表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/39

第二章 逃走、そして捕縛(3)

 それからティアは、無理やり引っ張られるよう、コルノの者達と共に、森をいった。だが、足場の悪さが今度は仇となり、


「きゃあ!」


「ううっ!」 


 ティアは何度も躓きながらの道行きとなってしまった。そして、つい零れたのが、


「もっと、私のペースに合わせてよ! 引きずられちゃうじゃない!」

 

 そんな歩きの人間がいる道行き、足手まといの者がいる道行き、進みはかなりゆっくりとしたものとなっていった。そして、歩いて歩いて十分な時間をかけて、やがて一行がたどり着いたのは、あのカビルドの街であった。

 戦火で疲れ果てた、まだ病みを治せずにいるような街。物乞いが徘徊し、あちらこちらに壊れた建物が並ぶその街並みを、一行は奥へ奥へと歩いてゆく。すると、やがて見えてきたのはこの街を統治していたのだろう城だった。恐らく、元は貴族の、それもかなり有力な貴族のモノだったのだろう、豪奢さが際立って、そこだけ浮き上がっているような感じにもなっていた。そんな城の周辺を、コルノの軍人がうろちょろしている。どうやら元の主人は逃げたか、追い出されたか、殺されたかしたらしい、今は彼らの陣屋になっているようだった。

 その城の門を潜る一行。すると、すぐさま近くにいたコルノ軍の兵士らしき者がそれに気づき、コルノ語でこう言ったのだ。


「陛下……」


 陛下?


 日常会話位なら、ティアにもコルノ語は分かる。なので、男のその言葉に、ティアはどこか不可解な気持ちになっていると、


「陛下が、陛下が戻られました!」


 そう大声を上げて、城の奥へと男は駆けてゆく。そして、その声を聴いて周りの者たちは皆彼ら一行に気付いたようで、こちらを振り向いて、膝をついてゆくのであった。


 な、なによ、これ……。


 訳が分からず、ティアは呆然としていると、城に入る扉から、あの青年より少し年上の青年が慌てたように出てきて、こちらに向かってやってきた。そう、身に着けた鎧、鍛え抜かれた立派な体、それは明らかに武人と分かる青年だった。その者が駆けてきて、馬上の青年に向かってこう言ってきたのだ。


「陛下! いったいどこへ行っていたのですか! 皆心配して……」


「エンツォ、狩りだ。狩りをしに森に行ったら、面白い獲物がとれたぞ」


 陛下、と呼ばれた男性、そう、あの若い青年が、エンツォと呼ばれた青年に、そんな答えを返してゆく。すると、そのエンツォという青年は縄に縛られたティアを見て、訝しげな顔をし、


「この者は……」


「ティア姫だ。ルータの姫君だ」


 それに、エンツォは驚きの表情で目を丸くする。


「ルータの姫君!」


 信じられない、といった様相だった。まぁ、どういう意図で彼らがあそこにいたのかは分からないが、出掛けていって、持ち帰ったのがこの結果、当然といえば当然だろう。周囲も呆然のこの状況。一瞬辺りは沈黙に包まれるが、青年は一人余裕顔だった。そして、なら、信じさせてやろうか、といったように、ティアを見下ろし、


「な、そうだろ」


 だが、それに答えられるような状態じゃ、ティアはなかった。そう、陛下、その言葉がティアの胸にぐるぐる渦巻いていたからである。


 陛下……。陛下……。この男が、陛下……。ということは……。


「ヴィート・ディ・サラバルータ……」


 思わずティアはポツリとつぶやく。すると、


「ん……呼んだか?」


 縄を持つ、傍らの青年がティアの様子をおかしく思ったのか、小首をかしげてそう言う。そう、その言葉で決定だった。やはり、彼は、


「あ……あなた……コルノの国王だったの?」


「知らなかったのか?」


 飄々と言ってくる彼の言葉に、ティアは思わず激する。


「知るもんですか! 誰もそんなこと一言も言ってなかったし。第一王が、あんなところを数人の供でうろうろなんて」


 それに、青年は眉を顰め、


「そんなに変なことか?」


 と、目の前のエンツォに聞いてくる。するとエンツォは渋い顔をして、


「陛下の場合、別段変った事では、ありませんね……」


 その口調から、どうやらこういったことは、しょっちゅうあるらしい。思わずティアは言葉を失うと、今一度まじまじとコルノ王を見つめる。それは、日に焼けた肌、引き締まった体躯、野性味のあるぎらぎらとした眼差し、やはり、王、というより、武人といった雰囲気だ。だが、彼は武人ではなく王、それにティアは思わず動揺すると、


「こ、こんな粗野で、野蛮な男が王だなんて。やっぱり蛮族の国ね」


 そう、この男が殺したのだ。わが父を、母を、そして供の者達を。それを胸に刻みつけて、憎悪の炎を燃やしていると、


「蛮族とはなんだ! ルータの姫君といえども、その言い方は許さないぞ!」


「そうだ! そうだ!」


 わが民族を、王を侮辱されたと感じたのだろう、周りの兵士たちがぎゃあぎゃあとティアの言葉に抗議の声を上げてくる。そして、中には血気盛んな輩もいて、


「こんな女、さっさと殺っちまえ!」


「そうだ! 彼女を殺れば、トレード家の直系は全て絶つことになんだ。殺っちまえ!」


 意気揚々として何人かの男がそう叫んでくる。だが、それにヴィートは、まぁまぁまぁと、周りの興奮を抑えるよう手で制すると、


「確かにそうだが……気が変わった」


「?」


 訝しげな表情をする周りの者達。すると、それを楽しむよう青年はその顔を見回し、


「彼女を妻にする」


「はぁ!?」


 素っ頓狂な声がこの城に木霊する。全く、唖然、といった感じだ。

 だが、ヴィートはそれにも動じず相変わらず飄々としており、


「妻だから、妻だってんだ」


 余りにも突拍子のない事だった。それにティアは声を失い、思わずといったよう呆然としてゆく。すると、


「相手は、陛下に恨みを持つものですよ!」


「そうです。近くに置いたら、いつ寝首をかかれるか!」


「それに、我々には、もっと違った計画が!」


 非難の嵐だった。だが、ヴィートはその喧々囂々とした言葉も、右から左といったようで、


「彼女の母親はアレジャンの血を引いている。それでいいじゃないか。ルータの姫、それで決まりだ」


 すると、それに黙っていられなかったのがティアだった。顔を真っ赤にし、怒りに身を焦がしながら、


「冗談じゃないわ、私の方からお断りよ! あんたみたいな奴なんて!」


「ふん、お前は虜囚だ。虜囚に自分の意志を通す権利はない、諦めろ。それに、俺と結婚すれば、死は免れる。つまり、ルータ王家の血をとりあえず残す事はできるということだ」


 勿論、ティアがそんな言葉で了承する訳がなかった。ふいと顔をそむけ、


「私には婚約者がいます。その方がいるのに、他の者と結婚など、私には考えられません」


 きっぱりとしたフィナの拒絶だった。そのティアの拒絶に、ヴィートは「ああー!」と言いながら頭を掻くと、


「そういや、確か近衛兵司令官の……。あいつは……どうなったか?」


 思わずといったよう、ヴィートは目の前のエンツォにルフィノの事を尋ねる。すると、それにエンツォは困ったような顔をして、


「恐れながら、我々の方では把握しておりません。生きているのか、死んでいるのか……」


 なるほどね、という顔をするヴィート。


「そうか、お前は生きているとも、死んでいるともしれぬ者に、命をささげようというんだな」


「そうです」


 きっぱりというティアに、ヴィートは笑う。


「面白い。だが、やはりお前は虜囚だ。自由はない。誰が何と言おうと、俺の妻にする」


 そう言ってヴィートは馬から降り、ティアを縛っていた戒めを解く。そしてなんと、彼女を横抱きにしていったのだった。驚いたのはティアだった。


「な、何を……」


「今日からお前は俺の妻だ。結婚式は後で盛大にやるとして、とりあえず今は誓いの儀式をしよう」


「誓いの儀式?」


 すると、それにヴィートは意味ありげな笑みを口元に浮かべ、ティアの耳へと唇を寄せると、こそり、


「初夜だ」


 そう言って、その場からすたすた歩いて行ったのだった。いきなりの、そのあんまりな展開に度肝を抜かれて、


「な……な……」


 と、ティアは言葉を無くしてゆくのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ