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豚骨魔法少女博多ン  作者: がっかり亭
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もっていかれる肋骨

 古門(こもん)神社。

 大門(おおかど)(わけの)(かみ)なる神を祀っているとされる神社だ。なんでもあの世とこの世の境目を見張る神なのだそうだ。そのせいか、厄除けの神として親しまれている。

 うむ。

 何で俺がここにいるかというと、明日この神社の境内で春祭りがあるんで、その準備というわけだ。

 屋台やってる叔父さんが出店を出すんで、俺も駆り出されて人足をしている。というかさせられている。ちなみに出店は博多名物焼ラーメンだそうだ。スープはうちの店のを使うから、美味いのは保障されてるようなもんだな。うん。

 叔父さんが社務所に手続きに行っている間に、組み立てられるだけ組み立てとこう。まぁ、出店の構造は簡単だし、手伝うのも初めてじゃないから大した手間じゃない。

「なんしよーと?」

 聞き覚えのある声が響く。

 振り返るまでもない。

 マツリだ。

 俺はどうもこいつが苦手だ。

 理由はわからん。全身総ツッコミ待ちみたいなところかもしれん。

 とか思ってたら――

 ごきっ

「ごふくっ」

「ちゃんとこっち見んか」

 思い切り首を180度回された。

「殺す気かてめえ! っていうか、なんでいるんだよ」

「そら、こっちの台詞たい」

 マツリは巫女姿だった。

 なんだろう。

 こいつは制服よりこういう和服の方が全然似合ってる気がする。

 女子高生オーラがないのか?

「ここはうちの神社ばい。なんであんたがおるん?」

「うちの……? ちょっと待て。え?」

 つまりどういうことだ?

「神主はうちのじいちゃん。ドゥーユーエンダーステェン?」

「博多弁バリバリのくせになんで英語の発音がいいんだよ畜生」

 ドヤ顔がイラっときたので、ほっぺたを両側から引っ張ってやる。

「はにをふゅる!」

「ははは。何言ってっかわかんねえ」

 ごすっ!

「ぎぉん!」

「女の子に何してんだバカ野郎」

 脳天に拳が叩き込まれた。

 痛い。もうなんか、地味に痛い。いや、地味じゃないけど。

「お、おっちゃん……」

 この岩石みたいな拳の持ち主は、叔父の唐人(からと)さんだ。

 ヘビー級のプロレスラーみたいな体格にタンクトップ、ねじり鉢巻き。やくざも逃げ出すマッスルおやじだ。

「見損なったぜ次郎丸。俺に先んじてこんな別嬪の彼女を作るとはな」

 どこに怒ってんだ岩石ゴリラ!

 あんたが独身なのは、デートで平気で屁をこく無神経さのせいだよ!

「彼女とかじゃないですから!」

「ほう? そのワリには仲好さそうじゃねえか」

「どこが!」

 目ん玉まで筋肉かこのおっさん。

「お前も言ってやれよ。俺と何のやましい関係でもないって」

「でも、お尻さわったやん」

「ぶっ!」

 瞬間、背後に感じる殺意。

「た、確かにそりゃあったけど、あれは事故だろ!」

「じーろーうーまーーーーーーーーるーーーーーーーー」

 あ、筋肉の力でホントにシャツって破れるんだ。

 



「つつ……」

 痛む頭をさすりつつ、近所のコンビニに向かう。

 唐人さんのパンチはマジで洒落にならん。これでも加減してるんだから本気でやったらどうなるんだ。というか、チンピラが段ボールに垂直に突き刺さってるの見たことあるけど。

 一通り屋台の組み立ても終わり、もうこのまま帰ってもいいんだが、缶ジュースあたりでのどを潤したい。後、頭に当てて冷やしたい。

「あら。松原君……だったかしら」

 入ったコンビニにいたのは、同じクラスの甘髪こあだった。

 縦ロール金きら金の髪がやたら目立つが、地毛らしい。父親だか祖父だかが外国人だからだとか。そんなに金髪の遺伝って出やすかったっけ……?

 そんな見た目どうこうよりも、70年代の漫画ばりのお嬢様丸出しのしゃべり方の方が目立つ。

 ど級の美人だが、あまりの気品にクラスでもなかなか話しかける度胸のあるヤツはいない。

 休み時間も、いつも一人で小説読んでるし。レースのブックカバーの。

 洒落とんしゃる。(博多弁でシャレオツの意)

「……っていうか甘髪何してんの?」

「見てわかるのではなくて。店番に決まってるでしょう?」

 うん。わかるよ。

 有名コンビニチェーンのイーサンの店員の服着てるし。

「え? お嬢様じゃないの?」

「何を言っているのあなた」

「い、いやすまん。何か勝手なイメージで大富豪の娘か何かかと……」

「くくく……」

 急に苦しそうに俯く甘髪。

 や、やっぱ失礼だったかな……。

「ははははははは! はははは! あはっ! ……く、苦しい!」

 めっさ笑ろてはりますやん。

 ばんばん自分の足を引っぱたきながら、ロックバンドの訓練されたバンギャばりにヘッドバンギングして爆笑するクラスメート。……なあ、俺はどうすればいい? っていうか何が起こってんの?

「はは、ふひっ、あなた……ブーッ! くくっ、面白すぎ……くく、ぷふふっ。そ、そんな事初めて言われましたわ。ふーっ、ふーっ、く、苦しい。ブーッ!」

「そこかい! っていうかウソだろ? 絶対言われてるって! 言われてなくても思われてるって! 完全にそれ系の人じゃん! 紅茶も茶葉にも淹れ方にもこだわってゴールデンドロップがうんたらかんたらとか言っちゃう感じじゃん! あと何回思い出し笑いしてんだ!」

「ぶふぉっ! お、おやめになって……あはははは! あ、あなた面白すぎでしてよ。あはははは」

 もう、なんかお嬢様感のかけらもないほど笑いまくり、酸素が足りなくなったのかへたり込んだ。涙と鼻水で顔面もえらいことになってる。

 他に客も店員もいないからいいものを、人がいたら大惨事だぞこれ。

「お、おい大丈夫か」

「ちょ……ちょっと待ってらして……ぶふっ」

 5分後。

 やっと笑いの収まった甘髪。

 何か俺の顔を見ると自動で笑うようになってしまったみたいなので、そっぽを向いておく。

「ふぅ。……で、何の話でしたかしら?」

「い、いや、特に話ってほどのもんでも。甘髪はここのバイトなの?」

「いいえ。父が店長なので、よく手伝っていましてよ。ふふっ、もちろんフランチャイズ元の社長なんがではありませんことよ。……ぷくっ、くすす」

 めっちゃ普通じゃねえか。

「へ、へえ。じゃあそのしゃべり方は?」

「あら? おかしいかしら?」

「ん、少し。まぁ、祇園に比べたら大したことじゃねえかもな」

 話を聞いてみると、何でも幼い頃、海外の祖父の元で暮らしていたので、日本語はその時観ていたドラマのビデオの影響が強いらしい。「カッコ良かったから」という理由で真似してしまい、今に至るとのこと。

「あなたって面白い人ね」

「人の事言えた義理かよ」

 なんだ。話しづらそうだと思ってたけど、話してみたらいいヤツじゃないか。……勝手なイメージ持ってて、ちょっと申し訳ない気になるな。

 そうだ。

「甘髪、明日暇か?」

「え?」

 驚く気配が背中越しに伝わってくる。

 あ、まさか、デート的なやつと間違えられたのかも……

「い、いや、ヘンな意味じゃなくてな。明日そこの神社で祭りあるだろ? 俺たぶん出店の店番やってるから、来たらおごるぜ」

「え、ええ。……でもどうかしら。明日は用事があるから……」

「来いよ! 博多の醍醐味っつったら祭りだぞ! 絶対楽しいぞ!」

「そ、そんなに……?」

「おう。俺なんか、祭りのために生きてるようなもんだからな」

 例えば、博多祇園山笠のために一年を生きてると言っても過言じゃない人は、多い。その時期に平気で会社を休むくらいだ。

 なかなかイベントに人が集まらないと言われる福岡だが、逆にはまると熱狂的なのだ。

 今回の祭りも、俺にとってはその熱狂できる一つだった。

「わ、わかりましたわ。行けたら行きますわ」

「おう。期待してる。じゃあ、そういうことで」

 俺は踵を返し、出口に向かう。

 と、そこで――

「あ、あと俺ジュース買いに来たんだった」

「ぶふーっ! あははははは!」

 振り向いた俺の顔を見て、甘髪は吹き出した。

 ……いくら俺でもしまいにゃ傷つくぞ畜生。




 祭り当日。

 小さな境内に、十数店の出店が並ぶ。

 日曜ということもあって、子どもの姿が多い。

 中にはクラスメートも当然いて。やってきたのは、小学校からの馴染みの貝塚だ。チャラい見た目に反して純情な男で、半端にモテない。それでも俺よりモテるがな。畜生。

「よう、儲かってるか?」

「よう貝塚。お買い上げありがとうございます」

「え、まだ買うとは」

「500円になります」

「だから買うとは」

「500円になります」

「もってけ泥棒!」

 500円玉を叩きつける貝塚。

「まいど」

「ちっ、覚えとけよ。無駄にいい顔しやがって」

「祭りは俺の人生だからな」

「昔から、祭りに入れ込みまくりだもんな。小学校ん時なんか、気合入れすぎて前日から締め込みしてたもんな」

「ぶっ……あれは忘れてくれ」

 中二病の過去語られるより恥ずかしいわ。

「……ああ、祭りで思い出した。そういや、さっきマツリちゃんいたぞ。巫女の格好してたぜ巫女」

 鼻の下をブラックサンダーの長さくらい伸ばして言う。

「ああ、見たよ」

「何だ、やけにそっけねえな。あんな可愛い子そうそういねえだろ。それが巫女姿だぞ?」

「そうか?」

 フンドシ姿以上にインパクトがあるものなんてそうそうはないだろうが、流石にそれは黙っておこう。

「この神社の娘さんらしいな。お前知ってた?」

「昨日聞いたよ」

 話しながら、鉄板で麺を焼く。焼きそばに近いが、スープも豚骨。これぞ焼ラーメン。

「そうか。そういや、お前んち結構近いのに、同じクラスになるまで会ったことなかったのか?」

「近くても校区は違うからな。へい、あがり」

「おう。じゃあ、後でな。上がったら花火でもしようぜ」

「いいな。期待しとく」

 焼ラーメンを受け取った貝塚は雑踏に消えて行った。

 その後も、出店のメニューとしての珍しさもあってか客足は順調で、なかなか休めない。叔父さん戻ってこないし。

 みかじめ料がどうたらとか言っていた黒服に連れていかれたけど、まぁ、叔父さんなら大丈夫だろう。待たせたなとか言って笑いながら帰ってくるに違いない。

「待たせたな。がははは!」

 噂をすれば影どころから脳内に浮かべた端からかよ。

 タンクトップはびりびりに破れ、ところどころ焦げ跡のようなものが見えるが気にしない。遠くで救急車のサイレンが鳴っているのも、気のせいだろう。

「休憩入っていいぞ。取り置きの分の焼ラーメンもってけ。腹減ったろ」

「へい」

 鉄板の横に積んでいる焼ラーメン入りのタッパーと割りばしを持って出店を後にする。

 天気良すぎて暑いし、どっかで飲み物買うかな。貝塚と合流してもいいかもしれん。

 と、視界の端に金髪の女性が入った。色合いというよりは髪の細さと量で、地毛だとわかる。間違いなく甘髪だ。

 が、その姿も人ごみに紛れていく。

「おーい、甘髪~」

 追いかけようと、一歩踏み出した瞬間――

 ぶぉん!

 巨大な羽音のようなものが響いた。

 直後、周囲が唐突に暗闇に包まれる。

 完全に見えないほどじゃない。だけど二時過ぎにしてはあり得ない暗さだ。

 その闇の一番濃い部分が歪み、まるで蛇口に吸い込まれる水のように渦を巻いた。

「なんなんだよおい……!」

 そう呟いたが、自分でもわかっていた。

 この間のカメレオン男と同じだ。

 また、あんな非日常が割り込んできてる……!

 一度目を閉じてみる。

 開いたとき、全部夢か何かで消えてることを願って。

 そして、目を開くより早く――

『やあ。諸君。初めてお目にかかる。私はシュラウドの幹部、チャカ』

 やけに粘つく気取った声が耳に響いた。

 目を開いた先に居たのは、タキシードを着た男。

 それがもし、逆さまに宙に浮いておらず、背中から巨大なコウモリの羽根が生えてなければ、まあ、よかったなーで済むわけだが。

 ……済まねえよな。うん。

 そいつは薄闇の中にあって、体にまとった爛々と燃えるオーラのせいか、はっきりとその姿が見える。

 一方、周囲では、闇の中でみな大騒ぎしていた。

 誰かがいるのはわかるが、顔まではっきりとはわからないくらいの暗さ。

 その中で得体の知れない化け物だけが見える恐怖。

『? おかしいな君たち。もう少し、私を讃えるだとか、感動で泣くとか無いのかい?』

 空中で一回転し、ストッと地面に降り立つ。

 こいつ……本気で言ってる……。

 その珍妙な姿よりも、全く理解できないその言動の方が遥かに恐ろしかった。

 指先まで冷気が来るような……。

『美を介さない人たちは、別にいらないしなあ。うん、じゃあ、消えてもらおうか』

 名案、とでも言うように手を打つチャカなる男。

 そのあまりの自然な動作に、何を言ったのか、一瞬理解できなかった。

「え?」

 チャカが下方に手を向けた瞬間、ごっ、と地面が揺れた。

 びきびきと大地が裂けて、姿を現したのは――

「クェェェェェ!」

 巨大な鶏だった。

 それもトカゲのような尻尾を持った鶏。

『博多と言えば地鶏だろう?』

 バカ野郎、どこが地鶏だてめえ。これゲームとかで見たことあるぞ。コカトリスとか言うモンスターだろ! そしてその能力はたしか……。

「クェェェェェ!」

 鶏が手近な人たちを睨みつけた。

 直後、そこに居た数人の人影が、ぴくりとも動かなくなる。

 やっぱり……!

「睨むだけで……相手を石化できるんだ!」

 悪い冗談だった。

 とにかく薄闇の中、鶏に睨まれないよう、死角に死角に逃げる。

 辺りの悲鳴も、どんどん少なくなる。

「うわあああああああああああ!」

 逃げている最中に、ぶつかったのが、神社の石灯籠なのかそれとも石化した誰かなのかもわからない。

 いつの間にか持っていたタッパーも落としていた。

 だが、そんな事も気にしていられなかった。

 やがて、ご神木らしき大木の裏に回り込んで一息ついて――

 そこで気づいた。

 ……みんなは?

 祭会場で見かけたのは、貝塚、祇園、あとはおじさんと……たぶん甘髪もいたはず。

 俺、何やってんだ?

 みんなが居るのに、一人だけ逃げ回って。

 一人だけ助かったって、ホッとして。

 一人だけ……一人だけ……っ!

「戻らねえと……!」

 何が出来るかなんかわからない。

 だけど、ここでビクついてるのなんかゴメンだった。

 飛び出した瞬間、鶏と目があった。

「しまっ……」

「天空追い山蹴り!」

 めぎゃすっ!

「クギュエアアア!」

 鶏の顔面が土下座するように地面に叩きつけられた。

 一発で再起不能になったのがわかるくらい、鶏の頭が境内の地面に埋まる。

「せからしか!」

 それはもちろん、博多ンの一撃によるものだった。

 どこからともなく現れた博多ンは、今回はバチではなく、神主さんが持っているような、白く紙が連なってひらひらした棒を持っている。

『おや……君は最近、ジャマばかりする魔法少女だったかな?』

「邪魔とは何ね! そっちこそろくでもない事ばっかしてからに!」

 博多ンは棒を振り回し、チャカに飛び掛かる。

「みんなの祭りを台無しにする事は、お櫛田さんが許しても……いやお櫛田さんも許さんはずたい! 私がみんなの祭りを守るばい!」

 ぞく、そんな音が、俺の背筋で鳴った気がした。

 こいつは、みんなの祭りを守る、その為に戦っている……!

 俺は……どうだ?

 祭りが人生だの何だの言っておいて、無様に逃げ出して……。

『あーもう、エレガントさのかけらもないな。せめて、もっと洗練された言葉を喋ってくれないか?』

 チャカが手をかざすと、紫色の半透明の障壁がその眼前に現れる。

 それはまさに、漫画に出てくるようなバリアそのもので、博多ンの棒を弾き返した。

「くっ……!」

『ムダだからさ、消えてくれないかな。私は方言を聞くだけで寒気が走るんだ』

「……なら、凍死しんしゃいっ!」

 博多ンが棒を力いっぱい叩きつける。

 火花が飛び散り、バリアにヒビが入った。

『へえ? 意外にやるものだねえ。……余計不快だよ。ちょっと本気を出してしまおうかな……』

 チャカの背後の空間がねじくれて歪んでいく。

 その奥から、地獄の底から洩れてきているんじゃないかと言うくらいの、低いうなり声が響いてくる。

『一〇ha(ヘクタール)ほど更地になるだろうけど、まぁいいよね。出でよ。破滅の魔獣アールピー……』

『いい加減にしなさい』

『のまっ!』

 突然、チャカの頭が吹っ飛んだ。

 比喩でも何でもなく、吹っ飛んだ。

 首から上が、ない。

 まるでスイカ割りのように爆ぜ飛んだ。

「な、何ね……?」

 さしもの博多ンも自体が飲み込めず、目を白黒させている。

 あまりに異様な光景。

 しかし、異様なのはそれだけじゃない。

 空間の歪みは消えたが、首を失ったチャカの体は直立したままだ。

 そして、その頭がしゅうしゅうと煙を上げはじめた。

その煙が顔の形を成していく。

まるで逆再生のようにみるみるうちに再生するチャカの首。

 安っぽいホラー映画のような光景だったが、実際に目の当たりにして、知らないうちに足が震えていた。

『……おやおや? 私たちは同志だろう?』

 チャカが目を向けた先、鳥居の下に居たのは……。

『ふざけないで。私がやると言ったはずですわ』

 ゴスロリ服に身を包んだ黒髪の女。

 雨でも晴れでもないのに、フリルのついた大きな傘を差している。

 何より異様なのは、巻き髪を通り越してドリルにしか見えない巨大な二つ結びだ。

『何を怒っているんだい? せっかく手伝ってあげているというのに』

 チャカは軽薄な笑みを浮かべた。

『ははん、照れているんだね。グレネーディア』

 一際キザな仕草でゴスロリドリル女――グレネーディアに流し目を送るチャカ。

 グレネーディアとやらの顔は、みるみる内に怒りに歪む。

『これ以上余計な事を喋るなら、両手両足をもいで中洲の川に沈めるわよ』

『……わかったよ。見ているさ。必要なら呼び……』

『お黙り』

 射殺さんばかりの視線に、チャカは肩を竦めて狛犬にもたれかかる。

『さぁ、お相手よろしく。御嬢さん?』

「何ねあんたは」

 博多ンがバチを構え、警戒の色を滲ませて言う。

『敵なのは間違いないでしょうね。私はシュラウドの最高幹部の一人、グレネーディア。短いお付き合いになるかと思いますけど、覚えて頂けると嬉しいですわ』

 言って、傘を閉じる。

「あんたらは……何で祭りのジャマをするとね!」

『有り体に言いましたら、気に入りませんの。それだけですわ』

「……っ!」

 博多ンが飛び掛かる。

『あら、情熱的ね。でも、私、殿方にしかそういったアプローチはして欲しくありませんの』

「!」

 何かを感じたのか、反射的に飛び退く博多ン。

 一瞬前まで居た場所が吹っ飛んだ。

『なかなか、カンがするどいようですわね』

「い、今のは何ね」

『ル・フルール・ドゥ・マレ。ちょっとした手品みたいなものですわ』

 傘の先に火がちろちろと燃える。

 炎は生き物のように形を変え、椿の花のように広がった。

 直後、椿は炎の矢となり、博多ンの横にあった樹木を一撃で薙ぎ倒した。

「こ……こんなコケおどしにのる私じゃなか!」

『ル・ジャルダン・スゥクレ』

グレネーディアの後方、空中でいくつもの炎が渦を巻いてまるで薔薇のように咲き誇る。

その数たるや、一面の花畑と言っても言い過ぎなんかじゃない。

「そんな……何て数……」

数えきれないほどの炎がグレネーディアの周りを浮遊していた。

『せめて美しく散りなさいな』

グレネーディアが、閉じた傘の先を下に振ると、灼熱の薔薇が一気に落下した。

それは、もう薔薇なんて呼べる代物じゃない。

炎の隕石だ。流星群だ。

グレネーディアの猛攻。

まさにそうとしか形容できない凄まじい攻撃だ。

炎の隕石をまき散らし、博多ンを休みなく攻め立てる。

強すぎる……。

素人目に見ても、グレネーディアの力は圧倒的だ。

博多ンは棒を振りまわして火炎の塊を弾いているが、その速度をやすやすと上回っている攻撃回数だ。

まるで、博多ンだけターン性のRPGで、グレネーディアだけアクションゲームみたいに。

こんなもの反則だ。

「くぅっ!」

博多ンはみるみるうちにぼろぼろになっていく。

綺麗な黒髪がちりちりと焦げ始め、ハッピにも穴が開き、ぼろぼろになっている。

いかな力かはわからないが、肌が大火傷のようにならないのだけが救いだが、それでも衝撃だけは突き抜けてくるのか、打ち身のように赤く変色している。

見てられねえ。

俺は、自然に足元に落ちていた水風船を拾っていた。

そして、これまた自然に、グレネーディア目がけて投げつけていた。

『痛っ、冷たっ、なに!?』

それは、見事にグレネーディアに命中した。

風船はグレネーディアの額で割れ、その流れるような金髪も水びたしだ。

 はは。

 何やってんだろ俺。

 自分でも何でそんな事をしたのかわからない。

 体が勝手に……としか言えない。

グレネーディアと、目が合う。

あ、死んだなコレ――

と、次の瞬間、グレネーディアは背を向け、肩を震わせた。

怒って……いるのか?

並みの震え方じゃねえ。

こ、殺される……!

しかし、俺の予想に反して、彼女から出た言葉は意外なものだった。

『あ……後は、あ、あなたに任せるわ。チャカ』

声も酷く震えていた。

これは並みの怒りようじゃないぞ……。

自分を抑えられなくなりそうだから、他の奴に任せるってことか……!?

ただでさえ、あれほどの暴れぶりだというのに……!

俺は、背筋まで凍るほどの恐怖を覚えた。

グレネーディアの姿は夜の闇にかき消えていく。

その最後の瞬間まで、肩は震えていた。

『まったく……私はおこぼれに預かるほど意地汚くはないのだけどね』

 代わって前に出たチャカ。

『まぁ、お姫様のお願いだ。聞かないわけにもいくまいね』

 チャカの両手の爪が、ナイフのように伸びた。

 おや、もうそれは一〇本の刀剣に等しい。

「かかって……こんね」

 そう言った博多ンは……既に満身創痍だった。

 あれほどの火球のつるべ打ちを受けては、無事でいられるはずがない。

 なのに、アイツは立った。

 また戦っている。

 チャカの鋭い爪の乱舞を、ボロボロの体でなんとかかわしている。

 でも、退かない。

 逃げない。

 ――あーあ。

 ふざけんじゃねーぞ。

 お前がそんなんだから、俺のスイッチが入るんだ。

 くそっ。

 アイツのエネルギーは豚骨ラーメンだったよな……。

 かと言って、祭りの屋台に豚骨ラーメンはない。

 ないが……待てよ。

 おじさんの屋台は……!

 俺は走り出した。

『バカだねえ。キミが守ろうとしている人間なんか、ホラ、逃げちゃったよ?』

 そんな俺の姿を見て、チャカが笑った……のだろう。背を向けたから声しか聞こえない。

「……それでよか! そんために戦いよると!」

……大馬鹿野郎が。

 俺は薄闇の中を一直線に屋台に向かう。

 そんなに広い境内じゃない。

 暗がりだとしても、すぐにつく。

 鉄板には火が着けっぱなしになっていて、いつでも調理できる状態だった。

「待ってろよ……!」

 長浜ラーメン特有の細麺を痛め、豚骨スープに絡ませる。

 水気が跳ねる小気味良い音が響き、細麺が程よい柔らかさへと変わっていく。

 うちの名物、特製焼ラーメン!

 ヘラですくい上げ、タッパーに詰める。

 そして、一も二も無く元来た道へ走り出す。

 ぼんやり見えてくるのは、戦っている博多ン。

 ハッピをズタズタにされ、珠の肌に真っ赤な線を引きながらも、懸命に棒で爪の連撃を弾いている。

 だが、どう見ても防戦一方だし、最初にコカトリスをぶちのめした時のような力強さがない。

 エネルギーが尽きかけているんだ……!

 だったら――

『ん?』

 近づいて来る俺の姿に、交戦中のチャカが気付いた。

『何だい人間。そんなに死にたいのかい?』

 うるさい。黙ってろ。

俺が、あの時、逃げ出さずにあのタッパーを博多ンに渡していたなら。

 きっと、アイツはこんなに苦戦してなかったはずだ。

『あのねえ……せっかく逃げられたのに、バカだねえ。キミもこの子みたいに、みんなの祭りを守るなんて言うつもりかい?』

「だとしたらどうだってんだ」

『ハッ……全く愚か……愚かすぎて吐き気を催してしまうよ』

 無視して、進む。

 その脇を駆け抜け、博多ンへ向かう。

『……不愉快だよ。キミ』

 チャカが腕を振るった。

 直後、そばの石塔が切り裂かれ、破片が散弾のように飛び散る。

「危なかっ!」

 博多ンの声は聞こえていた。

 でも、もう遅かった。

「ぐっ……!」

 破片の一つが脇腹に命中し、今までの人生で聞いたことがないような鈍い音を響かせた。

 その衝撃で、転がるように博多ンの前に倒れ込む。

「だ、大丈夫ね?」

「いいから……食え」

 俺は、無理やり半身を引き起こし、割り箸とタッパーを差し出した。

「で、でも……」

「冷める……食え」

 押し付けるように渡し、再びその場に倒れ込む。

 同時に、衝撃でマヒしていた痛みが駆け巡ってきた。

「ぐぎっ……!」

 こりゃ……肋骨の二、三本いってるかもしれねえ。

 息が詰まるような、激痛が脇腹から頭まで突き抜けてくる。

 あーあ。やっちまったな。

『ん? それは何だい? 私の嫌いなにおいがするが……まさかラーメンがそんな容器に入っているはずはないしね』

 チャカが歩み寄り、タッパーの中身を覗こうとした次の瞬間――

「ずるずるずるっ……!」

 落語家もかくやというような豪快な音と共に、その中身が空になった。

「うまかっちゃん!」

 と、言い終わるやいなや、その拳が唸りを上げた。

 直後、台風と間違えるくらい凄まじい音と共に、チャカの顔面に拳が突き刺さる。

『へ?』

 そんな声だけをその場に残し、チャカの姿が消えた。

『ひぎゃあっ!』

 遠くから聞こえてくる悲鳴。

 あまりの拳のスピードゆえ、新幹線に追突でもされたかのように、猛烈な勢いで吹き飛ばされ、背中から大樹に突き刺さっているチャカ。

 どうやったらそんな体勢で木に刺されるのか。

 パンチの威力で首が一度吹っ飛んで、残った背中が刺さった後に首が再生したのか?

 ……ゾッとする破壊力だ。

『ご……う、うそだろ……なんだい……この力は……さっきと全然……』

「ラーメニックエナジー全開たい!」

 博多ンが大地を踏みしめる。

 瞬間、トンコツの香りが噴き上がり、辺りを揺らした。

「力ば溢れてきよる! もう負けんばい!」

『く……こんな事……あってはならない……っ』

 よろよろと木から這い出してきたチャカ。

『も……もう手加減はナシだ……出でよ。破滅の魔獣……』

「替え玉パンチ!」

『え?』

 相手が攻撃に移る間もなく、一足で間合いを詰めた博多ンの拳が、その移動速度ごとチャカの腹に突き刺さる。

 木から這い出すどころか、くの字に埋め込まれる。

 ラーメン一杯でここまで変わるのかというくらい、とんでもない破壊力だ。

『ぐへぇぁ!』

「もう一杯……」

 拳を握りしめる博多ン。

『やめ……』

「男! まだ行けよーもん!」

 暗くてわからないが、チャカの目に涙が浮かんだような気がした。

「替え玉ちかっぱパンチ!」

 追加の剛腕パンチがチャカの顔面に撃ちこまれた。

『うぎゃあああ……』

 大砲の炸裂したような爆音が響き渡る。

 チャカの体が、煙となって薄れていく。

 再生できないほどの威力なのか、それとも再生しようが替え玉パンチが続くであろう現実に心が折れたのか……とにかく力技だ。

 と、博多ンが振り向き、倒れたままの俺の方へ駆け寄ってくる。

「……なし、こげんこつ……」

 その目には涙がにじんでいた。

「い、石にされた奴らには、たぶん俺の友達もいる。ここにはみんな来てたからな。逃げるわけにゃあ……いかねえだろう」

 いや、実際に俺は一度逃げた。

「……違うな。きっと、それだけじゃない」

 色んなものが頭の中をぐるぐる回って、気が付いたら体が勝手に動いてたんだ。

 理由を探そうとして、結局俺の口から出たのは、

「……俺は祭りが好きだ」

 その一言だった。

「えっ」

 息を飲む博多ン。

「ま……まつりが……好きだから?」

「……ああ。俺ほど祭りを愛してる」

 そう。

 だから、お前には負けたくない……のかもしれない。

 あんなに必死で祭りを守ろうとしていたお前を見て、俺はまた逃げ出すなんて、出来るはずがなかったんだ。

「そ、そげん? それで戻ってきたと?」

「祭りは俺にとって人生そのものだからな」

 今なら、こう言える。

 逃げたままなら言えなかっただろう。

 少しだけ、気分がよかった。

「……!」

「だから……祭りをこんな事にして、許せるわけ……ねえだろうが」

「へ、へぇ~……あ」

「……どうした?」

 聞きはしたが、何で博多ンが声を漏らしたか、すぐにわかった。

 チャカが倒されたことで、闇の帳が消え始め、太陽の光が注ぎ始めたのだ。

 その光が、石像に触れると、色を変じていく。

 モノトーンの石から、人の肌へと。

 そして、あっという間に、元の人間へ戻っていった。

「もう、行かんと。きさん、一人で大丈夫と?」

「ああ。心配すんな……」

 アバラはやられてるが、少なくとも致命傷じゃない。

 心配されるのも癪なので強がっとく。

「またな」

 踵を返す博多ンの背にかけたその言葉に、彼女が一瞬、止まったような気がした。

「……良い子にしとったらね」

「……へっ」

 笑うとアバラから鋭い痛みが来たが、そんな悪い気はしなかった――




 薄暗いアジト。

 ケーブルが生き物の腸のようにねじくれながら配置され、パソコンやモニタに巻きついていて、とてもよい趣味とは言えませんが……。

 まぁ、それでも、本を読むには十分ですわ。

 本を読めば乱れた心も落ち着きます。

 チャカ何かに構わずに戻ってきたのは正解でしたわね。

 シュラウドは元々、わたくしとチャカ、そして首領だけの組織。

 ピースカメレオンのような怪人は、首領がその都度生み出しているに過ぎない存在。

 首領の不在中の現在、一人静かに過ごせるというわけですわ。

 喧しいチャカがいない事で、静かに読めて助かるくらい。

『……』

 だのに。

 なぜ、こう……寂寥感を感じるのでしょう?

 わたくしが一人なのは、いつもと同じですのに。

 再び乱れ始めた心を落ち着けるために本のページをめくった、次の瞬間――

 アジトのモニタに蛍火のような光が灯りました。

 そこに映し出された文字は……。

「チャカ……戦死……」

 あの、不死身のチャカが……戦死?

 そんな……嘘……。

 いけすかない輩でしたし、居なくなって悲しいなんて事はありません。

 どうしようもないほど自己中心的で、平気で残虐な事も出来る男でしたから、報いを受けるのも当然と言えましてよ。

 ……だから、どうでもいいはずなのに。

 むしろ、これからずっと静かになって、助かるはずなのに。

「……っ」

 気づくと、わたくしはモニタに本を放り投げていました。

 自分でもその行動に驚き、本を拾おうとしたところ、それを先に拾った人がいました。

「どうした? 不機嫌だな。グレネーディア」

 突如現れ、本を拾った人影は、赤い瓦のような珍妙な仮面をつけていました。

 こんな姿をする人は一人しかおりませんわ。

『……あら。お久しぶりね首領』

「最終計画の準備が整ったのでな」

 首領――このシュラウドの創設者にして、博多を憎む魔人。

 あれほどの憎しみがどこから出てくるのか、わたくしでもゾッとする時がありますわ。

『へえ。でも、チャカはやられましてよ』

「構わん。元より、あれは私の不在時のために作り出した仮初の生命に過ぎぬ」

『あら……』

 バックボーンがないからこそ、自分の容姿にばかり言及していたのね。

 思えば、哀れかもしれませんわ。

 美だのと言っていた彼の最後は、美しく散ったのかしら……?

『それで、最終計画とは?』

「期待するがいい。直にわかる」

 もったいぶらせます事ね。

 まぁ、いいですわ。

 退屈はせずに済みそうですし。




 祭りの翌日、学校。

 肋骨は一本折れ、もう二本ほどヒビが入っていたものの、昨日通院した限りでは入院するほどでもなかったので、今日は二限目の途中から登校した。

 したんだが……。

 おかしい。

 明らかに、おかしい。

 マツリの奴が、やたら挙動不審だ。いや、挙動は前から不審だけど。

 こっちばかりキョロキョロ見てくるし。

 うーん、肋骨を固定するバンドのせいで、胴回りが膨らんで見えるからか?

 授業中も、隣からちらちら見てきやがる。

 気になったんで、昼飯の時間のチャイムと同時にそっちを向くと――

「おい」

「えっ」

 目があった。

 すると、即座に目を逸らすマツリ。

「何だよおい」

「何っちゅうこつはなかけど……」

 だからなぜ目を逸らす。

「そ、そのよかったらご飯……」

「ぶふっ……次郎丸君。よろしければ、お昼ご一緒、ぶふっ……できないかしら?」

 と、そこに現れたのは甘髪だった。

「何で笑ってるんだよおい」

「いいじゃないですの。ぶふっ……どうかしら?」

「まぁ、別に構わんけど」

 断る理由もないしな。

「では、後で、ふふっ、屋上へ来て下さいまし」

 言ってる間も、半笑いである。

 そのまま優雅な仕草で去っていく甘髪。

「で、何の話だったっけ?」

 マツリの方を向くと、ぷるぷると震えていた。

「~~~っ!」

「ん?」

「この女ったらし!」

 マツリの平手打ちが俺の頬に炸裂した。

 ……何で?

 あと、折れたアバラが超痛かった。




 屋上。

 やってきた甘髪が持っていたのは、コンビニのサンドイッチ。

 ミルクティもコンビニの紙パックのものだ。

「そ、そのほっぺどうしたんですの? くくっ……私を笑わせるおつもり……ぶふっ……」

「違うわ」

 確かに頬に往年のギャグみたいな赤い手形がついてるけども。

「そういや、昨日、お前祭りに来てなかったか?」

「え?」

「いえ……行ってはいませんわ?」

 心底不思議そうな顔で言う。

「そ、そうか?」

 でも、信じがたい。

 こいつ以外にあんな髪型のやつがいるのか?

 個性的なファッションの人が多い天神界隈ならまだしも……。

「しかし、不思議だな。お前と昼飯食うなんて想像だにしてなかったよ」

「迷惑だったかしら?」

 心なしか、甘髪の声のトーンが下がった気がした。

「いや、そんな事はないけど。……っていうかいいのか? いつも食べてる奴とかいるんじゃないのか?」

「いませんわよ?」

「えっ……」

 言われてみれば、こいつが教室で食べてる姿を見たことないな。

「じゃあ普段どうしてんだ?」

「トイレで食べてますわ」

「はぁ!?」

 トイレでって……それっていわゆる便所飯だよな?

 居場所のない生徒が、トイレの個室で食べるっていう……。

「な、何で……お前くらいのやつなら引く手あまただろう」

「……そんなことはありませんわ。みなさん、わたくしを誘ってはくれませんの」

「……」

 わかるような……気がする。

 モデルなんていうレベルを超えて、もうマンガに出てくるような王女にしか見えないこいつを、気軽に誘える奴がいるだろうか。

「……よし」

「えっ?」

 俺は、甘髪の手を掴んだ。

「行こうぜ」

「ど、どこへ?」

「教室」

 無理やり甘髪の手を引いて、そのまま教室へなだれ込む。

「おーい、みんな、甘髪がみんなでメシ食いたいってよ」

「は?」

 教室内のクラスメートたちが一斉にこっちを向く。

 口にマンハッタン――チョコのかかったサクサクしたドーナツでローカル商品だが爆発的な人気を誇る――をくわえたままアホ面さらしている貝塚とも目が合う。

「ほら、貝塚、机くっつけろ。小学校の給食のあの感じだ、はい、やーっ!」

 周りの級友を巻き込んで、向かい合わせに机をくっつけ、その左右に連結するようにまた机を繋げていく。

 やー! と言われると勝手に体が動くのは、福岡の体育の時間にその掛け声が使われているからだ。染みついてるんだよね。

「甘髪、お前は真ん中な」

「え? あの……」

 経験がないのか、おろおろしてる甘髪を強引に座らせる。

「いいから座っとけ。……後は……」

 そこでマツリと目が合う。

 マツリはぷい、と顔を背けやがった。

「何やってんだ。お前も早く机くっつけろ。ほら、早く。ウチにラーメン食いに来た時に、餃子4個つけてやるから」

「き、きさん、人を餃子4個くらいで動くやつと思っとーと?」

「なら8個だ。やったね。万歳。ヒャッホー。はい、さっさとくっつけろ」

「な、何ね、もう……」

 ぶーぶー言いながらも机をくっつけていく。

 餃子8個で落ちたか。食いしん坊め。

「貸し一つばい」

「お、おい、餃子8個つけてもまだ貸しなのかよ。ネギと高菜は無料でつくから我慢しろよ」

「そういうことじゃなか! ……もういいけん、食べよ」

 なぜか機嫌の悪いマツリ。

 何だよおい。

 と、そこに弁当箱を持って虹乃姉が飛び込んできた。

「なぁに、楽しそう! 先生もかてて~」

 ちなみに、「かてて」とは加えて、混ぜて、の意味。

 子どもたちが遊びに加えてほしい時に使う。

 虹乃姉のような大人がこんな陽気に使う言葉じゃねえ。

 ともあれ、この天然姉の登場で、図らずもクラス一丸のような空気が生まれた。

 気が付けば、その場にいた全員で机を繋げ、宴会のような昼食に。

 甘髪も最初は目に見えて戸惑っていたのだが、気が付けば周りの級友たちと談笑していた。

 意外だったのは、あれだけ不機嫌そうだったマツリが甘髪と楽しそうに話してることだ。

 ドぎつい博多弁と、宝塚でも使わないような上品すぎる言葉遣いの会話で、いろいろ突っ込みたい欲求にも襲われたが、流石に無粋なのでやめといた。

 これでもう、甘髪も便所飯なんかしなくていいだろう。

 目に見えて明るくなった甘髪の姿が微笑ましくて、そっちを見た瞬間、目が合った。

 直後、甘髪が吹き出した。

 よりにもよってミルクティを飲んでいる時に。

 そして正面に居たのは俺。

 ……後は、わかるな。

 甘髪の平手――ではなく、マツリのパンチが飛んできて、俺の体は宙を舞った。

 そして、その滞空中、アバラがもう一本折れる音を聞いた。

 ああ、そういやヒビが入ってたもんな。

 俺は泡を吹いて倒れた……と後で友人たちから聞いた。

 結局、病院へまた担ぎ込まれたのだった。

 とほほ……。

 ちなみに、流石のマツリも反省したのか、見舞いに来た事だけは、アイツの名誉の為につけ加えておいてやろう。

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