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熱砂(一)

 夢を見た。

 褐色の砂が、真夏の太陽を反射してぼんやり揺らめく。

私の足元には、一匹の片翅を失った白アゲハが落ちていた。

眼を凝らしてやっとそれが解るほどの鈍さで、それは地を這っている。

背に負った一枚の雪のように白い翅の真ん中には、闇夜に光る梟の瞳のように不気味な黒と茶の入り混じった大きな斑があり、その翅は、蛾のもののように小刻みにビクついていた。

私は、その片端の蝶がどこを目指して這っていくのかを見届けようとした。

しかし、ふいに襲ってきた生温い風で、その蝶は無様に転がってゆく。

私は、どうしようもない気持ちになって、気付けばもがく蝶を踏み潰していた。

そっと足をあげると、翅だけが風に吹かれて流れていく。

肌色の砂の上には、原型の定まらない黒い染みだけが貼りついていた。


それから、私は誰かに向かってこう言うのだ。

「だって、こうするしかないじゃないの」

私の目からは、子供のようにほろほろと涙が流れていて、それなのに、口元はぐっと笑ったままなのだ。


【熱砂】


 日が高いせいか、部屋の中は薄暗かった。 



 私はまた眠っていたみたいだ。ゆっくりと動く時間をもうずっと持て余している気がする。

 ガラス戸の外は、眩暈を覚えるほどに白く照り返されている。蝉の声と共に洗い立てのシーツが揺れて白い残像をふりまく。その横で、背筋をぴんと張り詰めた智衣が機械のように無駄の無い動きで洗濯物を干していた。

 ……まただ。私は思う。いつも、自分は遅れてしまっている。洗濯物くらい、私だって干せないわけじゃない。なのに、全てにおいて自分は自分の為すべき仕事を見つける事が出来ないでいた。愚鈍なのだ。周囲の全ての事に対して、配慮が足りないのだ。

 ぼんやりしているからなのか、それとも自分にもともと「配慮」という能力がなくて、ぼんやりするしかないのか、今の私は、それさえわからないでいる。ただどうしようもない不安のような焦りのようなものを感じずには居られなかった。


 不意に智衣と目があって、私は慌てて体を起こした。相変わらず無表情なままの彼女に、懲りもせず私は愛想笑いを浮かべる。


「ごめん、私も手伝うよ」


 これじゃ智衣の言う通りの偽善者だ。そんな自己嫌悪を押し隠すように、智衣を見ると、拒絶に似たきっぱりとした口調で、


「いい。もう終わったから」


と、それだけ言って裏庭の方へ行ってしまった。

 

 また自己嫌悪の波が押し寄せてくる。でも、私は少しほっとしていた。心のどこかに、彼女ともう関わりたくないという気持ちがあったからだろう。ふと、その事に気付いた私は、本当に智衣と顔を合わす事すら恐ろしくなってきた。台所から祖母と智衣が何か話ししているのが聞こえるのでさえ。


 どうかしている。でも、私は気付いたらガラス戸を開けて庭へと飛び出していた。


 視界が一気に明るさを増して、目が眩む。素足の先をじりじりと熱い砂が刺した。

 でも、その痛みに安堵してしまうのは何故だろう。強い日差しに晒されながら、そのまま濃い緑の蔦の絡まる門をくぐった。

 

 息が詰まる。どこに居ても。多分その原因は智衣じゃなくて私自身にあるのだと思う。

 庭の砂よりも強く熱された砂利道を、歩くのを止めたら息が出来なくなるんじゃないかという不安におされて私は歩き続けた。


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