黒い娘と白の苦悩 始終譚 その2/10
「くろさま、お帰りなさいー。ご飯の用意は済んでますけど、どうします? もういちど温めましょうか?」
「今夜は平気よ。すぐにまた出掛けるから」
「……!? ひょっとしてー。つっ……ついに出たんですか?」
「たぶんよ…… まだ、わからないけど」
「いやったぁ!! 待ってましたよー。もうないんじゃないかと心配してたんですー。待ったかいがありましたー。で、どんな奴ですか?」
「……」
「もったいぶらないで教えてくださいよー。くろさまは、他の黒に横取りされてばっかで、最近は全然獲得していないじゃないですかー。いつも白が言ってますよねー。現場には早く駆けつけて、契約という鎖で縛り付けて聞き出せばいいんで……」
「……うっさい」
「……なんですか? 良く聞こえないですよー。いつもはっきり意思を相手に伝えないとだめだと、口をすっぱ……」
「うっっるさいのよぉ! 何ぃなんなの!? あなたは私の保護者なの」
本当にこの猫は、なんでこんなに口やかましいのかしら。そう、目の前にいるのは一匹の白い猫で……
使い魔として契約を交わしている精霊。
名前は白。炊事、洗濯と頑張って働いてくれるけど、口うるさいのが難点だ。
「じゃあ、言わせてもらいますけどー。最後に獲得したのはいつですか? 3・ 2・ 1 はいぃぃ。時間切れですー。去年の10月ですよー。もう半年が経ってますぅー」
「ちょっと! 少しは返答をさせなさいよ……ふぅ。そうです。半年が経ちました。だからなに?」
「白は悲しいですー。欠食児童じゃないですけど、もうそろそろヤバイんじゃないですか?」
「平気よ。節約するのには慣れてるから」
「そうじゃないですー!? なんで魂が得られないのか、わかっている癖にぃぃ! 節約する方法ばっかり日々上達してぇー。んなぁーもうー」
うっさいわね。なんで興奮するのかしら?
燃費が悪いじゃないの。存在を維持できなくなるわよ。
私がだけどね。
「わかったわ。じゃあ行ってくるから待ってなさい。おいしい魂をお土産にしてあげ……」
「いえ、信用できません!」
は? ……使い魔のクセに、私が信用できないの?
「……消されたいのかしら?」
「くろさまのご飯、洗濯と、夜のお留守番。それに預貯金の管理。光熱費の支払い手続きー。それと労働に、日銭の確保は誰がやってるんでしょうかね?」
「うっ……」
どうしよう?
何を言ってるのかわからないわ。ひょっとして、ここで暮らせなくなるの?
それは困るわ……
「そういうことでー。くろさま、術をお願いしますー」
「その姿でいいじゃない。わざわざ大きくなる必要が……」
「あるんですー。できればスーツがいいです。ビシッとした見た目にしてくださいね」
わがままね。なんなのこの子は。
「一応、人の姿になれるようにしているじゃないの?」
「だめですー。たった一時間縛りの仮変身じゃなくて。ちゃんとそのままの姿でいれるようにしてくださいー。お願いしましたからねー」
ああ、もうしかたがないわ。疲れるわね……
「白こちらに来なさい。……我は願う、人の形を保つよう。そしてその望みを叶えるため、保有の魂を削りこの精霊に力を与えん……」
彼女の紡ぐ言葉は、透き通る流水のように響く。
そして、厳かな気配が室内に漂う。
悪魔は保有する存在力を外部に与える。
願いを形に変えて叶える……
本来は契約者の望みを叶える力であり、最終的に大きな収益を得るための先行投資。
だが、それは自身の望みを叶えるために使うことができる。ただ獲られる魂がないので、使えば減る一方。
だから多用はできない。
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白の主人、くろは名前を忘れた悪魔。
元が何だったかは誰も知らない。それは自分自身も……
ただ、忘れていないことがある。
それは力の行使方法。
それが契約者と契約を結んで魂を得る方法であり、悪魔が持つ本能。
きっと力を使い果たせば、この世に存在することはできなくなるだろう。過去の経験がないのでわからないが、きっと消え去る。
彼女はどうしても、それが嫌だった。
文明に目覚めたくろい悪魔は、誘惑に負ける。
暖かいお布団に、種類も様々な娯楽が溢れる世界。それに温かい食事。1度味わってしまうと、そんな快適な生活を捨てられるはずがない。
都会に染まってしまったわ。
そんな思考は、白の叫びによって現実に引き戻される。