちょっとだまりなさい。それと、そこのあなた、聞いてるのでしょう。早く開けなさいよ」
「……なんだおまえらは? 深夜に迷惑だ帰れ。警察を呼ぶぞ」
それはちょっと面倒ね。
余計な力を使う必要があるじゃない。
「それは困るわ。じゃあどうすればいいのかしら?」
「ふざけてるのか? さっさと帰れ……」
一方的にインターホンを切られてしまった。
お怒りのご様子ね。残念だけど諦め……
「くろさま。なに諦めた表情をしているのですか? バカじゃないですかー」
「なっ!?」
「当たり前ですー。何度でも言ってやりますよ。よく今までこんなやり方でやってこれたと、白は呆て物が言えませんー」
「言えないなら黙っていれ……」
「黙りませんけどねー。こんなの交渉じゃありませんー。契約なんかできるわけありませんー。いいですか、ここは白にお任せください」
「使い魔がでしゃば……」
「じゃあ、くろさまはこれからの挽回手段を、どのようにお考えですか? ぜひ拝聴させていただきますー。はいっ、どうぞ!!」
「ちょっ、いきなりそんな……」
「考えなんてないですよねー。もう帰ろうかしら。なんて考えてるでしょう?」
わかって聞いているわね。
こいつ本当にムカつくわ……それなら。
「じゃあ、できるものならやってちょうだい。見せてもらうわ」
白はニヤリと笑い、玄関インターホンに向かい手を伸ばした。
廊下に再び軽快なチャイムが鳴り、すぐに怒気を含んだ声がスピーカーより響く。
「さっさと帰れと言っただろ!! 迷惑なんだよ。放っておいてくれ」
「先ほどはくろさまが大変失礼をいたしました。ですが、一度ちゃんと顔を見てお話すれば、きっと、ご理解いただけると思うのですが……」
白はいかがですかと優しく話す。
それは、普段の無遠慮な話し方ではなく、やさしさと相手に付け入る巧さがあった。
「だから、結構だと何度も言ってるだろ!? 帰れぇ!!」
だが、無下に断られた。
まあ、中学生の外見に見合った、幼い声で諭されても……
無理もないわね。
「さあ、縁がなかったのよ。ご迷惑みたいだから帰りましょう」
そろそろ眠くなったわ。
「なしてぇー。オカシイデスヨォ!? そんなわけないですー」
悔しがる姿を見るのは悪魔的に満足ね。
これだけでも来た甲斐があったわ。ふあぁ。
「まだですー。もう一回チャレンジします」
「これ以上はご近所に迷惑よ。すでに皆様ご就寝なのだから」
「あんたは、いったい何様ですかー!?」
うるさく騒いでるのは白なのだけど?
それにしても、主人たる私に対してあんた呼ばわりは、さすがに聞き捨てならないわね。さっきのバカ発言も忘れてないわよ。
決めたわ。後で折檻しましょう。
「いい度胸しているわね白。私が直々に口の聞き方をレクチャーしてあげるわ。大丈夫よ、これでも優しい悪魔なの。自称だけどね」
絶対に許さない……
「いやー。口が滑りましたー。えっと……ごめんなさい。悪気は無いのですよー。次こそはちゃんとします……から。本当にぃぃ、いっ今しばらくお待ちくださいぃぃ」
そう言って白は、再びドアに取りつく。
そして、チャイムを鳴らすのではなく叩き始めた。
表情は必死そのもので、鬼気迫るものを感じさせられる。
なんだか怖いわね。悪魔を怯えさせるなんて成長したわね。