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第六章 揺れる心(2)

 そしてその日の夜、自分の天幕にティアを呼びよせていたヴィートは、そこで彼女に迎えられる。だが、迎えられるといっても残念ながら甘さとは無縁だ。それでも満足なヴィートは、ずっと張りつめていた日々に終止符を打つよう、緊張も何もかも振り捨て、具足を脱いでティアに渡してゆく。それはまるで大きな子供のようで、仕方ないようティアは渡された具足を受け取ってゆくと、その着替えを手伝ってやっていった。そしてそうしながら彼女は、


「明後日、皇帝陛下に謁見するそうね」


 どうやら誰かからそのことを聞いていたらしい、そう言ってくる。それにヴィートは頷きながら、


「ああ……知っていたのか」


「ええ、エンツォから」


 ふうん、とヴィートは呟く。彼からではなく、自分から話したかったヴィート、いいところを横取りしやがって、と思って、苦々しい顔をする。すると、


「勿論鎧姿じゃないわよね」


 渡される鎧を指定の場所にしまいながら、それを見て、ティアは言葉を紡ぐ。

 すると、それにヴィートは大きく笑い、


「さすがにそれはないさ。コルノの礼装で行こうと思っている」


 それは、立ち襟で、前で合わせて右側で止める膝丈より少し長い位の上着にブレと言われる脚衣を着けたコルノの民族衣装。王のモノであるから、細かな刺繍なども施されている見るも美しい民族衣装。そう、それでいいと、ヴィートは思っていた。だが、ティアはそれに待ったをかける。


「それも駄目よ。陛下に謁見するには、アレジャンの服を着ないと」


「は? アレジャンの服?」


 思ってもみなかった言葉に、疑問の声を上げるヴィート。まるで、呆気にとられているとでも言っていい顔だった。だが勿論、ティアは冗談を言っている訳でもなんでもなかった。それを示すよう、ティアはコクリ頷いてゆくと、


「そう。皇帝陛下の前では、どんな民族でもアレジャンの服を着ないといけないの。それも、臣下の服装よ。色々決まりがあるの。黄色は陛下の色だから着ては駄目、だとか……」


「面倒くさいな、優勢なのは俺たちだ。俺たちのしきたりで十分だろ。違うか?」


 頭を掻きながら困惑の顔でヴィートはそう答える。確かにその通りだった。無理に相手に合わせるより、自分らしくいた方がいい。有利なのはこちら側なのだし、となれは、やはり着るのは自国の服だろう。そう、主導権を握っているのは自分達なのだ、と。だが、ティアにそれは通用しなかった。大真面目な顔をして、こう厳しく言われてしまう。


「あなたは王でしょ。一介の武人という訳じゃない。蛮族と侮られないためにも、しきたりは守らねば。そうでなくとも、私達はまだ勝った訳ではないのだから。偉大なる皇国の文化には敬意を払わないと」


 あくまで、属国であったティアらしい考え方であった。どちらが優勢であろうと、アレジャンはニテンスソール大陸全土に多大なる影響を与えている大国なのだ。もはや世界の基準ともなっているその国の作法はちゃんと守らねば、という考えらしい。だが、その枠組みから外れている、いわゆる蛮族のヴィートはそれが理解できなかった。


「なんでそこまでアレジャンに媚にゃいけないんだ? 分かっんないなぁ」


 自分の考えが通用しない、そう、王である自分の考えが。それにヴィートは困ったような顔をすると、どうするかと頭を悩ませる。そしてしばしの時の後、取り敢えずティアを、偉大なる皇国を、今だけは立てようと思ったのか、コクリ頷くと、最終的にヴィートは渋々ながら納得してゆくのだった。


「まぁいい。今回はお前の忠告を聞いておこう」


 その言葉に、途端に明るい顔になるティア。


「すぐにビオットに人をやって、服をそろえるわ。あとは……。ああ、そう。いつもみたいに騎馬で行っても駄目。その場所に行くには馬車でなきゃ。そうね、馬車の手配もしないと。それから……」


 少しうきうきしたように、しなければならないことを列挙してゆくティア。それを見ながら、ヴィートは思わず苦笑いを零す。すると、その笑い声を聞いて、ティアは自分がまるで世話女房みたいにかいがいしく世話をしていることに気付き、ばつが悪いように途端に不機嫌な顔になった。


「とりあえず、必要なものは私が取り揃えておくわ」


 気を取り直して、冷静な顔でそう言うと、ビオットに人をやるべく、ティアは天幕から外へと出ていった。

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