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第九章 愛故に(1)

 それからティアは身分を隠し、何とか見つからないようルータを抜け、ようやくコルノへと帰ってきた。そう、それは幾多もの苦難の道、それを乗り越え、ティアはコルノへと帰ってきたのだ。

 どこか懐かしさを感じながら、王都、アッソを行くティア。この街に、そんな思いを抱くようになった自分が不思議だったが、今のこの状態、それを考えれば、もしかしたらこれはある意味必然だったのかもしれない。その必然を感じながら、つくづくといったよう感慨深げな表情を浮かべ、ティアは王城へと、馬で中に入ってゆく。それは、ティアにとっては当然の行動。だが、皆にとってそれはそうではなかった。その姿を見て皆は驚いた。そう、ティアがルータでなく、コルノに帰ってきたことに。城の者達は、ティアはルータへ帰るとばかり思っていたのだから。

 だが、ティアはそんな皆の反応にもお構いなし、そんなことよりヴィートと、宰相のラウロに詰め寄った。


「ヴィートは? ヴィートは戻ってる?」


 真っ先に出たティアの言葉がこれ。それにラウロは驚きながら首を横に振り、


「いいえ……私が聞いた限りでは、陛下は敵に切られ、さらし首にされたと」


 無念をにじませそう言う。

 噂、だった。どうやらあの噂を信じ込んでいるようだった。他の者もラウロと同じことを思っているようで、何も知らない彼ら、皆一様にして悲痛に顔を歪めている。

 それにティアはそうか……と、脱力する。そう、皆があのことを知る訳がないのだ、と。大体ヴィートは、表向き討たれたことになっているのだ。ならば、本物の彼をこの目で見ない限り、噂通り、彼は死んだと皆は思ってしまうだろう。実際、彼は戻ってきていないのだし……。だが、本当の本当はそうではないかもしれない。その真相を知っていたティア、皆を見据え、顔に淡い笑みを浮かべてゆくと、


「首を獲られたのはエンツォよ。ヴィートじゃないわ。私、ロスピタレで見たもの。もしかしたら、生きているかもしれないわ」


 思ってもみない言葉だった。その言葉に、一同は喜びで湧き上がる。それに、ティアも嬉しいような顔をすると、エンツォのこともあり、少し複雑な思いになりながら、皆と喜びを分かち合う。そして、もう一つの朗報かもしれない報告を、ティアはする。そう、道中ずっとティアを悩ませていた吐き気の事を。

 皆も、もしやと思った。

 その言葉に慌ててラウロは医者を呼ぶ。

 そして受ける診察。期待に胸を沸き立たせながら、皆は医者の言葉を待つ。すると、結果は、


「つわりですね、おめでたです」


 やはりそうだった。二重の喜びに更に湧き上がる城の者達。

 ティアもそれに破顔しながら、確かにここにいる我が子を感じ取ろうと、自分の腹に手を当てる。そして思う、父親であるヴィートのことを。

 

 そう、彼は生きている。きっと生きている。そして帰ってくる! と。


 希望に胸を高鳴らせながら、それからティアはヴィートの帰りを待っていった。そう、待って待って待ち続けた。だが、彼は中々帰ってこなかった。つわりがありながらの道中で、ティアの進みは早いとは言えなかった。なので、同時期ぐらいに彼がアレジャンを出発しているのなら、流石にもう着いてもいい頃だった。となると……。もしかしての気持ちがティアの胸に湧き上がる。だが、ティアは自分に言い聞かせた。彼は徒歩かもしれない、だから遅いのかもしれない、と。何度も自分にそう言い聞かせ、ティアはひたすら彼の帰りを待っていった。そして、彼女がコルノに帰ってきてから一か月後、

 それは、塔の天辺で見張りをしている兵士達からであった。そう、戦の負けはあれど、その手は王都までは及んでいなかったアッソ、取り敢えずの平和が今日も保たれていた。だが、その平和は時に眠気を誘う時もある。特に、唯見つめているだけの見張りにとっては……。


「あふっ」


 つい退屈を覚えて、見張りの一人の兵士が眠そうに欠伸をする。すると、真面目なのだろう、しっかり仕事をしていたもう一人の見張りの兵士が、それを見て、


「おい、寝るなよ」


 呆れたようにそう声を掛ける。だが、欠伸をした兵士は懲りない。


「だってさ……」


 と言って、また「あふっ」と欠伸をする。それにため息をつきながら、もう一人の見張りは仕事に戻ると、


「?」


 とある方向を見て、訝しげな表情をする。そう、塔の頂上から、彼は何かを見つけたのだ。それは、


「おい、あれ見ろよ。こっちに向かってきている人物を」


 それに声を掛けられたあの欠伸をした兵士は、「ん?」と眉を顰めてそちらの方を見る。すると、そこには、


「小汚い奴だな、乞食か?」


 そう、髭面で、すすけた、まさに乞食と言うにふさわしい小汚い男性がこちらに向かって歩いてきていたのであった。


「追い返すか?」


 その者の意図は分からない。だが、どんな理由にせよ、そんな者に城の前に居座られたらたまったもんもんじゃない、ならばさっさと追い返した方がいいんじゃないかと、続けて欠伸の兵士はそう言う。確かにそうだった。そう、あんな小汚い男が城をうろうろしていたら、この王都のイメージダウンにだって繋がりかねないのだから。なので、


「そうだ、追い返そう、追い返そう」


 それで決定とでもいうように、欠伸の兵士はそう言ってくる。

 だがしかし、それに困ったような顔をしていたのは、話を切り出してきた兵士だった。どうやら、彼の言いたいことは他にあるらしい。それを示すよう、違う違う、とでも言いたげに兵士は首を横に振っていて、


「いや、そうじゃなくて。似てないか? ほら……陛下に」


 それに、「え?」っとなる兵士。まさかあんな小汚い男がと思いながら、もう一度まじまじとその男を見つめると、


「……確かに、似てる」


「だろ」


 気になるその者の正体。そうして真相を確かめるべく、早速二人は動き出す。そう、まずはどちらが行くか、だ。それはとある方法で決められることになり……。

 二人は片方の拳を背にやり、鋭い眼差しでにらみ合う。そして、言った言葉とは、


「じゃんけんポン!」


 すると、


「くそっ!」


 欠伸をした方が負けてしまった。

 少し面倒くささを感じたが、負けてしまったのだから仕方ない。兵士は駆け足で階下に降りてゆくと、事情を話して門番に門を開けてもらった。すると、その者はもう門のすぐ目の前にまで迫っており、見張りの兵士を見つけると、


「よお!」


 陽気に手を上げてくる。

 それは、明らかに聞き覚えのある声だった。そう、その者の声を聞いて、兵士は確信した。やはり、あの者は、

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