第四章 始まりの戦い(4)
それからしばしの時を経て、コルノ軍は壮大なる密集陣形を完成させると、戦場へと向かって整然と行進していった。それは、総勢約二十万の大行進、まこと、壮観としか言えない図であった。
そうしてその少しの後、食糧、武器、天幕、その他日常品や戦場のあれこれを積んだ荷馬車達、輜重部隊が命令により足を止める。そう、ここにとどまり、戦況を見守る為である。
ティアもそれに伴い馬の足を止めると、歩む兵士達が見えなくなるまで、じっとその背を見送っていた。すると、それを見てか、見張り役の軽騎兵がティアに声を掛けてくる。
「後は皆に任せましょう。我々はただ、じっと待つのみです」
そう、そう言って、馬から降りることを促してくるのであった。それに従うティア。だが、馬を下り、敷かれた敷布に座っていても、戦況が気になって気になって仕方がないのだった。そう、いてもたってもいられないとは、このことかと。
ここから皆の姿は見えない。戦いの様子は分からない。ならば、もっと先へという気持ちになるが、それは許されなかった。勿論、約束というものもある。だが他に、見張り番の者達が、彼女をここから動かさないだろうことが、察せられたからでもあった。ならば、ここで唯じっと待つしかない。そう、大人しくいう事を聞いて、唯ひたすらここで待つしかなかったのだ。
ドキドキと胸が鳴るティア。
するとその時、戦いの開始を告げる、ラッパの音が遠くから聞こえてきた。それに、ティアは思わずビクリとなる。
落ち着いて、落ち着いて。
何度も言い聞かせて心を落ち着ける。だが、やはり気になって気になって仕方がなかった。
そう、とうとう始まった戦い、彼は無事で帰ってこられるのか、どうなのか。
やられてしまえばいいのよ、という積年の恨みからくる思いが駆け巡る中、一方で胸掻き毟られるような、落ち着かない思いも流れてゆく。それはどうにも複雑な気持ちで、胸の内でそれらがぐちゃぐちゃに絡み合うと、次第にそれは重くなり、過ぎゆく時の中で更に訳の分からぬ方向へと迷走していった。そしてその、迷走した気持ちのまま、唯々焦れるような時をフィナは過ごしてゆくと、
「王妃陛下! 兵達が戻ってきましたよ!」
日も落ちかけた頃、ようやく兵達が戻ってきた。いてもたってもいられず、ティアは彼らの元に駆けより、その姿を目に焼き付ける。そして、ティアは探す、とある人の姿を。そのとある人とは、
「ヴィート!」
そう、ヴィートだった。兵を率いて、ティアの方へとやってくる、あのヴィートの姿だった。どうやら彼は無事だったらしい。怪我もなく、すこぶる元気なようで、それを見てティアは思わず安堵の息を吐く。そして、慌てる。
いけない、いけない。何を思っているの。彼は敵じゃない。アレジャンには勝ってもらわないといけないじゃない。
そう言い聞かせていると、ヴィートがティアの方へと近寄ってきた。そんな彼に、関心ないような素振りをしながら、ティアは、
「戦況は?」
「ふん、間者の言う通りだな。アレジャンは既に形骸化している、と。巨大で、強い衣をかぶった、鼠だと。兵は統率されてない、弱っちい腰抜けばかりで、こっちが拍子抜けだ」
それにティアは小首をかしげる。
「勝ちってこと?」
「ああ、アレジャン軍は防御を固めてきた。楯の壁で楯衾を作ってきたが、俺らの騎兵の突撃に、あっという間に崩れていったさ。俺らの兵は皆訓練された精鋭だし、数からして違うからな。勝ちは当然だ」
ふうん、と、分かったような分からないような言葉を、ティアは漏らす。そう、自分の立場としては、アレジャンに勝ってもらわねばならないのだ。だから喜ぶわけにはいかないのだ。だが、今のその報告に納得する自分もいたりして、どうにも訳が分からない気持ちになっていた。その訳の分からない気持ちを持て余し、つい、気のない素振りをしてしまうティア。すると、そんな彼女の思いを知ってか知らずか、
「ポリニーのアレジャン軍の主流は倒した。もう外に出て奴らは戦ってはこないだろう。きっと明日からは攻囲戦だ。我慢比べになるぞ」
そう言って、その場から背を向け、立ち去ってゆくヴィートの姿があった。
★ ★ ★
そしてコルノ軍は、輜重部隊がいた所から更にポリニーの方へと進んでゆき、予定していた場所に到着すると、早速天幕を張っていった。
まず、中心に張られるのが王、ヴィートの天幕だ。そして、それを取り囲むように身分の高い、領主や騎士たちの天幕を張ってゆく。更にそれを取り囲むのが一般兵士の天幕だ。
目にも鮮やかな、色とりどりの天幕が辺り一面に立ち並ぶ。それを見つめながら、ティアは、自分はどうなるのだろうかと、少し不安な気持ちになっていた。その不安、それは……。
「ねぇ、私の天幕は?」
近くにいた人物、エンツォにティアはそう問うてゆく。すると、それにエンツォはにこやかな顔をして、
「王妃陛下の天幕はあちらになりますよ」
そう言って、フィナのいた所から少し離れた場所、紫色をした布を張った、中々立派な天幕を指で差し示していった。それを見て、ティアは恐る恐る尋ねる。
「私……だけの?」
ティアが不安に思っていた事、そう、それはヴィートと同じ天幕なんじゃないかという事。戦の時以外、彼と顔を突き合わせることになるのではないかという事。
不安の目、恐れの目。
すると、ティアのその様子でどうやら全てを察したらしい、エンツォは苦笑いを浮かべると、
「王妃陛下専用の天幕ですよ。陛下と一緒ではありません」
ホッと胸を撫で下ろすティア。それはあからさまな安堵で、それを見てだろう、エンツォはまたも困ったように苦笑いを浮かべ、
「王妃陛下、そんなに陛下を嫌わないでください。敵というのは分かります。でも、彼は……」
そこでエンツォは、思わずといったよう、言葉を止める。それに訝しげな思いになるティア。
「彼は?」
「いえ、陛下から直接聞いた訳ではないので、私の単なる思い込みかもしれないのですが……彼は、あなたを大事に思っていますよ」
ヴィートを庇うエンツォ。彼はヴィートの右腕なのだから、それもそうだろう。だが、ティアはそれが面白くなく、顔をフイと横に向けると、
「そうね、アレジャンの血をね」




