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第七章 思わぬ出来事(3)

 そうしてヴィートはティアを連れず、一人でルフィノが待っている自分の天幕へと向かっていった。不機嫌丸出しで、天幕の入り口を開けるヴィート。取り敢えず頭だけ中に入れると、そこにはルフィノらしき青年の他に、数名のコルノの重臣達が椅子に座っていた。そこで流れるのは、どこか険悪な雰囲気。気まずい空気の中で、敵同士、お互いバチバチと熱い視線をぶつけ合っていた。その中で、知らぬ者はルフィノらしき青年だけ、後はコルノの重臣達だったので、どうやら七カ国同盟の使者は彼一人らしいことが窺えた。

 そう、大体予想していた構図だった。今の状況を考えれば、それも仕方のない構図だった。成程ね、とそれに納得すると、ヴィートは一気に天幕の入り口を大きく開け、大股で一歩その中へと踏み出していった。


 ザッ!


 すると、放たれたその物音に、後ろを振り返るルフィノらしき青年。それをいい機会にと、青年の顔をヴィートはまじまじと見る。印象は、優男だな、といった所だった。そして思う、これがティアの愛した人……と。 


「コルノ王、初めまして、ですね。ルフィノ・エルベルト・デ・スニガと申します」


 そんなヴィートの心も知らず、彼の姿を目に入れたルフィノ、悠然と席から立ち、早速自己紹介をしてゆく。

 それにヴィートはコクリと頷き、


「ヴィート・ディ・サラバルータだ。で、要件は? どうせ、兵を引けとか、そういうことだろうが」


 その言葉に、ルフィノは皮肉げに口元を歪め、意味ありげな笑みを漏らしてゆく。そして席に着き、真っ直ぐな眼差しで目の前に座ったヴィートを見据えてゆくと、


「ええ、その通りです」


 そして、居住まいを正し、


「ならば、率直に申し上げましょう。七カ国は、サロとドゥルススを我らに譲渡し、ルータを返還することを望んでいます。そして、大人しくコルノに帰ることを。そうすれば、わが軍は兵を引きましょう」


 ヴィートは眉を顰める。


「ただ兵を引くだけではないのか? サロとドゥルススを譲渡、か?」


「はい」


 はっきりと、揺らぎなく、ルフィノはそう言ってくる。そう、それは高慢。優位に立っているという自信からか、ルフィノの態度は高慢だった。明らかに、彼らを下に見ている態度だった。だが勿論、そんな条件ヴィートが受け入れる訳もない。


「ふざけんな。俺は戦うぞ! 最後の一人になっても戦うぞ!」


 だが、激するそんなヴィートを前にしても、ルフィノは冷静だった。やはり、こちらの優位を確信していたからかもしれない。ゆっくりと口を開いて、


「主導権を握るべきはどちらか、はた目から見ても明らかでしょう。賢くあるならば、この条件は飲むべきだと思いますが? コルノ王」


 ヴィートは拳を握った。そう、何も反論できなかったからである。

 緊迫した空気が二人の間に流れる。中々に長い、剣呑な空気だ。だが、いつまでもそれでは益のないことと思ったのか、時を区切るようため息をルフィノは一つ吐くと、まず先にその空気を破る。そして、


「そんなことしていても、無駄ですね。ならば……」


 といって、ルフィノは少し間を開ける。


「私事で恐縮なのですが、もう一つ、あなたに頼みたいことがあります」


「頼み?」


「はい。あなた方に囚われている私の婚約者、ティアをお返し願いたいのです」


 来たか、と、思わず口元に笑みがこぼれるヴィート。さて、何て言おうかと考えていると、ふと目をやった天幕の入り口、そこに、きっといてもたってもいられなかったのだろう、ティアの姿がチラリと見えた。それは、ルフィノからは背後になる、彼には見えないだろう場所だった。そう、それを見越してのこの位置取りだとヴィートはみた。ヴィートはそんなティアを意識しながら、


「ティアはお前とは会いたくないと言っている」


 それに、眉をひそめるルフィノ。


「それは……彼女自身に聞いたのですか?」 


 コクリとヴィートは頷く。

 それを見て、信じられないような顔をするルフィノ。そして、やがてガタガタと体を震わせ、「ありえない……」と、ルフィノは呟く。


「ありえません! あなたがそう勝手に言っているのでは? でなければ!」


「でなければ?」


「あなたに、手籠めにされたことを、彼女が後ろめたく思っているとしか……」


 なるほどね、と、何度か納得したようにルフィノは首を頷かせる。そして、


「それもあるって、彼女は言ってたなぁ」


「何を馬鹿なことを。そのようなこと、気にする男と思っているのですか?」


「俺もそう思うんだが、彼女はどうしても気になるらしい。どうしてなのか、それは俺にもわかんねぇけどな」


 国と国との交渉では冷静だったルフィノ。だが、ティアの事となると別らしかった。キリリと唇を噛みしめ、拳を握り……。


「ティアは、ティアはどこですか? 会います。会って話さなければ!」


 我を忘れたようにそう言って、その場から立ち上がる。そして、勢いよく天幕から出ていって、


「ティア! ティア!」


 と叫ぶ。すると、天幕から出てふと振り返った先、そう、その入り口に、張り付くようにして逃げ損ねたティアを見つけた。狂喜するルフィノ。だが、ティアの顔は対照的に暗かった。それは、まさか天幕からルフィノが飛び出してくるとは思ってもいなかったから。そう、会わないつもりでここでこうしていたのだから。だが、こうなってしまった今、せめて見えないようにとしたのだろう、顔をうつむけてそこに立ちすくむ彼女の姿があり……。


「ティア! こんなところに……。さぁ、僕といこう。そして、ルータを再建するんだ!」


 ティアに近寄り、勢いよくそう言うルフィノ。すると、そのルフィノの言葉に、ティアは動揺する。思わず、


「ルータを……」


 という言葉が零れる。

 そう、ルータ王家の血を引いた者で、現在残っているのはティア一人なのだった。この戦に勝てば、ルータは返還される。ティアは返還されたルータの女王となり、彼女の統治の下、ルータ国は復活するのだ。

 以前描いた夢、叶わないと思った夢、ティアの心は揺れに揺れた。だが、


「駄目よ……皆に合わせる顔がないわ……」


 相変わらずの言葉。

 だが、ルフィノにとって、これは単なる駄々にしか聞こえなかった。こんなに言っても分かって貰えないことに、何故、どうしてという気持ちにルフィノはなっていた。そう、理解できないティアの言動に、思わずルフィノは苛立って、


「何を言ってるんだ! 国の再建がかかってるんだ。そんなこと気にするな。僕は気にしない」


「気にしない?」


「ああ、君を心から愛してる。君も分かるだろ。だから気にしない」


 その言葉に、ティアは何故か悲しい気持ちになった。いや、空しいと言った方がいいだろうか。


「愛してるからこそ、気にするんじゃないの? 今は国を再興しなければならないから、そう思うだけでは?」


 違う、違うと首を横に振るルフィノ。


「違う! 何故、そんなこと思うの? そういう君こそ僕の事愛しているの? 彼の妻になって、心が変わって……」


 そこまで言って、ルフィノはハッと言葉を止めた。言ってしまった言葉が、思っていても言ってはいけない言葉だということに気付いたからだ。だが、遅かった。目の前には、困ったような顔をして目に涙を浮かべるティアの姿がある。それで分かってしまった。そう、彼女は、迷っている、と。

 ため息をつくルフィノ。


「ティア、とにかく聞いて。君がどんな気持ちでいようとも、僕は君を生かしたい。それには……」


「それには?」


 どこか、その先を言い辛そうにしているルフィノであった。それは本当に困っているようで、そんな彼を前に、ティアは思わず首を横に傾げる。しばし続く沈黙。すると、やがてルフィノは意を決したように、


「今、こちらに来ることなんだ。今来れば、悲劇の姫君として皆に迎えられる。だが、このままコルノに加担し、破れてからこちらに来れば、売国奴の烙印を押されてしまう。もしかしたら、生かしてももらえないかもしれない。今なんだ、来るのは」


 まるで、コルノが敗れることを仮定しての言葉だった。そして、今来てほしい理由というのが……。余りに非情とルフィノも思ったのだろう、それ故言葉に詰まったらしいことをティアは感じる。相変わらずの優しさ。その優しさを感じて、ティアは思わずニコリと微笑む。そして、どう言葉を紡ごうかと悩んでいると、


「ちょっと待ってもらおうか」


 どうやら、ルフィノの後を追って外に出てきていたらしい、今まさに何かを口にしかけたティアを遮って、ヴィートがそう言ってくる。それは厳しい眼差しで、今のこの状況を快く思っていない様子だった。そして、


「俺は、会うことを勧めはしたけど、戻ることを勧めてはいない。お前にも、返すことを許可していない」


 眉をひそめるルフィノ。


「では……」


「戻ることは許さない、今は」


 彼女を連れ出す、その決意でいたルフィノにとって、それは受け入れがたい言葉だった。そんな、思わぬヴィートの申し出に、ルフィノの顔は一気に怒りの色に変わってゆく。だが、ここはコルノ陣地内、分はルフィノの方が悪かった。そうでなくとも、今自分は降伏を促す為の使者でしかなかったのだから。ならば、取り敢えずは引こうと、何とかその怒りを抑えながら、


「では、諸々の事はこの後決めていただくとしましょう。期限は明日の三時課まで。それまでに返事がなければ、この交渉は決裂したとみて、進軍します。どうぞ、それまでに熟考を」


 そう言葉を残し、どこか切ないような眼差しをチラリティアに向けると、ルフィノはその場から身を翻して去っていった。

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