第四章 始まりの戦い(1)
時は、コルノ暦七三八年一月二十八日。あの戦から約三か月半の時が過ぎ、漸くコルノ軍はアレジャン侵攻の準備を整えることが出来た。ヴィートの号令の下、続々と兵士達が城へと集まってくる。その城内にて、色々な者が行き交うその城内にて、まず目立っていたのが、騎馬の領主や騎士達だった。流石身分が高いだけあって……鎖帷子の者もいるが……殆どが高級な板金鎧で武装する彼らであった。全く、見るも艶やかである。そして、城の中から外へ出ると、そこには、余りの人の多さに中に入りきらなかった一般兵士達が、その周囲を取り囲んでいた。こちらは逆に鎖帷子の鎧の者が上の方で、その他はキルティング、皮の上着など、軽装備で防備する者たちが多かった。そんな彼ら、そう、歩兵も騎兵も入り乱れた、どれもが大事な戦力であるこの彼ら。だが、あえてこのコルノ軍を特徴付けているというのなら、板金鎧の騎馬の兵だろうか。鎖帷子の騎馬兵と共に、板金鎧の騎馬兵は、コルノ王国の主力戦力を担う、自慢の兵だったのである。一方歩兵は、軽装備で身を守っており、防御性より機能性でその役割を果たしていた。
それは、それぞれの人の、それぞれの戦の準備。それが完璧に揃った今、後は出発を待つばかりだった。そんな中、兵士達はヴィートの登場を待って段々と盛り上がってゆき、意気揚々と鬨の声を上げてゆく。
その数約二十万。城周辺はそれで埋め尽くされ、見るも壮観な図になっていた。そんなコルノ軍のもう一つの特徴は、多くは訓練された職業軍人ということであった。中には、戦闘とは無縁の農民兵も混じってはいたが、殆どが戦いのスペシャリストだったのである。
そういったこともあり、先の戦の勝利もあり、彼らの気持ちはどんどんどんどん高まるばかり。それは今にも爆発しそうな程で、ヴィートの騎馬での登場で、ようやく納得したような空気が辺りに流れる。そして、今度はまた違った盛り上がりが城内に沸き、「陛下! 陛下!」と、大音量で皆が王を呼んでくる。手を振り、それに応えるヴィート。すると、
パッパカパッパッパー!
そんな時に鳴る、ラッパの音。そう、出発の時だった。それで何とか事態は鎮静化し、さあ行くぞと勇ましく、皆は王都から出立していったのだった。
その中には約束通りティアの姿もあった。
馬上で揺られるティア、皆と共に行きながら、ドキドキと胸が高鳴ってゆくのを感じていた。そう、進む道の先にはルータがあるのだから。あの懐かしいルータが。きっと王都も通るだろう、それを思うと胸がドキドキしてしまい、思わず緊張すらしていってしまうのだった。
道中は天気も良く、順調にアレジャンに向かって進軍していった。勿論そうすぐに目的地には到着しない、途中野営をしながら、もしくは都市に滞在しながら、先へ先へと進んでいった。
そして、入っていった元ルータ領内。
ティアの胸は締めつけられた。かの土地は、あの愛しいかの土地はどうなっているのかと。無体なことはされていないだろうか、街は、村は荒んでないだろうか……。まだ見ぬ未来に、恐怖で体が震えもした。だが、その考えは杞憂に終わった。まず、コルノ軍が入っていった地域は、クチリェロス。すると、
えっ……。
そう、クチリェロスに特に変わった様子はなく、更に意外なことに、村人達も皆元気なようだったのだ。思わず驚くティア。だが、それだけではない、続いて入っていった城郭都市、ジローナ、そしてその次の地方、テトゥアンも同じくそうだったのだ。一つ一つ村や街を経てゆくにつれ、ティアは妙な気持になっていった。何か、何かがおかしい、と。それがなんなのか分からずに道中をいっていると……。
そう、王都ソリーリャで気付いた。
市門を抜けて、ソリーリャへ入ってゆくコルノ軍。すると、普段からティアの姿に親しんでいたソリーリャの住民達は、直ぐにその中にいる彼女を見つけて、
「姫様!」
「姫様!」
そう、明るい声を掛けてくるのであった。
つい四カ月半前までは戦のさなかにあった都市だった。たった四カ月半では元に戻るのも大変だっただろう。だが、王都は元に戻っていた。いや、今まで通ってきた都市ら全てがそうだった。
そう、四カ月半前まではどこも戦の傷跡に喘いでいたというのに、皆戦乱の中に巻き込まれて苦しんでいたというのに。信じられない思いでティアは街を見回していると、
「我が姫様……」
細々とした声で、不意にそんな言葉がかけられる。驚いてティアは声の方向を見てみると、彼女のその元へ、近寄ってこようとする何者かがいたのだ。それは、大分年齢のいった老婆。勿論知った顔ではない。恐らく、王女ティアを見つけて声を掛けてきた者の一人だろう。だが、ティアはそれを避けようとはせず、馬上から声を張り上げ、心配げに尋ねていった。
「家は、大丈夫? 体は、大丈夫? 無体なことはされていない? コルノ軍に酷い目にはあってない?」
すると、それに老婆はティアに声を掛けられたことに感動するよう、神に祈るかのごとく手を合わせ、
「ああ、姫様が私なんぞに、ありがたき幸せ……。ええ、大丈夫です。何も無体な目にはあっていません。略奪も何も」
その言葉に、ティアは驚きに似た戦慄が背筋に走って行った。
略奪、されてない……。
略奪、それは、アレジャン皇国とその属国の間では、たとえ戦闘時でも暗黙の了解で禁じられている事であった。略奪だけでない、戦争で一般市民を巻き込むことはよくないことだと、上流の者達の間ではそれが美徳のようになっていた。だがしかし、蛮族は違う。少なくともティアはそう聞いていた。戦とあれば一般市民も平気で殺すし、略奪は戦争に携わる兵士達の、一種の褒美でもあると聞いていたのだ。それが……。
「ほら、婆さん、近寄っちゃ駄目だ。どいた、どいた」
元ルータの人間と、元ルータの姫君が、関わりあうことを嫌ったのだろう、コルノ軍の兵士が二人の間に割って入る。二人は裂かれ、段々老婆の姿が小さくなってゆく。だが、それすらも気にしていられない程、ティアの心には衝撃が走っていた。
そう、それこそが蛮族。高等であるアレジャン側との違いと、そうティアは教育されていたから。
それが、違っていた。
大体、そういう取り決めがあるアレジャン側であっても、戦勝に酔った荒くれの兵士達を制御するのは中々に難しいことなのであった。統率していても、略奪に走る兵士はいたのである。
それなのに、彼はほぼ完全にあの大量の兵を掌握している。略奪を抑えている。
ティアは、遠くに見えるヴィートの背中を見る。もしかしたら、自分は彼を、曇った目で見ていたのかもしれない可能性に出会って。そして、相反する気持ちも湧き上がる、そう、奴は蛮族、そんな訳ない! と。
恐らく真実はこの戦いで見えてくるだろう。そう心に言い聞かせ、複雑に渦巻く気持ちをティアは抑えようとする。
そうして気を持ち直し、遠くに目を遣ると、見えてきたのは、今は総督府となっている王城であった。
漆喰で塗られた白い優美な城。沢山の煙突が出て、円形の側塔が建ち並び、曲線が美しいフィリップ様式が土台の城。
懐かしい我が家であった。それを前にして、ティアは思わず涙が出そうな気持ちになる。
段々と近づく王城。そして、ティアのそんな複雑な思いに全く頓着せず、コルノ軍はゆったりと城門を潜ってゆく。
勿論全部は入りきらない、身分の高い者達だけがそのまま城に入り、それ以外の兵士は市街に駐屯することになった。
「はい! 歩兵は外! 騎兵も、騎士や貴族でない者は外だ!」
響く声。その声を聞きながら、馬と共に城の前庭へと足を進めるティア達一行。そこには、昔と変わらぬままの城の姿があり、ティアは胸を熱くしながらその光景を目に焼き付けていった。すると、
「お久しぶりです、陛下。どうです、王都は」
入ってきたティア達一行を歓迎するよう、不意にそんな明るい声が聞こえてくる。驚いて、辺りを見遣れば、庭の奥に身分の高そうな服を着た一人の中年の男性がいることに、ティアは気付く。
どうやらその者は、王都の統轄を任されていた総督のようで、それにヴィートは馬上でコクリと頷くと、
「いいな。いい統治をしてるな。民の表情が明るくなっている」
そう言って、穏やかな表情で背後を振り返る。すると、そこには戦災から立ち直った、美しい街並みの姿があった。そう、丘の上に立っている王城、城門からその広がりを見渡すことができるのだった。
明るく活気に満ちた街。破壊されていない、疲弊もしていない正常な街。
それに、総督は自分の労が報われたと感じたのだろう、嬉しそうな顔をして、
「それはこの上ない言葉です。ここまで来るには、かなり難儀しましたので」
「だろうな。たとえ否定しても、奴らから見りゃ、俺達は蛮族。その蛮族からの支配だ、プライドの高い従一位のルータには屈辱以外の何ものでもないだろうからな」
「はい、その通りです。ですが……」
そこで総督は言葉を止めて、チラリティアの方をを見る。それに、何? と思うティア。するとそれを察してか、総督は、
「いや、意外な所で王妃陛下に助けられまして。ティア姫が生きている! と。それで王都は生き返りました」
感謝の思いも露わにそう言う総督だった。それを見て、ヴィートは思わずといったよう、皮肉げな笑みを口元に浮かべてゆくと、
「そんなつもりで生かした訳じゃなかったんだがな。意外な効用だ」
それからヴィートはティアを見遣り、
「なあ」
と、彼女に返事を求める。すると、突然話を振られたティア、どう答えていいのかわからず、ヴィートを見つめて慌ててフイと顔を逸らす。
「不本意ながらね」
すると、それにヴィートはおかしいように笑い、再び総督の方へと顔を向ける。
「これからもこの調子で頼むぞ」
更に、嬉しそうな顔をする総督。期待に応えるよう力強い声で、
「はい!」
と返事をしていった。




