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第八章 決戦(3)

 それからしばしの時が過ぎ、日も大分西に傾いていった頃……。涙も枯れ果て、ティアは何とか心を落ち着けると、再びあの森の中へと入っていった。そして、その中を彷徨い、先ほどの戦の場所を探し当てると、どこか切ない思いでそこを見回していった。散らばるは兵士達の死体。そこで、殺された七カ国同盟軍の兵の元へ歩んでゆくと、ティアは倒れている彼らから具足を脱がし、その衣服をはいで着ていった。

 そうして更に、ティアは辺りを物色する。鎧を、剣を。ティアの身分ならそれは恥ずべきことだったが、今自分はアレジャンの一般市民と言い聞かせ、その剣や鎧を自分のモノにしていったのだった。

 やがて気が付くと、


「あ……」


 夜が迫っていた。辺りは大分薄暗くなっていて、流石にこれはと、ティアはその手を止めた。そして、その日ティアは森で一晩過ごし、翌日それらを持って、皇都を訪れた。

 皇都は戦で疲弊していた。籠城戦に巻き込まれ、追い出された者達もまだ戻りきってはおらず、街の通りは閑散としていた。それは、剥き出しになった、痛々しき傷。だが、それにも構わず、容赦なく日常生活は始まってゆく。そう、何事もなかったかのよう、民衆達の生活は始まってゆく。その中に混じって、ティアは慣れない皇都を彷徨うと、とある店の前まできた。それは、武器商。ティアはその店の前で立ち止まると、息を整え、木でできた重々しい扉をゆっくり開けてゆく。そして、


「すみません!」


 店の奥へと声を掛けるティア。すると、店主だろう、白髪の、髭面の男性が、その声を聞いてにょっきり顔を出してくる。それを見て、早速持ってきた剣や鎧を、ドンと彼に差し出してゆくティア。そう、金に換えてくれと。だがそれに、店主は渋い顔をして、


「もう一杯なんだな、鎧や剣は。同じことしてる人、多くてね」


 ティアは困った。生きてゆくには金が必要だったからだ。それが故、恥を忍んでこのような、戦場稼ぎのような真似をしたのだ。なので、真剣な眼差しをして、安くてもいいからとティアは店主に何度も頼み込んでゆくと、


「じゃあ、これ全部で二百五十ギニーでどうだ?」


 少し、少ない気もしたが、断られるよりはずっといい。コクリと頷き、それでティアは納得していった。

 そう、何とかだった。何とか何日か過ごせるだけの金を得ることができたのだった。これでここでの用事は終わったと、そこを後にし、待たせていた馬の手綱を片手にとって、皇都の大通りを歩いてゆくティア。すると、


「さらし首だ! コルノの王の首が拝めるよ! 場所はサンセール川の河川敷だ! 地図はこちら。ほら見た、見た!」


 城に勤める従者か何かだろう、小柄の若い男性が、そう口上を述べながら、何やらかが書かれている看板を立てかけていった。その口上の内容から、看板には、恐らく戦のことやさらし首の場所などが書かれているのだろうことが窺えたが……。


 ヴィート……。


 いてもたってもいられなくなり、ティアは路上に立つその看板へと寄っていった。あふれる野次馬。それを掻き分け、ティアは看板の前へとやってくる。そして、


「……」


 思っていた通りの事が書かれていた。

 そう、戦の事、さらし首の場所。ティアはその看板に目を通し、書かれた地図を頭の中に叩き込んだ。叩き込んで叩き込んで、もう大丈夫と思った所で、やがてティアは看板を後にしていった。そう、その頭に叩き込んだ地図を頼りに、さらし首の場所へと向かう為。そうしてやがてその場所に到着すると、胸をドキドキさせながら、ティアは、首が置かれている台へと向かっていった。

 本当は見たくない。でも、確認せねば。そうでなければこの現状を心から信じることが出来ない。その思いに、心を決めてティアは台の正面まで来る。すると、


「!」


 言葉を、失った。そう、到頭ヴィートの首を見たからだろうか? 否、違う。その台の上に置かれた首は、ヴィートの顔とは似ても似つかぬモノだったからだ。だが、その顔は知らぬモノではなかった。知らないどころではない、かなり、馴染みのあるモノで……。


「エンツォ……」


 閉じられた目、青白くなった顔、したたっていただろう血の跡、痛ましい、無残な姿がそこにはあった。それに、思わずティアは目を背けると、むくむくと動揺が湧き上がってくるのを感じていた。


 どういう事? どういう事?


 彼は明らかにコルノ王ヴィートではない。確かに、七カ国同盟の者達はヴィートの顔を知らない可能性もあったから、間違えて彼の首をコルノ王として差し出してしまったとも考えられる。だが、アレジャンの貴族たちは皇帝も合わせると少なくとも七人はヴィートの顔を知っている筈だった。なので、これが彼の首ではないということも知っている筈であり……。

 戸惑いながら、思わずそんな考えを巡らしてゆくティア。そして更に思う。そう、コルノ王の首を落としたと宣言した手前、後に引けなくなってしまったのだろうか、と。そうして、今更間違いと言えず、そのまま首をさらす事になったのだろうか、と。その後、密かに本物のヴィート狩りがなされながら……。

 ティアは、いてもたってもいられなくなった。何故なら、もしかしたら彼は逃げ延びたのではないかという思いにとらわれたから。そしてティアは心で何度も呟く。


 彼は生きている。きっと生きている、と。


 逃げ延びたかもしれない彼、ならばまず彼はどうするだろうかとティアは考える。

 するとすぐに出てくるいくつかの答え。そう、それはティアにとってそれほど難しい問題ではなかったから。そして、そんな彼女が導き出した答えとは、

 まずその一。残った兵をかき集め、反撃の機会を狙う。 

 その二、陣屋へ戻り、七カ国同盟と改めて話し合いの機会を持つ。

 その三、そのまま一人祖国へと向かう。

 こんな感じであった。だが、本物のコルノ王が生きているという情報はこの皇都には伝わっていないようだった。ならば最初の二つの可能性はないだろう。となると……。


 コルノへ……。故国へ……。


 きっとそうに違いないと思い、ティアはふらふらと馬の元へと戻り、皇都を出ていった。そして、北へ、コルノの方へと向かってゆく。

 それは、七カ国同盟との戦を辿る旅、昨日も通ったその道を行きながら、途中、ある思いを胸に、あのティア最後の戦いとなった場所へと寄っていった。そう、エンツォの体が残されていないか、それを確認したかったからである。更に、もしかしたらヴィートの死体があったりするかもしれない、それが彼の安否の確認の手掛かりになるかもしれないと、そういう思いも胸にあって、その場所を訪れたのだった。だがそこで、残された遺体を一つずつ確認していっても、それらしきものはなかった。どうやら、エンツォ最後の戦いは、別の場所で行われたらしい。

 できれば体を見つけて弔ってやりたかったティアだったが、広いこの森で、それを探すのは困難なように感じた。後ろ髪引かれるような思いになりながら、仕方なくその場から離れてゆくティア。そして、またしばし馬に揺られ、森の中を彷徨っていったゆくと、やがて平原へと出た。更に、もう少しその先にゆくと、舗装された道に出て、それは北へと向かって伸びていた。道も、こちらの方が断然走りやすく、ならばとそこを、馬に乗ってティアはひたすら駆けてゆく。そんな時、


「うっ!」


 不意に襲ってくる気持ち悪さ。慌てティアは馬を下り、道の端にゆくと、


「おえっ!」


 思いっきり腹のモノを吐き出していった。

 そしてそれは中々おさまらず、あまりの気持ち悪さに、ティアはしばし道端に屈み込んで胸を押さえてゆく。すると、


「おやまぁ、どうしたかね」


 不意に訝しげな調子を含んだ女性の声が背後からかかる。それに、思わずティアは後ろを振り返ると、そこには、荷馬車を引いた、夫妻らしき二人の人物がいた。恐らく、偶然そこを通りがかったのだろう、商人とみられる夫妻の女性の方が、ティアの様子を見て、心配げにそう声を掛けてきたのだ。

 それにティアは夫妻の方に顔を向けたまま、


「あの、ちょっと気持ちが悪くて……」


 辛そうな顔、口調、明らかに具合が悪いような様子のティアだった。そんなティアを目の前にして、女性は目を丸くすると、


「大丈夫かい! 何か悪いモノでも食べたのかい?」


「いえ……」


 そういう記憶はなかった。ならばなんなのだろうと、ティアは頭を悩ませてゆく。女性の方も一緒に頭を悩ませていて、他に体調は? とか、何か心当たりは? とか、何とか原因を探ろうと色々聞いてきてくれている。だが、やはり何も分からす、二人無言になっていると、


「結婚は、しているのかね?」


 不意に女性がそんな問い掛けをしてくる。

 それに、ティアは訝しげな気持ちになりながら、


「はい」


 式を挙げていないので、正式には違うのかもしれない。だが、ヴィートは自分のことを妻と言っていた。周りの者も王妃陛下と言っていた。それが故、ティアはそう答えると、


「じゃあ……」


 と、夫妻の女性の方が呟いて、不意に満面の笑みをティアに向かって浮かべくる。そして、


「おめでた、とか?」


「おめでた?」


 きょとんとしたような顔をするティア。そんなこと、考えもしなかった、というように。

 だが、その可能性はあった。初めて抱かれてから、恐らく二カ月以上は経っていたのだから。それに、月のものも無かった。普段必要以上に鍛えているだけあって、元々月のものは不安定だった。だから、唯遅れているだけだと思っていたのだが……。


 このお腹に、赤ちゃんが?


 思わず、自分の腹に手を当てるティア。ここに新しい命が宿っているのかと。

 そして湧き上がる、更なる欲求。そう、やっぱりコルノへ帰りたいと。ルータでなく、コルノに。そして、もし妊娠しているのだとしたら、そこでこの子を産み、育てたい。

 それは、確固たる思い。それに、ティアは胸の内に温かな気持ちが広がってゆくのを感じると、その女性へと向かってにっこりと微笑んだ。


「もしそうなら、この上なく嬉しいことです」


 そして、夫妻へと向かって深々とお辞儀をすると、再び馬に乗り、ティアはコルノの方へと向かって駆けていった。

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