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銀色と黄金宮  作者: ろく
8/12

第七話

「ほ、……っほんと、に!」

 こくこくと陽は何度も頷く。

「警察にも言ったわ。けど、信じてくれなかった。そりゃそうよね、こんな突飛な話、信じてくれるわけないわ」

 さっさと帰れ小娘、そう言って突きとばされた。そんなくだらない嘘に付き合っている暇はないと。

 ……嘘ならどれだけ良かったか。

「……お、あの。……おれ、は、信じる……よ」

「……ほんとに?」

「ほんっ、……と、に」

 勢いよく何度も頷き、陽はぐっと歯を食いしばった。

「戦争……」

 低い声で呻き、前髪をぐしゃりと掴む。

「それが目的か……」

 がしがしと髪を乱し、眉を苦しげに顰めて陽は空を仰いだ。

 父の企みの所為で苦しむ人間を目の当たりにして、みづ穂は苦しくなった。

 やはり父を、と思った。

 けれど、想像するだけで背が冷える。

 父を殺すのは嫌だ。

 父がいなくなるなんて嫌だ。

 けれど根源を断つ一番良い方法はそれなのだ。

 自分の迷いと弱さを払うように、みづ穂はゆるりと首を振った。

「……銀獅子もやっぱり合成獣なのかしら。守り人の姿が見えないけど……」

 陽はしばらく考え込む素振りを見せ、

「…………喰われた、の、かも。指令回路は、まだ、不完全ってさっき……」

 なるほどと頷く。

 と、みづ穂ははたと思った。

 陽は銀獅子が合成獣であるという事を前提として話している。もしかしたら天然物の妖獣の可能性もまだあるのに。

 訝しげな顔をするみづ穂に陽は頷き、小さな苦笑を浮かべた。

「造られ、た、……ものだよ。分かる。おれ、は『宗義』の……研究棟にいた、から……」

 みづ穂は目を瞠った。

「そこから、逃げてきた……ん、だよ。目を覚ましてしばらく、……したら、弟がすごい慌てて、て。部屋、駆け込んで、きて。……逃げろって。お前だけでもって。何が何だか、分からなかったけど……」

 陽は目を閉じて大きく息を吐いた。

「みづ穂さんの、おかげで分かった。宗方の目的はそれか……」

 腕を組んで、ゆっくりと目を開ける。

「おれは、逃げられた……から。宗方の企みに、加担、せずにすんでいるけど。……弟は、今も利用されてる。……戦争なんて、人殺しなんて、したくもないのに」

 腕を掴む。指先が白く色を変えている。

「おれは……。……祈る相手も、祈り方も知らない。だから自分の手で、弟を……救うんだって決めたのに。……今も、できないでいる」

 困ったなあと陽は笑った。笑うしかないという笑い方だった。ほんと困ったわね、とみづ穂も笑った。

 じりじりと肌がひりつく感覚にみづ穂は空を見上げた。太陽は高い。ずいぶんと話し込んでしまった。どおりで喉が痛むはずだ。

(……って、それどころじゃないわよ!)

 銀獅子をほったらかしにしている。みづ穂は慌てて立ち上がった。

「銀獅子追わなきゃ! こんな事してる場合じゃないわよ話しこんじゃったのはあたしの所為だけど!」

 陽は苦笑してみづ穂の手を掴み、軽く引いた。

「大、丈夫だよ。たぶん……しばらくは、人気のない、とこ、……いるはず。まだ、付近にいるけど、……今は、平気」

 陽は軽く目を伏せて首をめぐらせる。大丈夫だ、と頷いた。

「昨日、……食事もしてる。傷も深くない。……怪我、いっぱいしちゃうと、治そうとして……食事、……たくさんするからね。だから、今は動かない。けど……また、腹が減ったら、人のいるとこ、行くと思う。……さっき、のは、移動中だった、……ん、だろうね。のちのちに向けて、人の多いとこの側に、行こうとしてたん、……だ……と思う」

 陽がこんなに一気に長く話すところは、初めて見たかもしれない。みづ穂は少し驚いた。じっと陽を見つめていると、陽はぎくりと肩を竦めた。

「う、えと……違ったら、その……すみませ……ん」

 みづ穂は腰に手を当ててため息をつく。

「別に、責めてるとか疑ってるとかじゃないわよ」

 陽は何かを言おうとして、両手で口を覆った。おそらくまた謝ろうとしたのだろう。だが謝ればみづ穂に怒られる。そう学習しただけでも進歩だ。

こくこくとおびえた様子で頷く陽に、自分はそれほどまでに恐れられているのかと多少傷ついた。だがそれ以上に、不愉快だ。

 みづ穂の様子を窺いながら、陽はそろそろと手を外す。

「えと……だから、今は休んでた方が……その……」

 言いながら陽は黒い上着を脱ぎ、下生えの茂った木の根元に広げた。どうぞと指し示される。

「……じゃあ、ありがたく」

 と、そちらに移動しようとした瞬間、陽はあっと大きな声をあげた。広げた上着を掴んでばさばさと振る。

 どこにどう隠していたのか、上着からは弾丸やら小型のナイフやらがばらばらと落ちてきた。

「……すごいわね、それ。どう隠してたのよ」

「う、えと……うえ、ぅえへへ」

 陽は笑って誤魔化し、どうぞ、ともう一度広げた。

 礼を述べて上着の上に身を横たえ、陽の横顔を見上げた。

 悲痛な面持ちで陽はナイフの手入れをしている。木漏れ日を浴びて、薄茶の瞳が金に輝いた。

 陽の本当の名前は何というのだろうか。

 そんな事を考えながら、みづ穂はゆるりと眠りに呑まれていった。



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