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第二章 逃走、そして捕縛(2)

 ティアの首に当てられた剣、それを見て、慌てたのが周りの兵士達である。


「お嬢様は、関係ありません。どうか、その剣をお納めになるよう!」


 刃の冷たさを感じながら、ティアの胸には恐怖が渦巻いていった。死への恐怖ではない、父と母がこの世にいなくなった、独りぼっちになってしまったということへの恐怖である。それ程父と母の死がショックだったのである。剣の冷たさに、今まで堪えていた感情が零れ落ち、思わず体を震わせてしまうティア。だが、今のこの状況、もしかしてこれはか弱い乙女を演出するにはいい材料になるかもしれないと、ティアは打算的にそう思う。剣に怯えるか弱い乙女、それを期待しながら、ティアは震えるままに体を震わせてゆくと、


 にやり。


 そう、その考えは甘いことを突きつけられる。青年は不気味な笑みを残し、「そうかな」と低く呟く。そして、


「!」


 ティアの首から青年の頭上へと剣が振り上げられたのだ。それはまっすぐティアの元へと落ちてきて、


 殺られる! 


 誰もがそう思った。だがその剣がティアの頭へと落ちる寸前、


 キンッ!


 鋭い金属音が辺りに響く。そう、青年の剣が何者かの剣によって弾かれたのだ。それは、ティアの剣。咄嗟に、隠し持っていた短剣へと手が伸び、こういった行動に出てしまったのだ。

 青年の顔が、不敵な笑みに代わる。


「この国の姫は、男顔負けの剣技を持っていたと聞いている。姫将軍と噂される程に」


 それに、しまった、といった気持になるティア。これは、引っかけだったのだ。


「ティア・アサレア・デ・トレード。ルータ国の姫君だな」


 悔しさに唇を噛みしめるティア。そして、もうここまで来ては隠しきれないと思ったのだろう、周りの兵士達は目くばせをし、皆剣を抜いていった。じりじりと間合いを取りながら、剣を構えてゆくルータの兵士達。

 それは、挑発とも取れる構えだった。それに応え、コルノ兵も馬を下り、剣を構えて臨戦態勢へと入ってゆく。

 そして、まずその均衡を破ったのはルータの方だった。


「そりゃ!」

 

 勢いよく吠えながら、コルノ兵へと向かって剣を振るってゆく。それに立ち向かってゆくコルノ兵達。人数は四人対六人、だが、ルータの方の侍女は戦力に数えられないし、ティアも武器は短剣、そして皆から守られる立場であったから、実質四人対四人だろう。そう、力は五分五分の筈であった。だが、


 つ、強い……。


 相手にしたコルノ兵は思った以上の手練れであった。特にあの一番若いように見える青年の実力は群を抜くもので、やはり四人の中のリーダーなのだろう、先頭に立ってルータの兵士へと剣を振るっていった。

 剣と剣がぶつかり合う戦い。ティアを守ろうと、男達が命を懸けて戦う。そう、彼女だけはこの手にかけてなるものかと。だが、実力の差は徐々に顕著に現われていった。

 右に左に揺さぶられ、だんだんと疲れを見せ始めるルータの者達。どんどん押され、動きが鈍くなってゆく。そして、そのふとした隙をつかれ、コルノ軍の兵士の剣が、ルータ軍の兵士の首にグサリ突き刺さっていった。

 花弁のように舞い上がる血飛沫。それを見て、ティアは動揺する。


「ディマス!」


 兵士の名を叫ぶティア。それを聞いて、あの若い青年は満足そうで、


「その調子だ。だが、ティア姫は殺すな。生け捕りにしろ」


 それに、「おお!」と意気揚々に言葉を返してくるコルノの男達。更に士気が上がったように、猛然と剣を振るってくる。

 そんな男達を前にして、ただこの状況にティアは呆然としていた。地に倒れ込み、血をだらだらと流してゆくかつての仲間。もう息がないことは一目瞭然で……。そう、自分の為に……。


「うわぁぁぁぁ!」


 ぷちんと糸が切れたように、突如自暴自棄になって、剣を振り回してゆくティア。守られてばかりでなるものかと、意気込んでその戦いに参戦してゆく。すると、


「姫様、駄目です!」


「落ち着いてください!」


 そんな言葉が方々から聞こえてくる。だが、ティアの耳には入らなかった。武器が短剣でも、形勢が不利でも、どうでもよかった。敵を討ってやる、その思いでティアは猛然と剣を振るっていった。

 それは、思いがけないティアの攻撃。一瞬コルノ兵は戸惑うが、すぐに気を取り直し、間合いを見て、ティアの短剣を弾き飛ばしてゆく。そして、素早く剣のなくなった腕をひねり上げる。


「ううっ!」


「おら、お前ら。お前らの可愛いご主人様は囚われの身となったぞ。手出しされたくなかったら、剣を置け」


 最悪の事態に瞠目するルータの兵士達。だが、ティアを人質にされてはどうにもならなかった。仕方ないよう、渋々剣を地面へと置いてゆく。そして……。


「くそっ!」


 兵士、侍女、ティア、次々捕縛されてゆくルータの者達。観念したようにうなだれる彼らを見て、あの若い青年は不敵に笑う。


「さて、こいつらをどうしようかな」


 その言葉の意味が表す所は明らかだった。それを察して、ティアは険しい表情で顔を上げる。


「お願い! 彼らには手を出さないで! 私なら、どうしてもいいから!」


 どうしようかなぁ、とでも言いたげに、口元に笑みを浮かべ、辺りを嘗め回してゆく青年。


「面倒なんだよ、陣屋まで連れてゆくのが。途中、なんかあっちゃ大変だしね。それに……」


 そう言って、青年はちらりルータの兵士たちの方を見る。


「一人残せば、お前を助けるものを一人与えることになる。また一人残せば、更にお前を助けるものを一人与えることになる。ルータの王家はコルノの為にも絶たなきゃなんねー。なら……」 


 すると、今度は周りにかしずく自分の兵士達の方に、青年は目くばせしてゆくと、


「殺れ」


 その言葉を聞いて動き出すコルノ兵達。思わずティアの口から悲鳴が漏れる。


「やめてー!」


 だが、彼らは無情だった。無表情でルータの男の元へと歩いてゆき、それぞれがルータの男の前に立ってゆく。そして一呼吸置き、大きく剣を振り上げると、問答無用で三人は彼らを切っていった。そう、抵抗することもできず、ルータの者達は切られるがままに切られていって……。ばたり、またばたりと体を地に横たえてゆく三人。


「あ……あ……」


 涙を流しながら、ティアはその様を見つめる。すると、コルノの兵達は、残ったティアの侍女、ラナの方へと向かってゆき、


「お願い! 彼女だけは助けて! 彼女は、なんの力もない侍女よ! あなた方を倒すなんてこともできない!」


 それに、どこか冷えた眼差しで、青年はティアに目を遣る。


「寝言は寝てから言え。どんな人間でも、何かの役割は担えるんだ」


 そう言ってコルノ軍の男達に、構うな、というような仕草をする。

 恐怖に怯えて、目を見開くラナ。その為だろう、声も出ないらしく、唯ひたすら口をパクパクさせている。そう、何かを言おうとしているのだが、何も出ず、空気に食らいつくよう、唯口をパクパクとさせるばかりで……。そして、重々しい足取りで、男達が侍女の前までやってくると、


 バサリ。


 その中の真ん中の者が、躊躇いもなく剣を振り上げ、侍女を真っ二つに叩き切っていった。吹き上げる血飛沫、声も立てず倒れてゆく侍女。


「ああああー!!!!」


 絶望で、ティアは頭を抱え、何度も振って叫び声をあげる。そう、この、逃れられない凄惨な現実を前にして。


「うううう……」 


 自分のせいで、自分のせいで……。


 己を責めながら、ティアは泣き続ける。自分のせいでこうなってしまったのだと、ひたすらティアは泣き続ける。

 だが、そんな彼女に青年は全く興味がないようだった。さっさと馬上の人となり、


「さて、行くか」


 その言葉に従い、コルノの男達も馬の上へと乗ってゆく。そう、ルータの者の死体など、もう知らないとでもいうように。

 そして、ティアを拘束する縄の先を持つのは、あの青年だった。青年が先頭に立ち、並足で馬を歩かせ始める。それに続いてほかの男達も馬を歩かせてゆくと、


「あうっ!」


 その、馬の歩みに引きずられるよう、ティアも前に進むことを余儀なくされてゆくのだった。そして、


「絶対、絶対、お前を殺してやる!」


 恨みを込めてティアは憎々しげにそういう。だが、そんなティアの恨み節もどこ吹く風、青年はそれを蹴散らすよう鼻で笑い、


「そりゃ面白い」


 おそらく陣屋へだろう、そこへ向かって一行は出発していった。

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