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第七章 思わぬ出来事(1)

 そして、結論がなかなか出ず、休戦協定がなされたまま、うだうだと時が過ぎていった。 

 そんなある日、そうそれは、いつ何があるかと、気を張り詰めながらも、表面的には平和な時が過ぎゆく静かな夜の事だった。その日もティアはヴィートに求められていて、彼の天幕の褥で二人眠っていた。するとその時、こそりと天幕の入り口が何者かによって開けられる。そう、誰にも知られぬよう、本当に静かに。そしてその者……否、その者等だったが……は、入り口を開けた時のように、何か隠し事でもするよう、ひっそりと音も立てず中に入ってくると、差し足、抜き足、忍び足、まっすぐ二人の眠る場所までやってきた。そして……。

 彼らの視線の下には、安らかに眠るティアとヴィートの姿がある。

 それを見つめながら、その中の一人が大きく腕を上げ、握っていた剣らしきものを振り上げた。勢いをつけて、それはとあるもの目掛けておろされてゆく。すると、


「!」


 気配に気付いたティア、咄嗟にその場からくるりと転がり、場所を移動する。すると、ついさっきまでティアがいた場所、そこにズン、と剣が刺さってゆく。


 刺客? 


 そう思いながら、手近に何か武器になる物はないかとティアは辺りを弄る。だが、相手はそんな暇を与えない、再び剣を構え、


「!」


 素早い動きで襲ってくる。それをかわしながらティアは咄嗟に思う。


 私……狙われている?

 

 次から次へと繰り出される攻撃をかわしながら、何とか反撃の機会をうかがうティア。

 だが、武器のないままでの今の状態は不利だった。その気持ちから少し焦り気味に部屋を物色してゆくと、指先が何か棒のようなものに触れた。それを握ってみると、どうやら火掻き棒のようだった。これはいいと、ティアは攻撃の構えをし、入ってきた刺客へと振り回してゆく。


「ぐえっ!」


 まず一人、倒す。そう、腹へと火掻き棒をお見舞いしてやり、その一人を倒す。

 そしてその隙を見て、何人刺客がいるかティアは数える。勿論、辺りは闇。だが、一応ほのかに明かりはともっていたので、それを頼りに。すると、


 一人、二人、三人、で、この倒れている者も入れて、四人か……。


 だが、そうしている間にも、敵はティアを襲ってくる。勿論隙などみせないティア、火掻き棒を振り回して、一人、もう一人と倒してゆく。そして、あと一人となった時、


 カン!


 その者から剣が振り下ろされ、慌ててティアは火掻き棒でそれを受ける。ぎりぎりと音がしそうな程の圧迫を受けるティア。どうやら相手は、そのまま力技で押し切ろうとしているらしい、ティアは何とかそれに堪えると、自らも力技で、思いっきり向こう側へとその剣を押し返してゆく。何とかそれに成功するティア。そして次は反撃! と思うティアだったが、敵はすぐに体勢を整え、


「!」


 真一文字に剣を振るってくる。息もつかせぬ速さで、敵はティアに向かって襲いかかってくる。慌てて避けるティア。そう、それは一瞬の差だった。一瞬の差で何とか座り込み、叩き切ってこようとしてくる剣を避けて、ティアは難を逃れる。思わず、


 強い……。


 そして、またも間髪入れず、剣が襲ってくる。流石に、それにはティアも反応できず、


 やられる!


 覚悟を決めた時だった。その時、


「うっ……」


 刺客が体をくの字に曲げ、苦しげな声を上げる。そして、時が止まったかのよう体を硬直させると、ずるずるとその場に崩れ落ちてゆき……。

 ヴィートだった。ヴィートが背後から、その者の背に剣を刺したのだった。ゾッとするような非情な眼差しで、ヴィートは背に刺さった剣を抜き去ると、血を払って剣を置き、ティアにローブを着せていった。


「そんな暇なかったことは分かってっけど、ローブ位羽織れよ」


 素っ裸で火掻き棒片手に立っていたティアにそう声を掛けてゆく。すると、今更ながらそれに気づくティア。頬を赤らめ、慌てて前を合わせ、渡された腰ひもでそこを結わえてゆく。そして、ふとヴィートの方を見ると、その彼は既にローブを羽織っていて、


「そう言うあなたは、ローブを羽織る暇があったようね」


 それにヴィートは笑い、


「俺の手は必要なさそうだったからな」


 この状況で、どうやら起きて見物していたらしい、あまりに能天気ともいえる言葉をヴィートは放ってゆくと、何の躊躇いもなく気を失った刺客の頭をちょいちょいと足で蹴りつけてゆく。そう、この状況でこの余裕、全くこの人は……と、思わずティアは呆れていると、


「しっかし、見張りはどうしたんだ、見張りは」 


 ヴィートが辺りを見回しながらそう叫ぶ。それに眉を顰めるティア。そして、もしやという思いに、隅から明かりを持ってくると、一人、一人と刺客の顔を確かめてゆく。すると、


「どうやら、見張りが刺客だったみたいよ」


 やはり……というティアの思いだった。勿論ヴィートも確認すべく、彼女の脇にやってきて、その者の顔を覗き込んでゆく。まじまじとその者の顔を見つめるヴィート。やがて、


「なるほどね」


 見覚えのある顔を確認し、そう呟く。

 そうしてその頃、ようやく騒ぎに気付いたのか、兵士達がわらわらと天幕の外にやってくる。外、で中に入ってこないのは、もし何もなかった場合、二人の邪魔になってしまうことを懸念したのだろう、そこから心配げに、


「大きな物音がしました、どうかなされましたか?」


「刺客だ。刺客が放たれた」


 驚きの声が外から聞こえてくる。急いで中に入ってくる兵士達。まさかと思いつつ、辺りの様子を見ればこんなだったので、皆唖然として言葉を失う。だがそれにしても、いとも簡単になされた敵の侵入、何故……という気持ちに一同はなっていると、


「見張りが刺客。で、中に手招いた、と。狙いは、私のようよ」


 一時手を止めて、ティアは彼らにそう言ってゆく。そしてまたすぐに、残った者達の顔を確認してゆくティア。そう、もう残り少なくなった刺客の顔を。すると、


「!」


 とある者の前まで来て、ティアは驚きの顔をする。その者、ヴィートに刺された者。そして、その者とは……。


「どうした?」


 不意に様子を変えたティアに、ヴィートは訝しげな表情をしてそう問う。


「この人、確かビオットからついてきた……」


 その言葉に、ヴィートもティアの傍に来てその者の顔を見る。それは、黒髪の、整った顔立ちの美しい女性。そう、男性なら震い付きたくなるような……。見覚えがあった。確かに、あの女性だった。ビオットからついてきた女郎の……。


「もしかしたらこやつら……」


 するとその時、


「コルノ王の妻は、アレジャンの者こそふさわしい!」


 火掻き棒でやられていた者の一人が目を覚ましたようで、そう大声で叫んでゆく。それに、やってきた兵士達は「黙れ!」と怒鳴ると、その者の背をドカリと蹴っていった。そして、生き残った刺客達を縄で拘束してゆく。

 それを見ながら、ヴィートは、


「アレジャン派の者らしいな……」


 ポツリと呟く。それにティアは疑問な顔をして、


「アレジャン派?」


「ああ、アレジャンに忠誠し、妻をアレジャンから貰うことを望む一派だ。つまり、コルノがルータのような国に……アレジャンが提示してきたような国になる事。それを望んでいる」


 意外だった。そんな複雑な事情などない、単純な国なのかと思っていたから。なので、この国にも派閥なんてものがあると知って、思わずティアは「へぇ」と、感心したような声を漏らす。そして、コクリと頷き、


「この国も、一枚岩じゃないのね」


「お前との結婚には反対する者も多数いたからな。まぁ、反対されても俺は引かないが」


 皆に望まれて今がある訳ではない、かつて言われた言葉をしみじみと実感し、噛みしめるよう、今一度ティアは大きく頷く。そう、派閥の事、それを今まで知らなかった自分、それはヴィートがそう気遣ってくれたからに違いないと、きっと自分を守ろうとして、周りの口を噤ませてくれたからに違いないと、ティアは思って。そして、それを胸に刻み込みながら、ティアは、


「誰がアレジャン派か分かっているの?」


「大体は。だが、アレジャン派にも穏健派やら過激派やら、派閥が生じてる。恐らく彼らは過激派だろうが、それが誰か、そこまで細かくは俺らも把握していない。だからこそ厄介なんだ」


「あのアレジャンも噛んでいそうだしね」


 そう言って、ビオットからついてきた女郎の死体へとティアは目をやった。


「アレジャンの誰と通じているのか……。中枢と繋がっているとしたら、厄介だな。アレジャン派の理念と、皇帝との会談の時に申し出られたあの条件と似通っている所もあるし……」


「ノアン伯の申し出に、中々答えなかったから、痺れを切らして、ということも?」


 すると、ヴィートはうーんと腕組みして考え込む。


「ノアン伯は関係あるんだろうか? もともと彼はアレジャン派の掲げる理想とは違う条件を提示してきていた。それに、もし、痺れを切らしてというのなら、俺を狙うだろう」


 複雑だった。内容が込み入りすぎて、複雑だった。アレジャン派に近い申し出をしてきている皇帝側の者達、コルノに有利な条件を申し出ているノアン伯、二つ違う申し出が出ている中での、アレジャン派の襲撃。どういう意味があるのか。ティアは頭を悩ませた。そしてその末、こんな意見が出た。


「じゃあ、アレジャンの中枢も分裂していて、派閥に分かれているということも……」


「それもあり得る。だが……」


 はっきりともそう言えず、アレジャンの状況がつかみきれないヴィート、苛立たしい思いをする。そう、今は全て推測ばかりで、確信できることが何もない。となると……。


「奴らから聞き出すしかないか」


 しばしヴィートと共に悩んでいたティア、どれだけ悩んでも、やっぱり彼女にもこの件の真相がさっぱり予測できなかった。ならば、後はこうするしかないだろう。そう、彼らに聞くしか。そして、何かを決意するよう、ティアは不意にキッと口を真一文字に引き結ぶと、「そうね」と言って、兵士達の方へと身を向ける。そして、


「あなた達! あなた達に命令します。黒幕は誰か、どうしてこういう事態に陥ったのか、この者達を締め上げて、吐かせなさい!」


 凛とした声での、兵士達に向かっての命令だった。そう、そうすることが当然だとでもいうように。すると、思わずそれにヴィートは苦笑いを漏らし、


「それは俺の言葉だ。お前、いい国王になるかもな」


 その言葉に、出過ぎた真似をしたかと、思わず頬を染めてゆくティアであった。そして、過る後悔に恥ずかしくなってそのままでいられなくなると、ティアはヴィートからフイと顔を背けていってしまった。

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