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第六章 揺れる心(3)

 やがてやってきた会談の日。その日、コルノ陣内はてんやわんやの大騒ぎだった。そう、コルノ王がアレジャン皇帝と会談する、それは史上初めての事だったのだから。もしかしたらコルノの歴史が変わるかもしれない、その日に何か粗相があってはと、皆忙しく駆けずり回っていった。中でも、一番気を使ったのは会談の場所だろう。位置は、皇都ロスピタレとコルノ軍陣営の中間位。木で台を作り、その上にテーブルと来訪予定の人数分の椅子を置いてゆく。即席故、立派なものは用意できなかったが、一日限りの会談には十分用足りるだろう。そんな会談場所の設営を、ヴィートはきびきびと兵士達に命令し、指揮してゆく。そしてその後、急いで陣へ戻り、付き従ってゆく者達を指名してゆくと、


「とうとうやってきたな。この手にあの国が手に入るかな」


 それに、エンツォは笑いながら、


「さぁ、どうでしょう。アレジャン、二千年の歴史を舐めてはいけないかもしれませんよ」


 冗談めかしたように言う。

 確かに、何があるか分からない。あと少しで手中に収められるかもしれないかの国を、何かが掠め取ってしまうかもしれない可能性は無きにしも非ずなのだ。

 それを感じてヴィートも苦笑しながら、「そうだな」というと、


「しかし、どうもいつもと勝手が違って、落ち着かない」


 アレジャンの服に、だった。そう、先ほど出発の準備と、コルノの服からアレジャンの服に着替えたのだった。それは、金のブローチで留めたマントに裾の長いトゥニカと呼ばれるチュニック。臣下の印の中でも一番上である青色をしたその服をエンツォに示しながら、ヴィートは顔をしかめてゆくと、


「多少は様になっているか?」


 気にしないと思いつつも気になるヴィートだった。他人の目から見てどうなのか、感想を聞こうとエンツォに言葉を求めてくる。すると、それにエンツォはにこやかな顔をして、


「大丈夫ですよ、陛下。まるで陛下じゃないようです」


 決して変ではない、という意味だった。まるでいつものヴィートらしくない程立派だと。そう、それはエンツォなりの、ヴィートへの褒め言葉であった。だが、それにヴィートは、思わずといったよう鼻で笑うと、


「それが、気に食わないんだよ」


 そうして、約束の時間が近づき、ヴィートとその一行は、ティアが手配した馬車へと乗り込んでゆく。ガタゴトとそれに揺られ、会談会場へと向かう一行。やがて見えてきた会談会場に、皆は視線を釘づけにしていると、それはどんどん近づいてきて、その傍で馬車は足を止める。そして、それを確認して、一行は狭い馬車から地へと降り立つと、すぐさま新鮮な空気を胸いっぱいに吸っていった。

 だが、予定はどんどん迫ってくる。そう、そんな緩みも束の間、これから、身も引き締まるような、緊張の時が待っているのだから。そうして何とか心を落ち着け、ヴィートを先頭に一行は会場へと向かって歩いてゆくと、そこには、既にアレジャンの者たちが来ていて、椅子に座って一行を待っていた。

 中へ入った途端、突き刺さってくるアレジャン皇国の者たちの痛い視線。


「陛下より遅れてくるなど、非常識も甚だしい」


「全くです」


「本当に、蛮族が」


 アレジャン語で、こそこそと交わされてゆく不穏な言葉。彼らに隠す気は毛頭無いようで、アレジャン語の分かるヴィートの耳にしっかりそれが入ってきてしまう。

 それに、思わず苦々しい顔になるヴィート。どうやら、ティアがいたら言うだろう、粗相を自分はやらかしてしまったようである。だが、自分の方が遅くなったとはいえ、時間は守っている。悪いことは何一つとしてしていないのだ。なら、それならそれで堂々としていればいいではないかと、ヴィートは思いっきり開き直る。そして思う、これが蛮族の洗礼かと。気にしない、気にしない、自分にそう言い聞かせながらも、密かにムッとして、ヴィートは臣下と共にコルノの席へと向かってゆく。そして、まじまじとアレジャンの者たちの顔を見た。

 後ろに五つ並べられた椅子。そこが付き人である臣下達が座る席だろう、都会人らしく洗練された人物がそれぞれに座り、ぼそぼそと何やらかを話していた。そして、その前に一つ置いてある席。そこには初老の、文人肌っぽい、痩せた男性が座っていた。傀儡と聞いていたアレジャン皇帝、やはり思っていたほどにオーラはない。だが、これが敬うべき、偉大なる皇国の皇帝なのだろう。

 そんな皇帝の顔をヴィートはまじまじと見つめていると、そうする間にも、後ろの、臣下達のひそひそ話は更に進んでゆき……。その話とは……。


「でも、少しは礼儀をわきまえているようですね」


「アレジャンの服を着ている」


「一応馬車でした」


「噂によりますと、妻がルータの姫君だそうですよ」


 そこでクツクツと笑う付き人の者達。


「道理で」


「そうでなければ、ねぇ……」


 そして、一人の臣下が悲しげに顔を歪めると、


「それにしても姫は気の毒ですな」


「無理やりという話ですからな」


 容赦なくヴィートの耳に入ってくるその言葉。それに、礼儀がなってないのはどっちだと、怒鳴りたい気持ちを必死でを抑える。

 だが、これはある程度予想できた態度でもあった。何せ、彼らの態度は、蛮族に接した時の、典型的なアレジャンやその属国そのものであったから。そう、劣勢なのはそちらの方なのに、それも顧みず、こちらを下に見るような態度。

 全く、期待を裏切らない彼らの言動だった。だが、その話しっぷりに流石のヴィートもむくむくと湧き上がってくるむかっ腹を必死で堪えてゆくと、そうしながら、


「では、そちらの言い分を聞こうか」


 すると、それに皇帝陛下は、一つ息をついて、


「そなたの国を、蛮族から我らの朝貢国として昇格しよう。そなたにも正一位の位をあげようぞ。ルータよりも上の、最上位の位じゃ。それで手を打たぬか?」


 呆気にとられるヴィートだった。

 今は、国の存亡がかかっている時なのである。それなのに蛮族から朝貢国へ、とか、正一位とか体面ばかり。そんなことでこちらが満足するとでも思っているのだろうか? 国を渡すか戦うかという話をしている時に、全く頓珍漢な申し出をしてくる彼らに、馬鹿か、とヴィートは胸で思った。そう、この国はそこまで頭がいかれちまったのかと。すると、


「どうかな?」


 それが当然とでもいうよう尋ねてくるアレジャン皇帝。それにヴィートの心はとうとうぶち切れる。


「ふざけんな! 俺はそんなもんが欲しいんじゃねぇ! この国だ。この国の最高権力だ! あんたがそんな阿保なこといって、いつまでも皇帝の椅子に座り続けるなら、実力行使するまでだぞ!」


 勢いよく席を立ち、そう激しく言葉を放って行く。すると、それを聞いたアレジャンの臣下の者達は、


「おお、なんという言葉遣い」


「態度も粗暴な田舎者丸出しじゃ」


「まるで山猿よのう……」


 その通り、その通りとコクリコクリ皆首を頷かせてゆく。


「この話だって、蛮族からしたら、例えようのないほどの名誉だというのに」


「そう。なのになんという失礼な態度」


 相変わらず、汚いモノでも見るかのような反応だった。そう、これで戦の行方が分からなくなってしまうかもしれないというのに。国の行方だって、実はコルノが握っていて、これからどうにでも動かすことができるかもしれないというのに。格、が先で、いまだ自分達が劣勢に立っているという事に思いも至ってないかのような彼らの様子。それに、ヴィートは増々腹立たしさを募らせてゆくと、


「お前らとは話にならんわ! この交渉は決裂だ!」


 堪忍袋の緒が切れたと、その場から翻り、勢いよく会場を去っていった。慌ててその後を追うコルノの臣下達。何とか宥めようとするが、ヴィートの耳には入らない。

 そして、怒りのままヴィートは馬車に乗り込んでゆくと、後を追ってきた臣下と共に、さっさと本陣へと戻っていった。早速入ってゆくのは、ティアの待つ自分の天幕、だが、それでもヴィートの怒りはおさまることはなかった。


「もう二度とこの国の服も着ねぇ! 馬車にも乗らねぇ! 俺は俺のやり方で、コルノのやり方でゆくわ!」


 そう大きく叫ぶヴィート。

 それを見て、ティアは心が痛いような思いになる。ヴィートの様子から察せられる、アレジャンの者らが取っただろう態度を思って。自分もアレジャンの側だった。自分もそうだったから、それがまるで目に浮かぶようで……。

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