5.
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女の子は私の方に自分の手を差し出した。小さな掌の中にはハートの形をしたキレイな石が入っていた。
「ほら、可愛いでしょう?美子ちゃんを待っている時に見つけたんだよ」
女の子は私にその石を手渡した。そして、ちらっと寛太の方を見た。
「私、その人は嫌い。帰ってもらって」
「えっ?」
私は寛太の方を見た。寛太は頭を掻きながら、「やっぱりな」そう言った。
「ちょっとだけゴメン」
寛太は女の子に向かってそう言うと、私をそばの茂みの中へ連れて行った。
「大丈夫!美子は負けない。きっと、お父さんも守ってくれる。だから、ちゃんと約束を果たして来るんだぞ」
「寛太君はお父さんを知ってるの?」
「うん、よく知ってる。俺はもう、ここに居られない。俺が居ると、あの子が機嫌を悪くする。だから俺はもう行くよ」
「解かった…」
「じゃあ、少しの間だけ目をつぶって」
「うん」
私が目をつぶると、一瞬、眩しい光が降り注いだように思えた。目を開けた時には寛太はどこにも居なかった。
「早くおいでよ。遊ぼう」
河原の方から女の子の声が聞こえてくる。私は一人で女の子のそばに近付いた。
「キレイな石を探そう」
私がそう言うと、女の子は嬉しそうに微笑んだ。しばらくの間、二人でキレイな石を探して遊んだ。いつの間にかあたりは暗くなり始めていた。
「そろそろ帰らなきゃ」
「ダメ!」
女の子が私の腕を掴んだ。小さくて冷たい手の感触。私は思わずその手を振りほどいた。すると、女の子の表情が見る見る変わって行く。髪の毛が抜け落ち、皮膚がだらりと伸びて目や鼻の辺りには白い骨が露出してきた。骸骨の様な手が私の腕に食い込んだ。私は怖くて逃げ出したかった。けれど、その時、寛太の声が聞こえた。
『怖がるな!女の子の姿を見たらダメだ。目を閉じろ』
私は目を閉じて女の子に言った。
「じゃあ、もう少しだけ遊ぼうね」
「うん」
嬉しそうな女の子の声が聞こえた。私の腕を掴んでいる女の子の手に柔らかさが戻って来た。そっと目を開けると、女の子は元の姿に戻っていた。
母は住職の後を追って河原までやって来た。土手の上に立ち尽くす住職の横に並んで立った。河原で美子が一人で遊んでいるのが見えた。母には女の子の姿は見えていなかった。美子は次第に川の中へと入って行く。
「美子!」
母が叫ぶと、住職はそれを制した。
「お前さん、今何が見えとるかね?」
「何がって、早く助けなきゃ!美子が溺れてしまうわ」
「やはりお前さんには見えておらんようじゃのう」
「何を言っているのか分かりません。早くしないと美子が…」
「大丈夫じゃ!あの子には寛君が付いとる。彼があの子を守ってくれとる」
「何をおっしゃるんですか?あの人は亡くなったって…」
「寛君はあの子を守るために自らを犠牲にしたのかもしれん」
「えっ?」
女の子が私を連れて行こうとしているのは判っていた。辺りの空気が異様に歪んでいるような気配がだんだん強まっているように感じられたから。女の子の力が強まっている。約束は果たした。けれども女の子は私を解放してくれる気はないようだった。
「一人で居るのは嫌なの。ずっと一緒に居て欲しい」
浅いはずの川の水が私の胸辺りまで来ている。もはやこれは川ではない。この世とあの世との境目…。連れて行かれる…。そう感じた時、私は思わず叫んでいた。
「お父さん、助けて!」
すると、私の首飾りがまばゆい光を放った。思わず、女の子が私の手を離した。私は水の中からはい出そうとしたけれど、あり地獄の様に周りの水は私を飲み込もうとしている。私は力の限り、水をかき分け這い出そうとした。けれど、次第に渦の中に飲み込まれていく。その時、温かくて優しい空気が私を包んで私を河原まで運んでくれた。そして誰かが女の子に話し掛けていることに気が付いた。
「この子は約束を守ったよ。君が寂しいのなら私がそばに居て入ろう。だからこの子は放してやりなさい」
聞き覚えのある声。けれど、そこに居たのはその声の主ではなかった。ただ、その少年を私は知っていた。寛太だった。寛太が助けに来てくれた。いや、そうじゃない。助けに来てくれたのはやっぱりお父さんだった。寛太はお父さんだったのだ。
「おじさんは嫌い」
「それは、私が君からこの子を引き離すからだろう?」
「美子は私の物よ」
「違うよ。美子は君と住む世界が違うんだよ」
「おじさんも違うもん」
「私は君と同じ世界に居るよ。ずっと、君と一緒に居てやることが出来る。今まで美子を愛したように、これからは君を愛そう」
「約束?」
「ああ!約束するよ。だから、美子をもう放してやってくれ」
「うん…。じゃあ、お父さんって呼んでもいい?」
「いいよ」
女の子の顔が見る見る優しい顔に変わって行く。やがて、川の水が引いてきた。辺りには澄んだ空気と明るさが戻って来た。
父は女の子と手を繋いで川の中に入って行く。
「お父さん!」
私は大声で父を引き止めたけれど、父は振り向きもせずに女の子と一緒に川の中へ消えてしまった。しばらく呆然とその場に立ち尽くしていた私が正気に戻ったのは母が叫びながら抱きしめてくれた時だった。和尚さんはにっこり笑って私の頭を撫でてくれた。




