第五章 戦いに次ぐ戦い(2)
それからコルノ軍は、しばしの休息を取ると、更に南へと進軍を続けていった。その道行きは戦、戦の連続で、身体的にかなり厳しいものであったが、何とか気力を振り絞り、一つ、また一つと着実に勝利をつかみ取っていった。
そして、とうとう皇都、ロスピタレを目前にする。霞がかる大地、その大地の遠くには巨大で雑多としながらも壮麗な城郭都市が見える。それを前にして、ヴィートは、
「来たな……」
「ええ、来ました……」
隣に控えていたエンツォと共に、感慨深いような言葉を漏らす。そう、今までの軌跡を振り返り、つくづくといった感じで。それは兵達も同じだったようで、皆しみじみとした表情で、この場のこの雰囲気を味わってゆく。だが、いつまでもそうしてはいられなかった。戦いが、重大な一戦が待っているのだ。ここが敵方にとっては最後の砦、総力を挙げて戦いを挑んでくるだろう。今までのように舐めてかかってはいけない戦であった。
そしてそれを示すよう、ロスピタレ前に広がる平野では、既に大量のアレジャン軍が密集陣形を作って待ち構えていた。それは本当に圧倒されるばかりの人数で、流石のコルノ軍もその雰囲気に飲まれそうになる。
「すげぇ……」
「まじかよ……」
思わず零れる驚嘆の声。
だが、それにもヴィートは負けなかった。そう、それを逆手に取り、今この時こそが見せ場と、ヴィートは皆の気を奮い立たせてゆく。
「おらぁ! お前らの真の実力を見せる時が来たぞ! やってやれ! 力の限りを振り絞って、殺って、殺って、殺リまくってやるんだ!」
そう叫びながら馬を走らせるヴィート。そして、
「密集陣形だ! 前十列長槍隊! 後ろ十列長弓隊! その両脇に騎兵隊だ! 急げ!」
アレジャンに立ち向かうべく、素早く密集陣形を作らせてゆく。
こうして二つの軍が向き合った。そして待つ、手にある得物をぶつけ合い、大地を駆け抜けるその時を。
どんどん緊迫してゆく雰囲気。その空気に負けないよう、自らを奮い立たせ、コルノ兵士達は大きく深呼吸をしてゆく。それはアレジャンも同様のようで、同じく緊迫した空気が、向こう側の陣営からも漂ってくる。そして、
パッパララー!
やがてアレジャンの方から、高く、ラッパの音が聞こえてきた。
そう、戦いの開始だ。
鬨の声を上げて、コルノ軍の先陣がアレジャン軍へと向かって駆けてゆく。ぶつかってゆくコルノ軍とアレジャン軍。その先陣は、お互い歩兵の長槍隊だ。
顔と顔が分かるぐらいまで両軍近づくと、思いっきり槍を突出し、戦いを始める。右手に長槍、左手に楯を持ち、お互い槍で突き合いながら、戦いを進めてゆく。それは、相手からのものもあり、それを受け、避け、また自分の方からも突き、一進一退を繰り広げながら、戦いは進んでいった。そして、負傷した者あり、死んだ者あり、あっという間に辺りは血の海となり、地獄絵図を作ってゆく。だが、それでも勿論槍は止まない。そう、前列の者達からだけでなく、後ろの者からも突き出され、また、前列の者が負傷すれば、その後ろの者がすぐに前に出てきて。とにかく隊列を崩さないことに気を付け、命を懸けた戦いが続いて行った。そう、それは、ひたすら休のみない、突きの嵐であった。
そんな激戦を繰り広げる長槍隊の後ろには、コルノの長弓隊が。そう、自分達の出番はまだか、まだかと疼いていた。そして、ようやくヴィートからの伝令が来る。
「弓隊、攻撃せよ」、と。
早速、射撃の準備に取り掛からせる部隊の司令官。それに従い、兵士達は矢をつがえ、弓を引き絞ってゆく。
勿論前にいる兵士を射てはならない。なので、その頭上越しに、上向きに弓を向けた姿勢を取ってゆく。そして、
「打て!」
司令官の声と共に、兵士達は一斉射撃してゆく。それは、孤を描いて宙を飛び、空をその矢で黒く染めながら、敵方へ向かって落ちてゆく。
グサリ、グサリ、グサリ、
落ちる、その矢に兵士達は次々と倒れていった。そう、ぱらぱらと、散発に人間が六人倒れるより、一度に六人倒れる方が心理的に大きな打撃を与えるのだ。この一斉射撃での大量殺戮。まさにそれは敵方に、心理的に大きな打撃を与えたのだった。
思わず動揺するアレジャン兵。そしてその時をヴィートは見逃さなかった。今がチャンスと、大声を振り絞り、
「騎兵隊、突撃!」
伝令によって、各部隊の司令官に伝わり、槍を横に構えたコルノ自慢の騎兵が、アレジャン軍へと向かって次々と突撃していった。
駆け抜ける馬の勢いで、倒れる兵士、崩れる陣形。構えた槍で、傷を負ってゆく兵士もいる。
ヴィートも先陣を切って突撃してゆきながら、このパターンの攻撃を、何度も繰り返し行っていった。そう、状況を見ながら、ヴィート指揮の下、何度も何度も繰り返していったのである。これは、兵がしっかり統率されているからこそ、できる戦術なのであった。この時代、功を求めて先走りがちな兵士が多い中、ここまで兵士を統率できるというのは、やはり、ヴィートが持つ、カリスマが生きているといって過言ではなかった。
兵も、流石アレジャンというか、数こそは、決戦ということもあり、そちらの方が勝っていたが、個人個人の質は、断然コルノの方が勝っていた。
それは、技術だけでない、気概、体力、足並み、その全てがである。兵士にもその自負があり、それが手に持つ武器にも現れていた。
まさに戦いに餓えた獣、そういう言葉がふさわしいコルノ軍だった。そして一方のアレジャン軍は……。やはり、平和ボケ。そう、アレジャン軍にはその言葉がふさわしかった。長い間、敵らしきものもなく、ぬるま湯につかっていたアレジャン軍。久方ぶりの実戦に、おののき、数では勝っているのに及び腰になってしまっている。
これではいけなかった。
このままでは先が見えてしまうようであった。
元々統率もしっかり出来ていないアレジャン軍、だんだん隊列が後退してしまってゆく。そして、陣形が崩れてゆく。
そんな、相手がひるんだ隙を見て、またもコルノの騎馬隊がアレジャン軍中へと駆け抜けてゆく。そう、槍を構え、辺りをなぎ倒し。
騎兵の突撃を恐れて、密集陣形を取ったまま身動きが取れなくなるアレジャン軍。そう、その場から移動することも、どうすることもできなくなる。だが、そうなると今度はコルノの、長弓隊の恰好の的だった。
もう、アレジャン軍は機能しなくなりつつあった。そう、あともうひと押しだった。
そしてそれを、鬱々とした気持ちで待つ人がいた。
それは、ティア。
兵達がそんな中にいた時、ティアはコルノ軍の陣屋で、不安な気持ちを抱えながら、戦が終わるのを待っていた。
そう、この戦いで、大方の戦況が決まるのだ。そして、これは自分の命運を分けるかもしれない重大な戦いでもあるのだ。否が応でも、ティアの胸はドキドキと高鳴った。
立場としては、アレジャンに勝ってもらわねばならなかった。そして、ルータ復興の手助けをしてもらわねば。だが、何故か一方でコルノに勝ってもらいたい気持ちもあり……。
そこでティアは思わず皮肉げにフッと笑う。
またも表れる理解不能な思い。そして、それにとある答えが導き出され……。そう、
情? と。
それで、今までこんがらがっていた、訳の分からない感情に、ティアはようやく結論がついたような気持ちになる。もしかしたら、こじつけかもしれない。だが、間違いでもないのかもしれない。そう、少しでも共に暮らしたのだ、そんな感情が湧くことがあっても不思議ではない。これは、感傷なのだ、と。
そしてティアは夢想する。コルノ軍が敗れ、ヴィートがアレジャン軍に討たれるところを。それによってルータは復興し、自分はルータの女王になるのだ。王冠を戴き、民に歓迎されながら、たくさんの家臣にかしずかれ、王都をパレードするのだ。それは、是非とも叶えたい夢。だが、何故か虚しいことのように、それを感じていると、
「おおー!」
地響きがするような、男たちの雄叫びがここまで木霊してくる。
勝負は決した?
もしかしての思いに、ティアは咄嗟に立ち上がろうと膝を立てる。
いったいどちらが?
戸惑いと共に声の方を振り返ると、ティアは祈るように目をつむった。そして……。




