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短編集

蛍の光に誘われて

作者: ラテ

タケルの夏休みはすぐ終わった。

毎年そうだ。一ヶ月ほど夏休みがあるからといって、宿題もろくにせず、三日に一回くらいは田舎のおばあちゃんの家で虫をとってばかりいた。そして残り一週間ほどになると大焦り。

結局、今年もそんな感じだった。

でも、今年の夏休みは、タケルにとっては大きく変わったものだった。

まず一つ。今年の夏には、大好きなおじいちゃんが死んだ。

以前から病気を抱えていたようで、今まで生きていたことが不思議なくらいだったそうだ。

おじいちゃんはとても優しかった。厳しいときもあったが、たった一人の孫に、深い愛情を注いでくれているのかと思うとうれしかった。

夏休みの宿題を終わらせるのが遅いことをかばってくれたのも、おじいちゃんだけだった。

タケルがお母さんに宿題のことで怒られているとおじいちゃんはいつも、

「まあいいじゃないか。タケルも男の子なんだ。外で遊ばしておいた方がいい」

と言った。

大好きなおばあちゃんでさえ、宿題のことに関しては責められていたので、おじいちゃんだけが心の拠り所だった。

「でも、宿題もちゃんとするんだぞ。先生に怒られちゃうからな」

そのときのおじいちゃんの笑顔が忘れられない。

しわくちゃな顔がさらにしわくちゃになっていたのを覚えている。

おじいちゃんが大好きだ。だから悲しかった。いっぱい泣いた。

お葬式のときも、あまりにも悲しくて、棺の中に入ったおじいちゃんを見ることができなかった。

おじいちゃん、さようなら。タケルは最後までおじいちゃんの方を向かず、呟いた。


もう一つ。

そんなタケルが唯一楽しめたものが、虫とりだった。

おじいちゃんの死を忘れるようなことはできないが、虫とりでタケルの気分はずいぶん楽になった。

だから今年は、毎日のようにおばあちゃんの家に通った。

そして向こうについたらすぐに、虫かごを肩にかけ、虫あみを片手に森に入っていった。

ある日。その日もタケルはおばあちゃんのところに行った。そしてやはり、虫とりに出かける。

虫とりに行く前、おばあちゃんに、宿題は終わったのかと聞かれたが、曖昧な返事をしておいた。

「よし、今日もたくさん虫をとるぞ!」

ふとおじいちゃんのあの笑顔が思い浮かび、少し涙が出た。

でもタケルは、涙を拭き、森の中に入っていった。

森に入ると、さっそくカナブンを見つけた。虹色のような見た目が好きだ。

カナブンがいたということは、近くに樹液の流れるくぬぎの木があるかもしれない。久々にタケルは興奮した。

最近は、どうも調子が悪かったので、チャンスがあるとすれば今日だ。

タケルは、カナブンのいたあたりを探し回った。

途中、草の茂みにバッタを見つけたので、とりあえず虫かごに入れた。

そういえば、バッタは草なら何でも食べると思って、虫かごにいっしょに雑草を入れ放置したら、数日後には全部死んでいた、ということもあったなあ。

五、六分歩き回ると、もうくぬぎを見つけた。

予想通り、そこにはカブトムシがいた。クワガタもいた。昼間に見れるなんて、なんと珍しいことだ。

クワガタは、少し日が遅れていたので、いることにちょっと驚いた。

他には、ガがいた。見た目が少し変わっているので、あまりいいイメージが持てず、勘違いされることの多い虫だが、タケルにはガの良さが理解できる。

今日は複数の虫かごを持っていたので、それらを全部分けて入れた。

よし、やった。タケルはそう思って森を出ようとした。けどなぜか、自分が今どの辺りにいるのか理解できなかった。

迷子だ。

急に背中がぞっとした。このまま自分はずっと迷子になって、死んでしまうのかな、なんてことを考えてしまったのだ。

おじいちゃんというとても大切な人が死んだ。だからこそ、死のこわさを理解できた。

タケルはしばらく森の中をうろついたが、やはりどこが出口かわからない。どこにいるのかさえもわからない。

もう何回もこの森には入っていたので、慣れているつもりだった。

ところが今日はどうしたことだろう。

気がつけば、あたりは薄暗くなってきた。

何かが羽ばたくような音がしたので空を見上げると、一、二羽のコウモリが飛んでいた。

タケルはこわくなった。あまりのおそろしさに、動けなくなった。その場に倒れ、木にもたれかかった。

このまま、本当に死んでしまうかもしれない。そんなふうに考えてしまい、タケルは泣き出した。

あたりは真っ暗になり、今度こそおしまいだ。どこに道があるのかすらもわからない。タケルには泣くことしかできなかった。

そのとき、黄緑色の小さな光がいくつか見えた。光はまるで、タケルを誘っているかのようだった。

タケルはそれについていくことにした。

次第に光は強くなり、また弱くなり、そしてまた強くなり……

タケルは、意識が遠のいていく気がした。


気がつくと、タケルはおばあちゃんの家の玄関まで来ていた。

なぜここにいるのだろう。

すると、奥からおばあちゃんが走ってきた。

目は真っ赤で、ハンカチも持っていた。それで涙を拭いていたのだろう。

「心配したんだからねえ」

おばあちゃんが涙声で言った。そしてタケルを強く抱き締めた。

よく見ると、お母さんもいるではないか。おばあちゃんが呼んだのだろう。

お母さんはもう完全に泣いていた。タケルと目が合うと、何のためらいもないようにタケルのもとに走ってきた。

玄関前の廊下がビシビシいう。古い家なんだな。

ぼうーっとしていると、お母さんもタケルを抱き締めていた。初めて、親の愛情を感じた瞬間だった。


結局、あれは何だったのだろう。もしかしたら……

いや、やめておこう。

タケルの夏休みはもう終わり。いよいよ今日から学校だ。


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