第八章 決戦(2)
そうして入った森の中。茂る木に小回りの利かない馬は不利だったが、あえてそれを承知でヴィート達はそこに入ってゆく。立ちふさがる巨木を避けながら、全力ではないスピードで、奥へ奥へとヴィート達は入ってゆく。するとやがて、とうとうヴィート達は敵の騎馬隊に追いつかれた。いや、わざと追いつかれるようにしたのだ。
その時、ヴィートの周りには数十人のコルノ騎兵がいた。ヴィートはそんな彼らを見遣り、馬首を巡らすと、敵、七カ国同盟軍へと向き合っていった。勿論、勇敢にもコルノ兵達はそれに従ってゆき、
「行くぞ。そりゃー!!!」
ヴィートの掛け声と共に、皆で敵へと向かって襲いかかっていった。そしてその兵の中には、ティアの姿もあった。ティアとヴィートとエンツォとその他の者達。皆、力のある者達ばかりだった。そんな、少数だが精鋭のコルノ兵達は、コルノのプライドを持って、勇ましくも七カ国同盟軍へと向かって戦っていったのだった。
飛び散る血飛沫、響く断末魔の声。
敵は殲滅すべしと、切って切って切りまくってゆくコルノ兵達。
そう、少人数だったが、彼らはかなりといっていい程健闘していったのだった。本当に、これが劣勢の軍かと思う程。だが、いかんせん人数が人数だった。戦いながら、少しずつコルノ兵達は人数を減らしてゆく。
そして、
「!」
ヴィートの隙を突き、彼に向かって七カ国同盟兵士の剣が振り上げられる。すると、それを防ごうと咄嗟に一人の兵士が前に出て、
「グハッ!」
辺りに響く断末魔の声。そう、その者が盾になって、敵の剣の餌食になってしまったのだ。
それで一気に頭に血が上ってしまうヴィート。悲しみに、鬼神のごとく剣を振り回し、ヴィートは暴れに暴れてゆく。それは、相手にとって恐ろしいほどの反撃であった。他のコルノ兵達もそれで奮起し、更に勢いを増して剣を振るっていった。そう、七カ国同盟軍兵士など、全く相手にならない程に。そうして、ヴィートの、皆の働きがあり、何とかコルノ兵達はこの一団を殲滅していったのだった。
上がる息。それを抑えながら、昂った心を何とか落ち着けようとする兵達。だが……。そう、まだ終わった訳ではないのだった。またすぐに次の一団が来るだろう。それはもっと大きな一団かもしれない。もっと力のある一団かもしれない。更に数少なくなったこのコルノ軍では、もしかしたら、対処できない一団かも……。すると、
「陛下、ここは我らが抑えます。陛下は逃れ、お命を大切になさいますよう!」
参謀のエンツォが真摯にそう声を掛けてくる。そう、臣下として、友として、ヴィートが大事と思う心も露わに。だが、それはヴィートにとって冗談じゃないことだった。
「馬鹿が、俺一人だけ逃げる訳に行くかってんだ。全力を尽くして、最後まで戦う」
死すらも覚悟する、ヴィートだった。それが当然だと思う、彼だった。それに、思わずため息をつくエンツォ。その、コルノ軍にとって喜ばしいとは言えない言葉に、エンツォはつくづくといったようため息をつくと、
「そう言うと思ってましたよ。ですが、陛下はわが軍にとっての大事な要。陛下さえ生き残っていれば、わが軍はいつでも再生できます。その為にも命を粗末にしてはいけないのです!」
必死のエンツォの説得だった。だが、それにもヴィートは首を縦には振らなかった。戦う気満々で辺りを見回し、あっさり彼の言葉を無視してしまう。そして、敵の気配がないとみると、代わりにとでもいうよう、ティアの方を振り返り、
「お前は逃げろ。ここから去れ」
不意のその言葉にティアは驚く。そう、自分もコルノ軍と共に、最後まで戦いたいと思っていたから。そして、ヴィートはそれを許してくれると思っていたから。それを拒否されて、思わずティアは、
「嫌だ!」
それに、ヴィートはムッとしたような顔をする。
「ふん、最後まで奴は女連れだったと、アレジャン側にいわれたいのか?」
それは嫌だろ、そう言いたげなヴィートの口調だった。確かに、そうだった。自分が彼の恥となるような事は避けたいティアだった。見透かされたその心に、ティアは何も言えなくなると、思わず口籠って、
「それは……」
するとその時、
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
新たな敵の一団だろう、森の遠くから不気味な雄叫びが聞こえてくる。
それは、先程のような小軍団ではない、大軍団のようにも感じられる雄叫びだった。その雄叫びを聞いて、瞬時にヴィートの顔が険しくなる。そう、もう時間がない。
「早く、行くんだ!」
厳しくそう突き放すヴィート。
それにティアは目を潤ませる。きっと、彼はこんな言葉、言わないで済むなら言いたくなかっただろうことを察して。これは、苦肉ともいえる彼の判断だろうことを察して。それをあえて口に出した彼。堪らない思いがティアの胸にこみ上がる。そして、分かった。あの夕暮れ、彼の腕の中で、何かが違うと感じたその理由を。やっぱり自分は、彼を愛していたのだ。ずっと否定していたけど、いつの間にか彼を愛していたのだ。敵という壁が、心の目を曇らせていたが、この最後を前にして、ようやく靄が晴れていったのだった。
胸を覆う切ない心。それを感じて、ティアは悲しくなる。そう、気が付いたのが別れの時だなんて、と。だが、気が付けただけでもきっと幸せなのだ。そう言い聞かせ、ティアはヴィートに向かって、ニコリと微笑みを浮かべてゆく。そして、
「どうやら、私はあなたを好きになっていたようです!」
もしかしたらこれが最後になるかもしれない。ならば、黙っていて後で後悔したくない、手遅れになりたくない、その一心でティアは思い切って彼に告白してゆく。だが、それはヴィートにとって余りに唐突なことなのであった。そう、そんな言葉がティアの口から出るとは思ってもみなく……。驚いたよう目を丸くし、ひたすら呆然とするヴィート。だが、しばしの時の後、ヴィートはふと我に返ったようになると、その言葉を噛みしめるかのよう、しかとした笑みを口元に浮かばせていった。その思い受け止めたとでもいうよう、コクリ頷いて、しかとした笑みを口元に浮かばせていった。満足だった。それで満足だった。その姿をティアはこれでもかと眼に焼き付けてゆくと、後ろ髪引かれる思いで身を翻し、その場から去っていった。
★ ★ ★
ヴィート、ヴィート、ヴィート!
ずっと堪えていた気持ち、ヴィートの前では堪えていた気持ち、彼から背を向け、それから解放されると、途端にティアは涙をあふれさせていった。泣いて、泣いて、泣き崩れながら、ティアは馬で森の中を駆け抜けていった。
そう、どう考えても、ヴィートの先には死、しかなかったのだから。
そんな彼をおいて自分だけ生き残るなんて、卑怯ではないかとティアは思った。そんな理不尽なことを命令するヴィートを、恨めしくさえ思った。
だが、これは彼の思いなのでもあった。
そう、あのままいれば自分も死か、生きたまま捕縛。死んでも地獄、生きてもきっと、売国奴の烙印を押された自分に幸せな未来は待ってないだろう。ならば、逃げて自分なりの幸せを見つけよと、そういうつもりで彼は言ったに違いない。それら全てを見越しての、彼のあの言葉だったに違いない。
ならば、彼の思いを無にせぬ為、彼の希望に沿って生き延びよう、彼の思いやりを人生の糧に生き続けようと、ティアは思った。そう、それがたとえ理不尽でも、卑怯な生き方だとしても。
そして、ティアは北へと馬首を巡らす。そう、北の国、コルノの方へと向かおうと。
「クレメンテ、行くよ」
馬を進めるべく、そう言葉をかけてゆくティア。するとその時、
「おおおおおお!!!!」
不意に、怒涛の雄叫びが聞こえてくる。それに、何か新しい局面があったことを察し、ティアは動きを止める。
何が? 一体何があったの?
不安を胸に、再び馬首を巡らせて、声の方へとゆるゆる向かう。
もしや、もしや……。
嫌な予感がした。そして、その嫌な予感が的中したよう、
「コルノ王を討ったぞ! 我らが勝ったぞ!」
響いてくる七カ国同盟の兵士の声。
それをティアは耳にし、絶望感にとらわれる。そう、とうとう、だった。とうとうやってきたその時に、がっくりと肩を落としてティアはうなだれる。そして、大声で泣き喚いた。
あんな仕打ちを私にしておいて、あなたはさっさと逝ってしまうの! 恨みと愛情を残して! それなら、私が殺してやりたかった! いえ、殺せばよかったのよ!
そうよ、そうよ、そうよ!
そう胸でティアは喚きながら、
「あああああああああー!!!!」
堪え切れない思いを、悲痛な泣き声で表していった。




