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第五章 戦いに次ぐ戦い(3)

 それから数時間後、皇都、ロスピタレの門から少し離れた場所で、歓喜に湧くコルノ軍達の姿があった。そう、彼らは戦に勝ったのである。あれから皆、上機嫌で陣屋に戻ってきて、しばし戦を忘れ、戦勝の美酒に酔いしれていたのであった。


「アレジャン軍の奴ら、尻尾巻いて逃げ出していたなぁ!」


「ああ、我先にと、市門へまっしぐらだ!」


 酔いに任せ、アレジャンを揶揄する言葉があちらこちらから聞こえてくる。

 そんな彼らを、微笑ましいような眼差しで見つめるヴィート。だが、戦は終わった訳ではなかった。山場は超え、大勢はコルノ軍有利となったが、終わった訳ではないのだ。そう、今こそ気を引き締めねばと、ヴィートと臣下達は顔つきを神妙なものに変えると、目の前の酒に口をつけることもなく、これからについての議論を行ってゆく。そんな中、ポツリと零れたヴィートの言葉とは、


「攻囲戦、だろうな。明日からは」


 それに、エンツォは頷き、


「はい、恐らく。ですが、ロスピタレの門は強固です。すぐには破れないでしょう。長期戦を覚悟しないと」


 それを聞いて、皆、渋い顔をしてゆく。当然ヴィートも渋い顔で、しばし考え込むよう、腕を組んでゆくと、


「地下を掘るか」


「そうですね、気の長い仕事ですが」


 やれやれ、とでも言いたげなエンツォの言葉だった。でも、勝つためにはやらねばならない。その思いを込めて、ヴィートは力強く頷くと、


「わが軍はビオットを攻略している。大きな街だ。距離も近いし陣屋との分断の恐れもない」


「つまり……しばらくは補給への心配はないということですね」


 その通りと、不敵な笑みを浮かべるヴィート。そして、どこか自信ありげな顔をしながら、ヴィートは、


「ならば、落ちるのも時間の問題、ということだ」


   ★ ★ ★


 大きな戦での勝利に、相変わらず大いに盛り上がっている兵士達。歌を歌い、踊り、喋り、どんちゃん騒ぎを繰り広げながら、やかましく時を過ごしてゆく。そう、この気持ち、抑えてなるものかと、いつまでも酒宴は続いていったのだった。この頃には、ヴィートの表情も大分緩まったものになっており、うまそうに酒に口をつける姿もあった。

 その傍らには無理やり呼ばれたティアが。ヴィートの隣に座り、不機嫌顔で時々酒に口をつけている。だが、呼んでおきながら、話しかけることもしないヴィートに、気になって、思わずティアはチラリ彼の様子を横目で窺ってしまう。すると、ほろ酔い加減のヴィート、不意にティアの方へと向いてくると、


「飲まないのか?」


「時々、飲んでます」


 それに、「そうか……」と呟き、ふと気づいたように、今度はもう片方の隣に座っている女性へと顔を向ける。そう、その女性が、媚態を振りまきながら、空になったヴィートの杯へと酒を注いできたからだ。

 まんざらでもない表情のヴィート。中々美しい女性であったから、普通の男ならそうもなるだろう。そして、その女性の正体は、そう、ビオットからついてきた女郎であった。何を狙っているのかは分からないが、女郎で王の隣まで行けるのだから、中々な手管を持った女性に違いない。だが、今までこの戦で、彼が傍らに座らせた女性はティア唯一人だけなのであった。そう、これはかなり珍しい光景なのであった。初めて目にするその光景に、少し、チクリと胸に針が刺すような思いになるティア。だが、これこそ望んでいた事、馬鹿な、とその気持ちを否定しながら、それでもまだ変わらぬ不機嫌な表情を浮かべて、


「そんなにお気に入りなら、彼女を妻にしては?」


 意地もあるのか、別にそうしてもいいのよ、と、どうでもいいことのように、その思いをヴィートへとティアは伝えてゆく。すると、それにヴィートは、わざとらしくその女郎の肩を抱いてゆくと、


「焼いてるのか?」


 面白がるよう、そう言ってゆく。

 思わずかっとなるティア。そして、ヴィートにしなだれかかって、得意げな顔をしてゆく女郎にチラと目を向けると、口を真一文字に引き結び、


「ふざけないで!」


 と、怒鳴る。

 だがヴィートは、まるで彼女の言葉を真剣にとってないようだった。クツクツと笑い、


「これは、祭りの余興だ。俺が抱くのはお前だけだ」


「……」


 無言になるティア。そう、その言葉には、恐らくあの時のあの意味が込められているのだろうと思って。そしてその通り、思い出したように「そういえば……」とヴィートは言ってゆくと、にやりと笑い、


「そういえば、あれからもう六か月以上が経ってるな」 


 不意に言われて、ティアは忘れようとしていた事を思い出させられ、慌てる。特にそれは、ずいぶん昔のように感じられてしまっていたから、向こうもそんな気持ちなのかと思ってしまっていて……。そう、大分日も過ぎていたし、そのまま忘れたままでいるのではないか、と。だが、


「どうやら子供はいなかったらしいな。もう、お前を抱ける」


 その言葉でヴィートの意図をすべて汲み取り、ティアは瞠目する。そして、おののきも露わにこう言う。


「い……戦の最中ですよ。場をわきまえたらどうです」


 それにヴィートはフイと顔を背けると、


「そう言うと思った」


 そう言う以外、何があるというのだ。当然じゃないかという思いを巡らせながら、ティアは顔を赤らめてゆくと、


「結婚式もまだなのに……」


「ああ、予定が狂ったな。こんなに早く戦に出ることになるとは思っていなかった。でも、約束は約束だ」


 彼の言葉は、彼女の全てだった。虜囚である自分に逆らうことは出来なかった。諦めきれぬ悔しさにティアは唇を噛みしめてゆくと、その虜囚という言葉を刻み込むよう、ふとヴィートの手が彼女の頬に触れてくる。そして、ヴィートはティアの顔をじっと見つめると、唇を彼女のそれへ、ゆっくりと近づけていった。重なる、唇と唇。すると、


「おおー!」


 周りから、からかうような、どよめきが起こった。それを耳にしながら、ヴィートはティアを横抱きにし、


「俺はこれからお楽しみだ。貴様ら、邪魔すんじゃねーぞ」


 ピューと、あおる口笛なんかが辺りから響いてくる。盛り上がるその場から、ヴィートは立ち上がると、ティアを抱いたまま皆の元から去っていった。軽々と抱かれ、連れられてゆくティア。やがて、この陣で一番豪奢な天幕、ヴィートの天幕に到着すると、その中へと二人は消えていった。

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