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第五章 戦いに次ぐ戦い(4)

 天幕の中は、下っ端の兵士によって灯された何本かの蝋燭の明かりによって、ぼんやりとした薄暗闇を作っていた。当然の事ながら、ベッドはない。床に直接敷かれた褥が天幕の端にあり、それが寝床になっていると分かった。

 そこに連れて行かれるティア。そして、そっとヴィートによってその褥の上に横たえられる。そう、ここまでくれば、その後どうなるのか、容易に想像できた。想像できて、思わずティアは震えた。だが、恐れていることを悟られるのにはプライドが許さなかった。震えを堪え、キッとヴィートを睨みつける。


「そんな顔すんなよ。興がそがれる」


 その時、ティアはつくづく思った。やはり、自分は虜囚なのだ、自由はない、もう逃げられないのだ、と。悔しくて涙が零れそうになったが、必死でこらえた。そして誓う、彼に何をされても、絶対反応しない、固くこわばった石になってみせる、と。

 再びヴィートから口づけが落ちてくる。そう、今度は先ほどのように軽いものではない、深いものだ。そして更に、唇はティアの肌を求めて動く。頬、耳たぶ、首筋、胸元へと。

 ティアは必死で耐えた。石になる、石になると言い聞かせ。

 そして、好きでもない人に抱かれるということは、こんなにも嫌悪感を抱かせるものなのかと、ティアはつくづく思い知らされる。キスだって、ルフィノとの甘いモノとは全く違ったモノだった。

 そして呪う。少しでも、彼の安否を気遣った自分を。やっぱり彼は、あの戦でやぶれてればよかったのだ、と。


 ルフィノ、ごめんなさい……。


 過ぎる時に耐えながら、ティアはヴィートに抱かれてゆく。聞こえてくるのは、


「やっとだな……」


 と囁くヴィートの声。そして……。

 更けてゆく夜、落ちる闇に欲望を隠しながら、熱を持って時は過ぎてゆく。そして、その闇に潜む獣の餌食となった可哀そうな子ウサギは、荒ぶる熱に飲まれながら その皮を一枚、また一枚と剥がされていった。全ての姿を隠す闇、心すらも隠す闇、その中で弄ばれ、溶かされ、深々と更ける夜に、子ウサギは悲鳴すらも押し殺されていって……。


   ★ ★ ★


 嵐のような時が過ぎ、やがて、暖かな日の光が降り注ぐ朝がやってくる。眩しくなる程の日の光だ。

 だが、天幕内は布で覆われている。蝋燭の明かりが消えた今、その中は暗かったが、わずかに空いた入り口から光が入り込み、少しばかり朝日のおすそ分けを戴いていた。そんな薄蔵闇の中で眠っていたティア、褥の上で、そのわずかな光を感じ、「ん……」と声を上げて目が覚める。覚めて目を開けると、その前にはヴィートの顔があった。どうやら既に目覚めていたらしい、その突然の登場にティアは一気に頭が冴えると、驚いて目を丸くする。するとヴィートは、


「……」


 じっと、訝しげな表情でティアを見つめてくるのだった。

 それにティアは疑問に思いながら、


「な、何?」


 すると、ヴィートは困ったように目をどこか宙に泳がせると、


「お前、奴と婚前交渉が、あったんだよな」


「そうよ」


 精一杯意地を張りティアはそういう。

 だが、それに比例して、ヴィートの顔はますます訝しげな顔になっていった。その表情に、だんだん不安な気持ちになってゆくティア。だが、ここで負けてはいけないと、相変わらずなんでもないように、平然とした表情をしてゆく。すると、


「なら、何故印があるんだ」


 その言葉に、眉をひそめるティア。彼の言っている意味が分からなかったからだ。思わず、


「印?」


 と、ティアは疑問の声を上げると、


「ほら、これだ」


 そう言って、ヴィートは掛け布団を上げる。すると、そこには、血だろう、赤く染まったシーツがあった。


「!」


 それに、驚くティア。とてつもなく痛かった破瓜の行為、血が出るまでの事だっただなんて、と。そして、ヴィートの言葉から、それが初めての印と察すると、そんなものがあったのかと、改めて自分の無知を呪う。

 そう、剣が友達だったティア、侍女達とも、友達とも、そんな話をした事がなかったのだ。そういった事は、殆ど何も知らなかったのだ。

 嘘がばれて、慌てた気持ちになるティア。思わず、


「あなたに抱かれたくなかったからに決まってるじゃないの。あの方は、あなたのような節操なしとは違いますから」


 そんな憎まれ口を叩いてしまう。

 すると、それにヴィートはぶすっとなって、


「最初から言ってくれればもう少し優しくしたのに。大体、妊娠なんかする確率はなかったんだな。嘘言いやがって」


 ばつの悪さを隠すよう、フイと顔を背け、背を向けるティア。もう何もしゃべるものかと、口を閉じてゆく。すると、不意に、


「!」


 ヴィートが優しく背から抱きしめてくる。思わず驚いてしまうティア。そして、驚く彼女のその耳に、ささやかれてきたのは、


「だが、俺はお前を愛してるぞ」


 聞きたくなかった言葉だった。恐れていた言葉だった。何故、どうしてという思いが胸に渦巻く中、ティアは頭を抱えてそれを左右に振る。


「嘘、嘘よ! あなたはアレジャンの血筋が欲しいだけなんでしょ。私が好きな訳じゃ、ないんでしょ!」


 すると、ティアを抱くヴィートの腕が更にギュッと強くなる。途端に強く感じる、素肌と素肌が触れ合う感触、それに、不覚にも胸がドキドキしてしまうのを感じながら、ティアはその背でヴィートの言葉を聞く。


「確かに、最初はそうだった。アレジャンの妻が手に入るなら、お前を愛人の座に降ろしてもいいと思っていた」


「ならなんで!」


「分からない。唯言える、お前の目。絶対俺を仕留めてみせるっていう、お前の目が好きだった。剣を振るい、何度も挑戦してくる。俺を倒す為なら、苦しい鍛錬もいとわない。他の女にはない所だ。そこから段々……。いや、もしかしたら初めて会った時の太刀捌きでもう、いかれちまっていたのかもしれない。臣下達すら守ろうとする、お前の太刀捌きに。臣下が守ろうとする、お前の太刀捌きに。とにかく、どこが最初であろうと、今の俺の気持ちはこうだ。アレジャンの血筋だけでお前を傍に置いている訳じゃ、ない」


 今までにない真面目な彼の態度に、ドキリと鳴るティアの心臓。だが、こんなことで流されはしなかった。絶対流されてなるものかと、ティアはきつく心に誓っていた。そう、拘束する腕の中でティアは体を反転させると、ヴィートへと向かってキッと睨み、


「私は、あなたを愛しておりません」


 それに、悲しげな顔になるヴィート。そして一つ、吐息のような溜息をつくと、


「まぁ、気長に待つとするか」

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