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第三章 コルノにて(1)

 そして数刻後の事。城の前庭は、多くの兵士達で埋め尽くされており、野卑た男どもの騒がしいざわめきが辺りを覆っていた。そこで異質なフィナは、一人浮き上がるよう存在していると、どこか居辛い気持ちになりながら、馬上でひたすら出発の時を待っていった。しみじみと感じる孤独。すると、やがて、


 あ……。


 そう、出発を示すラッパの音が鳴る。

 どうやら、ようやくみんな出揃ったようだった。まだかまだかの時は過ぎ、とうとう出発の時を迎えたのだった。動き出す隊列。あらかじめ命じられていた先頭の兵達が動き出し、王城をでる。するとそこには、恐らく中に入りきれなかったのだろう、驚く程の兵がいて、動き始めた隊列の後について続々と歩き始めていっていた。大方一部の者は王都ソリーリャに置いてきたのだろうが、それでも凄い人数だった。それに圧倒されながらティアもその中に混じってゆくと、歩兵達のペースに合わせて、ゆっくり馬を進め出す。

 そんな、騎馬でゆくティア、勿論周りは兵士で囲まれている。護衛の意味もあるだろうが、やはり監視の意味もあるのだろう。戒めは解かれ、縄で縛られることはなかったが、これでは逃げることもできないようだった。

 くそっ、とティアは少し下品に思う。そしてそんな面白くない気分になりながら、ティアは馬を歩かせていると、隣の兵に次の駐屯地を聞いていった。すると、次はコンチャということだった。まだまだ大分先である。この行軍がしばし続くのかと思うと辛いものもあったが、コルノは遠い、致し方ないだろう。

 そうして、何日ぐらいで着くのだろうか、これから自分はどうなるのだろうか、ぼんやり考えながら馬に揺られていると、日も落ちる頃、コルノ軍一行は次の街、コンチャに着いた。

 そのコンチャでもティアの待遇は一緒だった。監視付きの半ば軟禁生活。だが、やはりヴィートが通ってくることはなく、ホッと胸を撫で下ろすティアだった。

 そして考える、この六か月の間に何かせねばと。だが……。


 ああ、何も思い浮かばない! 


 もだえるような思いを胸に抱え、ただベッドの上をのた打ち回るだけだった。

 そうこうして、攻略した都市を陣屋にして、もしくは道途中で夜営をして、コルノ軍は国のある北へ北へと北上していった。

 それは、約ひと月の旅路、それだけの月日をかけて、漸くコルノ軍は王都アッソに帰ってきた。

 その王都、アッソ。ルータの王都ほど大きな都市ではないようだったが、市門を潜ると、やはり王都らしく中は賑やかで、更にそれに華を添えるように、戦勝を祝した歓声が皆を出迎えた。中には花びらのシャワーをまき散らしてくる者もおり、王都の中はお祭り騒ぎであった。そう、王都の民達みんなが、戦の勝利を祝福してきていたのであった。だが……。


「……」


 それに複雑な気持ちだったのはティアであった。自分の国がなくなったこと、それを祝福されるのだから。心痛い気持ちになりながら、その祝福を否応なしに受けてゆくティア。そう、この国の者達にとっては、それは心から喜ぶべきことなのだと、痛感して。

 そして思う。この国の者達はきっと自分が誰なのか、まだ知らないのだろう、と。自分がコルノ王の妻になったことも。だが、いずれ知り、また祝福され……。

 チクリ胸に痛みが走る。

 そして、うっすらルフィノの面影がティアの胸に過ってゆくと、


 あ……。


 見上げた先、その先に王城らしき高い建物の姿が見えてきた。

 それは、石落としに装飾を施したり、胸壁を凝った造りにしたりと、王の名声を誇示するかのよう、優美で贅を凝らしたルータの建物とはまた違うモノだった。アレジャンをはじめ、その属州は精緻な細工など、城の美しさで国の威容を示してきたが、この蛮族の国ではそうでないようだった。石を積み上げただけにも見える、武骨な外観。だが、武骨でもきっと堅牢なのだろう事が、その見たくれから伝わってきた。何も知らぬアレジャン側の者からしたら、垢抜けない、という事になるのだろうが、きっとセンスがない訳でも、技術がない訳でも、国力がない訳でもないのだろう。恐らく、実用重視という事だと……。

 そして、そんな重厚ともいえる城をティアは見つめ続けていると、やがて一行はそこに到着し、城門を抜けて中へと入っていった。

 出迎えてくる留守番役の者達。皆笑顔で、心から嬉しそうに、外の民衆と同じく祝福を与えてくる。その中から、恐らく国の重鎮なのだろう、宰相か何か高い地位の者らしい初老の男性が、満面の笑顔でヴィートの馬の元まで駆け寄ってくる。


「陛下、心よりお待ち申し上げておりました」


 それにニコリと笑って、馬から降りるヴィート。その親しげな笑顔から、彼はヴィートにとって身近な、また大事な人らしいことが窺えた。そしてそれを示すよう、ヴィートは馬を他の者に預けると、その者の傍へと寄り、


「ああ、ラウロ。約束通り、成し遂げてきたぞ」


 恐らく、ルータ攻略の事だろう、今度は自慢げな笑顔を浮かべると、自分より頭一つ分は低いその者の体をヴィートは軽く抱きしめていった。すると、ラウロと呼ばれた初老の男性も感極まったように何度も頷きながら、


「お見事でした、陛下」


 頷き返す、ヴィート。すると、


「戦勝以外に、お前にいい話があるぞ」


 感慨深いような空間。それをバッサリ切って、突然言ってきたヴィートに、訝しげな顔をするラウロ。その顔をおかしげにヴィートは見遣ると、不意にその顔をティアの方へと向けた。そして、


「おい、ティア、こい」


 そう言って、ティアを自分の方へと呼び寄せる。それを見たティア、何? という思いで馬を下り、ヴィートの元へと歩いてゆく。すると、ヴィートは、おもむろにティアの腰を抱き、自分の元へと引き寄せると、


「妻を娶った。ルータの姫、ティアだ」


 その言葉に目を丸くするラウロ。


「なんと、ルータの姫君ですと?」


 驚くラウロに、ヴィートは相変わらず面白いような顔をして見つめている。そして、


「危険とか言うなよ。もう決めたんだ」


 すると、やはりそう思っていたのだろうか、ラウロはそれに「はぁ……」と、困惑したような言葉を漏らしている。だが、それを聞いて激したのはティアだった。


「まだ、式は挙げてないわ! 妻と呼ぶのは早いんじゃないの!」


 そう言って、不本意と表情を曇らせ、腰に手を回すヴィートからティアは逃れてゆく。すると、それにヴィートはティア同様顔を曇らせ、


「まだそんなこと言っているのか、俺が妻と言ったら、お前は妻なんだ」


 だが、誰が何と言おうと、受け入れられないティアなのであった。つんとティアはヴィートから顔を背けてゆくと、まだ構造も分からぬ城に向かって、はいさよならとスタスタ去るべく歩いてゆくのであった。それは、どう贔屓目に見ても仲がいいとは思えない二人の空気。それを見て、ラウロはどう反応したらいいのか迷ったのだろう、唯ひたすらおろおろしてゆくばかりなのであった。

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