第六章 揺れる心(1)
そうして、それからもアレジャン軍との戦いは続いてゆき、ヴィートの予想通り、やはり攻囲戦へと入っていった。立ちそびえる市壁の中に閉じこもるアレジャン軍達。そんな中、コルノ軍がまっさきにやった事は、補給路を断つことだった。そう、ポリニーと同じ、ここは城郭都市であったから、作戦も同じで行こうという事だ。前にも言ったが、城だけなら補給を断ったとしても数カ月は持ってしまう。だが、市民もいるこの皇都なら、補給を断つということは効果的な戦法であるはずなのであった。しかも、今回はビオットという、コルノ軍にとっては補給基地もある。
市壁を包囲し、その中の人々が餓え、困窮するのを待つコルノ軍。自らの補給に問題がない分、ポリニーの時より少し余裕を持って兵糧攻めを行うことができた。だが……その代りといってはなんだが、厄介なことに、流石皇都だけあり造りは堅牢だった。市門や市壁は頑丈で、とてつもない高さ。外壁のみならず内壁もあり、濠もある。濠があるということは跳ね橋もあるということで、落とし格子もついていた。更に濠には水も張られており……。
難題だらけだった。だが、とにかく中に入らねばならなかった。なので、兵糧攻めと並行して、コルノ軍は中に入るべく策を練ってゆく。市壁の作りを見て、持っている情報と照らし合わせ、熟考してゆく。そうして、まず行ったのは濠だった。市壁を囲む濠を何とかせねばならないだろうと、木の枝をロープで束ねた粗朶を作り、濠に落としていった。そうして、濠を埋めてゆくのだ。勿論それだけでは完璧ではない、半分に割った丸太をその上に渡し、道を作る。そこに、作っていった破城鎚や梯子や攻城櫓を使用してゆくのだった。だが、ここからがポリニーとは違っていた。その高さ故、梯子や攻城櫓が届かないのだ。投石機を作って巨石を投げつけていっても、あまりに堅牢な市壁故、中々それを崩す事ができないのであった。
常識はずれすぎる市壁に、芳しい結果がです、苛立たしい思いになるコルノ軍。
立て籠もる兵の数も流石に多く、その為市壁から降ってくる弓矢の雨も大量で、梯子や攻城櫓から侵入しようとする兵士達も次から次へとやられてしまう。そうそれは、後のないアレジャン軍必死のあがき。それにコルノ軍はひたすら耐え、黙々と攻囲戦を展開してゆくしかないのであった。そんな中での彼らの希望は、坑道掘り達が掘っている何本ものトンネル。それに希望を託し、地道に、唯待って待って待ち続けるだけが手なのであった。
それは、国と国との根競べ。
そんな中、ティアはヴィートの要望で、彼の天幕で過ごすことが多くなった。体を求められることもたびたびあり、ティアはヴィートの寵愛を一身に受けていった。
だが、最初に抱かれた時のように、ティアは心の誓いをしかと守ってゆく。そう、彼に何をされても、どんな感覚に陥っても絶対反応しない、と。
そうして、愛していない男に抱かれる屈辱感と嫌悪感に、ひたすら耐えてゆくティア。
とある夜も、ティアはヴィートに抱かれていたが、あの誓いは絶対と、声も何も出してゆかない彼女なのであった。そして、そんなティアを前に、思わずヴィートはこう言ってしまう。それは、
「なんか、人形を抱いているような気分だな」
どんな反応もしない、石のようになる、それを誓いとしているのならば、その言葉、そう、人形と思わせることができたのなら、ティアの作戦は成功といえそうだった。ついでにそのまま物足りなさを感じて、他の人に気を移してくれれば尚いいのだが……。
とにかく、体は与えても心は渡さない。それは、せめてものルフィノへの贖罪だった。その思いを込めて、
「私の生涯愛す人はルフィノだけよ。あなたごときに心を渡したりしません」
ティアはヴィートにそう言っていった。
★ ★ ★
そうして、攻囲戦はどのくらい続いたのだろうか。二カ月か、そのもう少し先か。せっかくのトンネルも次々と発見され、残りあと数本となり、見えない先行きにますます苛立ちが募る、そんな時が経った頃、
「門が! 門が開いたぞ!」
皇都の異変に気付いた兵士がそう叫んでくる。何事か? 使者か? と、身を乗り出して様子を見るコルノ軍達。すると、そこから出てきたのは、
「こ、殺さないでくれぇー!」
「どうぞ、情けを!」
鎧も着てない、みすぼらしい服を着た男性女性が、悲痛な声を上げながら、恐る恐る市門から歩いてきたのだった。その歩く姿もどこか及び腰で、そこから見て、どうやら彼らは市民達のようだった。
「兵糧が尽きてきたようですね」
続々と出てくるそれらを見つめて、エンツォがそう言ってくる。それに頷くヴィート。
「市民を切ってきた。そろそろ限界なんだろうな」
そう、彼らは、兵糧確保の為に皇都を追い出された市民達だった。戦の上の非情、勝つ為にはこうせねばならない時もあるのであった。致し方ないことと、その光景を前にヴィートはそう思っていると、兵士の一人がやってきて、
「彼らを、どうしますか?」
指示を得ようと傍らに控える。
悩むヴィート。だが、その間も、続々と市民達は市門の外に出され……否、追いやられていっていて……。更に、出てきてすぐ目の前には敵、しかも蛮族の。殺されるんじゃないかという思いからだろう、皆おののきで顔が引きつっている。それを見つめながら、ヴィートは、
「いい、通してやれ。どこにでも逃がしてやるといい」
それに頭を下げ、「はっ」と、返事をしてゆく兵士。その命を実行すべく、そこから足早に去ってゆく。一瞬抜ける緊張。ヴィートは痛む頭を抑えるよう目頭に手を当てると、思わずといったよう、その口からため息を零してゆく。取り敢えず、一つの問題は片付けた。だが……市民を切ってまで籠城を続けてゆく彼ら、こうなったということは、もうぎりぎりということなのだろうが……。
「攻囲戦に勝ち目はないことは分かっているはずだ。そろそろ音を上げてもいい頃なんだが……」
「相手は中々しぶといですね」
苦々しげな表情をして、ヴィートとエンツォがそんな言葉を交わす。そう、これ以上やっても被害が拡大するだけ、どうしてこんなに粘るのかと、疑問も露わに。
そしてその後も、じりじりとした焦れた時間がコルノ軍の間に過ぎていった。唯々待つだけの時、そんな時に、もう我慢がならないような気持ちにコルノ軍達はなってゆくと、
「アレジャン兵だ! きっと使者だ、使者だぞ!」
皇都、ロスピタレの市門が開かれ、そこから一名のアレジャン兵が出てくる。そして、その者は敵じゃないことを示して何度も大きく手を振ると、一直線にコルノ軍の方に駆けてきたのだ。気付けば市壁からの弓矢も止んでいて、興奮して、コルノ兵達はもしやの気持ちに口々にそう叫んでゆく。
段々と近づいてくるアレジャン兵士。するとその者、何やら大声で叫んでいる様で……。
「我は、アレジャンの使者である! コルノ国王に謁見を!」
それを聞いて、一気に湧くコルノ兵達。すぐに彼を向かえ入れねばと、にわかに辺りが慌ただしくなる。そして、
「おい、これを早く陛下に!」
アレジャンの使者の来訪、これが開城交渉なら重大なこと。その言葉を聞いて、一人の兵が急いでヴィートの下へと走る。肝心な、ヴィートのいる場所を知らなかったので、途中聞きながら、兵士は走って走って走りまくる。
するとその時ヴィートは、エンツォと共に市壁を包囲する中央部隊の後方にいた。
そこに響く、「陛下!」の声。そう、兵士がヴィートを見つけたのだ。思わず「何?」と振り返るヴィート。すると、そこには恭しく跪いて頭を下げる兵士がおり、
「陛下! アレジャンの使者がやって参りました! もしかしたら、開城交渉かもしれません!」
だがそのヴィート、すぐには言っている意味が理解出来ないようであった。少し呆けたようにエンツォと目を見合わせる。そして、
「使者?」
「はい! 使者です」
それで、ようやく実感を持ったらしいヴィート、兵士のその報告に嬉々として、
「そうか! 使者か!」
飛び上がらんばかりに声を張り上げる。その胸の中には、ようやくか? ようやくか? の思いがぐるぐると巡っている。そして、兵士の言葉をヴィートはしかと噛みしめてゆくと、
「その者が陣内に入ってきたら、ここへ呼べ。俺の前へ連れてくるんだ」
それに、「はっ!」と答え、その場を後にする兵士。ヴィートはその者の背を感慨深げに見つめながら、
開城交渉か? とうとうか?
と、沸き立つ期待に胸が震えていた。
そして、やがてアレジャンの鎧を着た、一兵卒らしい若い男が、コルノ兵士によって、ヴィートの下へと連れてこられた。勿論期待するのは開城交渉だ。その申し出が彼の口から出るのを、上々な気分で待つヴィート。すると、アレジャンのその男は、すぐさまヴィートを前にすると膝をつき、慌てて頭を垂れこう叫んでいった。
「皇帝陛下が会談を望んでおります。中立地帯にて、会談することをお願いしたく申し上げます!」
それをヴィートは満足げに見つめる。そして、
「頭を上げろ」
と、威風堂々にそう言う。すると、蛮族という得体のしれない存在のせいか、はたまた慣れない場所のせいか、恐る恐るといったようにその者は頭を上げる。それを面白いようにヴィートは見遣ると、
「開城交渉だな」
「はい」
納得を示してヴィートはコクリと頷く。そしてこれこそが優位に立つものの特権と、ゆっくりと口を開き、
「日時は明後日の九時課から。場所は、アンティーブ平原に、こちらが会場を設営する。付き人は五人まで、武器の所持は禁止、以上、アレジャン皇国皇帝に伝えろ」
開城交渉の詳細を述べていった。
かしこまって頭を下げるアレジャンの使者。そして、そのままヴィートの指示を待っていると、「もういい」という言葉が彼の頭に振ってくる。こうして彼の役目は終了する。その終了を示して、ならばと今一度一礼し、兵士はその場から立ち去ってゆくのだった。
消えゆく使者、そんな彼の後ろ姿を見送りながら、ヴィートは参謀のエンツォと言葉を交わす。
「向こうはどう出てきますでしょうかね?」
「自分たちが劣勢なのは分かってる筈だ、そう無茶な申し出はしてこないだろうよ」
自分たちの優位を確信してのヴィートの言葉だった。だが、それにエンツォは不安を感じているようで、
「そう……だといいですね……」
巨大な国、アレジャン。それだけにどこか得体がしれないと、警戒心も露わにしてそう呟くエンツォだった。




