第七章 思わぬ出来事(2)
そうしてその翌日から、また会議に明け暮れる日々が続いていった。全く、あんな暗殺事件があったから、余計に皆慎重になっていってしまって……。アレジャンの申し出に裏があるのではとか、ノアン伯の来訪は彼を支持する派閥の中だけの意見で、中枢はやはりあの皇帝のいった条件のつもりでいるのではないかとか、ノアン伯の申し出自体が実は偽りだったのではないかとか色々……。暗殺事件がアレジャン中枢とかかわりがあるのなら尚更のことで、会議は紛糾し、中々前に進まないのであった。
だがしかし、一体何故アレジャンはこんな行動を取ってくるのだろうか。その理由が皆目見当つかなかった。そして思う、すべては刺客達の証言待ちか、と。それでもしかしたら謎が少しは解けるかもしれない、と。少なくとも、この会議の場にいる皆はそう思った。そう、唯一残った、それが最後の希望……と。だが、そんな矢先、最悪の報告がヴィートの下にもたらされる。それは、
「すみません、刺客たちが殺されました」
尋問を任せていた兵士から、そんな報告が上がってきたのだ。
唖然とするヴィート達。
そう、尋問しても中々、証言してこなかった刺客達。だが、連日の激しい尋問に、流石に彼らも精神的に追い詰められてきたのか、もうあと一歩で口を割りそうな雰囲気になっていたのだ。尋問官たちの手応えから、そう感じていた所だったのだ。だが、どうやらネズミはまだ潜んでいたらしく、その者によって、とうとう彼らは最後には殺されてしまった。そう、ねずみが誰か分からないまま、ティア暗殺の目的も語らないままに。
ヴィートは呆然として、その情報を持って来た者に問う。
「全員か?」と。するとそれに兵士は、
「はい、全員です」
頭を抱えるヴィート。これで、アレジャンの情勢が全く分からなくなってしまったのだから。この先への決断の手がかりも失ってしまったのだから。そして、またこれからもこんなことがあるかもしれない恐れを抱えることになり……。
すると、その日から何日も経たないうち、最低最悪の事態が生じることになる。そう、ごちゃごちゃ話し合ってなんかおらず、さっさと行動に移しておけば良かったと、そう思う最悪の出来事が。それは、
「ビオットが、ビオットが落ちました!」
ビオットに駐屯していたコルノ兵士達だろう、そう叫びながら、彼らが陣屋へと駆け込んできたのだった。戦いのせいか、皆やつれ、疲れも露わになっている。そして、そこから発せられたその内容が……。
そう、ビオットはコルノ軍が補給基地として使用していた都市だった。コルノにとって、なくてはならない都市。非常に重要で重大な都市。その都市が落ちたというのだ。
誰に? という思いが皆の胸に過っていった。そう、背後を突然襲われて。
「どこのどいつだ。そんなことをすんのは!」
激してヴィートは兵士に詰め寄る。すると、兵士は、
「どうやら、属国七カ国が、同盟を結んだようです。その数約三十五万」
信じられないことだった。ありえないことだった。そんな情報、全く入ってきていなかったのだから。それが突然……。唖然とするヴィート。思わず、
「あの……あの七カ国が同盟を結んだだと?」
そう、アレジャン侵攻を決めた時、属国をどうするかは何度も会議を重ねていたことだった。その議論の中に、七カ国同盟の事が上がらなかった訳ではない。だが、一カ国一カ国全部国を叩いて行って、下手に兵を消耗するなら、国境を接するルータだけを叩いて、アレジャンに侵攻した方が、国力的に考えても楽だと思ったのである。
第一、七カ国はアレジャンに忠誠を誓っているとはいえ、七カ国それぞれが仲がいいとは言い切れなかったのだ。全部が同盟を組むことなどありえないという結論だったのだ。
「これは……」
そう、ここにいる誰もが思った。今までのアレジャン側の粘りや色々なちょっかいは、時間稼ぎのための茶番でしかなかったに違いないと。あの包囲網の穴を抜けて、お互いこっそり連絡を取り合い、裏で示し合わせていたに違いない、と。もしかしたらあの暗殺の件だって……。
「戦うぞ」
決意も露わにして、ヴィートはそう言う。だが、臣下達は悲観的だった。
「人数が違いすぎます」、と。
「人数がなんだ、わが兵は平和ボケのあやつらよりもよっぽど優秀だ! 数で勝っていたアレジャンにも勝っている!」
「ですが、七カ国同盟軍三十五万に対し、わが兵は約二十万。そのうち五万はアレジャン兵。彼らはほとんど役に立たないでしょう。あちらに寝返る可能性が……。それに、属国七カ国は、我ら蛮族達との戦いで戦にはある程度慣れております。アレジャンと一緒にしてはいけません!」
唇を噛みしめるヴィート。やっぱり、八カ国全部叩いてからアレジャンに来るべきだったと。それ故の形勢逆転。だが、悔やんでももう遅い、後は自分の兵を信じるのみと、そう思っていた矢先、
「陛下! 七カ国同盟から、使者がやってきました!」
「なんだと」
眉をひそめるヴィート。すると、その兵は、
「使者は一兵卒ではありません。元ルータの……ルフィノ・エルベルト・デ・スニガです……」
ヴィートは瞠目した。そう、その名前を聞いて。その者が、ティアの元婚約者、ルフィノと聞いて……。
「生きていたのか……」
呆然とするヴィートに、兵は恐縮したように頭を下げる。
「はい。どうやら彼は生き残り、密かに属国を巡り歩いて七カ国同盟を成し遂げたようです。これは、彼の功績だったようです」
この同盟は、宗主国の危機に、仕方なく皆が一致団結してなしえたことだとヴィートは思っていた。だが、違うらしい。彼、ルフィノの奔走があったからだと……。
「くそ……」
敵だけに憎々しいと、ヴィートはそう吐き捨てる。そして、これをどうティアに伝えたらいいのかと、ヴィートは悩んだ。きっと、彼女はまだ彼を愛しているだろう。これを伝えれば……。
皮肉げな笑みが彼の口から漏れた。
「自業自得か?」
★ ★ ★
それから重い気持ちを抱えたまま、ヴィートはティアのいる彼女の天幕へと向かった。そう、ほのかな明かりだけが灯る、薄暗い天幕の中へと。すると、そこでティアは、苦手だった筈の刺繍と格闘していた。全く、悪戦苦闘といっていいものだったが、取り敢えず、どうにかこうにか。そして、その刺繍をしていたモノというのが……。
「裾に、コルノの文様を入れたら素敵かと思って、刺繍してみたの。ちょっと、ガタガタだけど……」
天幕の中にヴィートが入ってきたことに気付き、縫う手を止め、彼へと顔を向けてティアはそう言ってくる。
そんな彼女の手の中にはヴィートの服が。
思わず口元に笑みが浮かびそうになるヴィート。それを堪えて今一度ティアに目を遣れば、彼女の口元にも穏やかな笑みが浮かんでいる。最近漸くそうやって心許した笑顔を見せるようになった彼女だった。少しは自分を受け入れてくれたかと。それを……。失うかもしれない恐れに、ヴィートは笑顔を殺して、
「ルフィノが来てるぞ」
突然の言葉に、理解ができないと、小首を傾げるティア。すると、
「アレジャン属国の、七カ国同盟がなった。奴が国々を回って説得していったらしい。そう、あの七カ国をまとめ上げたらしい」
まだ、ティアは呆然としている。そしてぽつりと、
「ルフィノが……生きてたの?」
頷くヴィート。
「今、奴は七カ国の使者としてここにきている。お前は会えるぞ、奴に」
言葉を漸く理解したというよう、驚きの表情を見せるティア。そしてしばしして、ほろり、ティアの目から涙が零れる。恐らく、嬉しいのだろう、そう、愛しい人が生きていたのだから。そしてそれだけでない、更にその人に、今会えるというのだから。だが……。
「私は会えません。その資格がありません」
予想に違い、ティアの口調は固かった。表情は暗く、顔もうつむけている。そう、こんな状態になって、合わせる顔などないではないか、と。すると、
「それは、俺の女になったからか?」
そんなティアの心を察したように、ヴィートがそう言葉をかけてくる。
おずおずと頷くティア。
「そんなことを気にするような小さな男なのか、奴は。そうか、そうでないか確かめる為にも、会うべきじゃないのか?」
ティアは分からなかった。勿論ルフィノの事は愛している。だが、このヴィートに対する気持ちが分からなかったのである。そう、ヴィートとはずっと一緒だった。その間、色々あった。色々ありすぎた程だった。固定観念を覆されるような出来事、思い。それを経るうち、何故かティアは彼を憎めなくなってきていて……。父の、母の敵、そう思っても憎めなく……。彼自身というものを知ってしまったからかもしれない。長くいて、情が湧いてしまったのかもしれない。
ただ、それが愛なのかどうなのかは分からなくて……。
「今は、会わない方が、いいと思います……」
蚊が鳴くような声だった。会って、正常でいられるか、ティア自身自信がなかったのである。どうしたらいいのかわからない状態。それならば、今は会わないでいた方がいい、そう感じたのだ。
それにヴィートは、納得したようにコクリと頷き、
「分かった」




