第二章 逃走、そして捕縛(5)
そして、そうこうしているうちに、やがて出発の時がやってきた。何とか気持ちを落ち着かせ、手紙を大事に荷物にしまい、ティアは準備万端に整えると、城の外へと出た。すると、まず目に入ってきたのは、
「げっ」
そう、ヴィートの姿であった。乙女でない姫君。それに幻滅してくれればと思ったが、彼は、そんなこと気にしてないようで、
「おう!」
と、素早くティアを見つけ、気軽に声を掛けてくる。それにため息つきたい気持ちになりながら、無視してティアは用意された自分用の馬へと寄ってゆく。すると、
「おう、といったんだから、返事位返せよ、愛想ないな」
「当然。何度も言うけど、あなたは私の敵なんだから」
確かに、そうだった。だが、それにヴィートは何も頓着してないようで、きょとんとした表情をして、「まぁ、そっか」、と呟く。
「それより、婚礼はどうしたい。ぱあっと派手にやるか? 王都中をパレードして、民に祝福されて」
敵だといっているのに、懲りない輩だった。その、余りの能天気さに、少し苛立たしい思いになりながら、ティアはキッとヴィートを睨むと、
「派手な婚礼はいらないわ! 誓いだけで!」
すると、駄々をこねる子供のようにヴィートは表情を曇らせ、
「それじゃ周りが納得しないんだよ。アレジャンの血の入った姫君が王妃になるんだ。大々的にお披露目しないと」
それに、今度はティアが眉をひそめる番だった。
「なんか、昨日もアレジャンの血がどうのって言ってたわね。母の出自が、何かあるの?」
「あるさ。あの大国、アレジャンの血が入った者の姫だぜ。蛮族と呼ばれている俺らには自慢になるのさ。特に、他の蛮族と呼ばれる国々にな」
そんな理由で、自分は彼の妻に収まることになるのか。唯、アレジャンの血が流れているというだけで。確かにアレジャンは尊い血だ。それでもティアはどこか理不尽な気持ちになって気分を害すと、
「馬鹿馬鹿しい」
すると、それに素早く反応して、ピクリ眉を上げるヴィート。
「そうさ、馬鹿馬鹿しいさ。お前らにとっちゃな。でも、俺らにとちゃ大事なことなのさ」
蛮族から抜け出すこと、それが彼らの望みであり、憧れなのだろう。それはティアにも何となく分かった。だが、いかんせん方法が方法であった。馬鹿馬鹿しいことこの上なかったが、もうこれ以上いくら話しても無駄だろうとティアは思った。そう、それならそれでいいと、ティアは無視して馬に乗ろうとする。すると、
「でも……」
と、ティアのその動きを制する言葉が、ヴィートの口から零れる。思わず、「何?」という気持ちになって、ティアは動きを止め、ヴィートを振り向くと、
「いや、なんでもない」
再び眉をひそめるティア。
「何よ、気になるじゃない」
「なんでもないったらなんでもない」
自分で切り出しておきながら、もったいぶって何も言わず、とぼけた顔をしてくるヴィートに、ティアは苛立つ。ならば、また何か言い返してやろうとかとした時、
「ただ覚えておけ、お前は皆に望まれて妻になるんじゃないってことを。家臣達の中にはお前を妻にすることに反対している者もいる。本当は、生粋のアレジャンの姫君を妻に迎える計画だったのだから」
それを押しのけてまで自分を妻にする、その理由とはなんなのか。ティアは分からなかった。だが、その理由を聞いてしまうと、今までの何かが変わってしまいそうで、ティアは怖くて深く尋ねる事が出来なかった。代わりに、嘲笑するような笑いを零すと、
「アレジャンの姫君を妻になんて、身をわきまえてないのも甚だしいわ。きっと、向こうは相手にしないわね」
それは、明らかに相手を馬鹿にした言葉。だが、ヴィートはそれに特に怒りを示すこともなく、「まぁな……」というと、
「でも、蛮族だからって、馬鹿にするなよ。お前らが蛮族って呼ぶ俺らにもプライドはあるんだからな。いつか、アレジャンと対等になってやるんだ。対等に」
上位の国の、ルータでさえアレジャンと対等にはなれなかった。そう、尊い位の国であっても、あくまで属国は属国だったのだ。だから、ヴィートのその言葉はあまりに荒唐無稽で、現実味のないものであった。思わずティアは呆気にとられていると、ヴィートは不意に笑い、
「まぁ見てろよ、いつかやってみせっから。我が妻よ」
そう言ってティアを指さし、そこから背を向ける。そう、全くをもって、一言多い言葉を残して。我が妻、それにティアは憤って、
「私の愛する人はルフィノ一人よ! それは絶対変わらないんだから! たとえ妻になっても、たとえこの体をあなたに捧げたとしても、心は絶対に捧げない!」
飄々と、後ろ向きで手を挙げ、バイバイと振ってくるヴィート。ティアはそれを憎々しげに見つめると、睨むようにして目に焼き付け、傍らの馬へと乗っていった。




