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銀色と黄金宮  作者: ろく
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第五話

「な、何。どうしたのよ」

 陽は答えない。唇が僅かに動く。近い、そう言った。

 途端、陽は勢いよく店を飛び出していった。

「ちょっと、どこ行くのよ!」

 みづ穂も慌てて立ちあがる。強かに膝をカウンターの裏側にぶつけた。歯を食いしばって痛みをやり過ごす。

「ごめん蜜蜂さん、お金また今度払う!」

 膝を撫で、みづ穂は陽の背を追った。はいよー、と気の抜けた蜜蜂の声を後ろに、みづ穂は全速で陽を追いかけた。

 人ごみの向こうに陽の背が見える。角を曲がった。見失う。行く手を阻む人々に舌打ちした。

 追って角を曲がる。陽は丁度、次の角を曲がるところだった。だんだんと郊外へ向かっている。

 陽との距離はなかなか縮まらない。むしろ開いてゆく。みづ穂は全速で走っているのにだ。見失った。

 だんだん息が切れてきた。狩人をしているくらいだ、体力には結構自身があるのに。頬を伝う汗を拭う。

 西区を抜けた。北区へ向かう間道に出る。あたりに建物は無い。砂利道が続き、両側には林が広がっている。

 陽の姿が見えない。間道は一本道なのに。林に入ったか、それともずっと先に行ってしまったのか。

 陽光は木々に遮られ辺りは薄暗い。

 咆哮が聞こえた。近い。みづ穂はガンホルダーへ手を伸ばした。

「これ以上先へは行くな!」

 陽の声だ。林の奥からだ。

「落ち着け!」

 声がひび割れている。陽は木の上にいた。その下には銀獅子がいた。銀獅子は今にも陽に飛び掛りそうだ。

 陽は懐から何かを取りだした。ピンを引き抜くところまでは見えた。それ以降は目が眩んで見えなかった。閃光弾だと気付いた。

 目の奥が痛む。咄嗟に庇った左目は何とか機能を維持していた。右目を瞼の上から指先でほぐし、左の目で様子を窺う。

 銀獅子は情けない声をあげて、立ち去ろうとしている。

 陽は木の上から銀獅子に銃を向けている。だが動かない。背を向けた銀獅子を見つめるばかりだ。

 みづ穂は引き金に指をかけた。近づく。

 銃声が響いた。自分は撃っていない。

 みづ穂は立ち止まった。

 足元に銃弾が埋まっている。銀獅子が林の奥へ消える。

 見上げた。びくりと肩を揺らし、陽は構えた銃を下ろした。

 髪をかきあげ、下りて来るよう指先で招く。

 陽はすとんと飛び下り、その場にしゃがみこんだ。

「……今のは何? 狙いが外れたの?」

 爪先で銃弾を掘り起こす。うう、と陽は呻いた。

「それとも、狙ってここを撃ったの?」

 陽は何も言わない。

「撃てば銀獅子を仕留められたかもしれないのにね。まあ、あいつは治癒力がすごいから一発くらいじゃ無理だろうけど」

 掘り起こした弾丸を蹴る。ぽそりと音を立てて陽の前に落ちた。

「……わざとよね」

 陽の肩が揺れた。

「どうして? 何で邪魔をしたの?」

 陽は何も言わない。じっと目の前の弾丸を見つめている。

「前のもそう? 座標軸間違えたなんて嘘なんじゃないの? 普通は間違えないもの。わざと座標軸を間違えたの? それとも、ちゃんとした座標軸を知らないのか……。っていうことはつまり、使徒ってのは嘘って事になるわね」

 座ったまま陽はじりっと後ろに下がった。

「あたしが銀獅子を狩るの、邪魔してるわよね。座標軸間違えたのも……わざとあの位置狙ったのかもしれないけど……今、あたしの足止めをしたのも」

 どうして、と詰め寄る。

 じりじりと陽が後ずさる。どんと背を木にぶつけ、陽は止まった。

 蜜蜂の話を思い出す。

 新種の強い妖獣。

 狩人の邪魔をする者。

 ぴたりと銀獅子と陽に当てはまる。みづ穂は陽に銃を突きつけた。

「……あんたは合成獣の守り人なんじゃないの?」

 陽が瞬く。

 陽は唇を噛みしめ、ゆるゆると首を横に振った。

「嘘」

「……ち、がう」

 合成獣は強い。だが造るのに大金がかかる。すぐに狩られてしまっては困る。妖水晶だって通常の物とは違う。狩られると不審に思われる。だから合成獣を守る、守り人がいる。

 今朝の蜜蜂の話――。

 新種の強い妖獣――合成獣のことだ。

 狩人の邪魔をする者――守り人のことだ。

 彼に聞いた話は、ぴたりとそれらに符合する。

 銀獅子の強さは並大抵ではない。以前からもしかすると合成獣かもしれないと思っていた。だが守り人はいない。だから違うと思っていた。

 しかし陽が現れた。

 陽はみづ穂の邪魔をした。

 一度目は偶然邪魔をしてしまっただけだろうと思っていた。だが、先程のは明らかにそうだった。

 手を組もうと言ったのは、本当に銀獅子狩りに協力してほしいからだった。

 だがどこかで、陽が守り人である事を確認するために言った部分もあったのかもしれない。

 陽がみづ穂と手を組もうという要求を呑んだのは、側にいる方がみづ穂の邪魔をしやすいからだろう。

「……合成、獣…………」

「そうよ」

「お、おれは、知らな……」

「とぼけないで」

 陽の眉間に銃口を押し当てる。

「……お父さんの企みは、とめてみせる」

「みづ、穂さんの……お父、さん……?」

「あんたの依頼主よ」

「い、依頼主なんて、……いない、よ」

「嘘」

「……嘘じゃない」

 銃を間に、陽はじっとみづ穂を見上げてくる。ごくりと喉が上下した。睫毛まで金色をしているのかと、ふとそんな事を思った。

 ふるえながら、陽は口を開く。

「使徒じゃないってのは、本当。……呪文とかちゃんと知らないけど、何か、できた、ん、だ。本物の使徒の人達が戦うところ、昔に見た事、あるから、たぶん……そのおかげ」

 みづ穂は銃を持つ手を替えた。

「みづ穂さんの、邪魔をした事も、本当。……けど、守り人とか、そんなのは、知ら、ない……。……これも、本当」

 銃を持つ手とは逆の手で、みづ穂は二本指を立てた。陽は首を傾げる。

「二つ、質問があるわ。まず一つ、何で使徒のフリをしたの?」

 それは、と陽は俯いてシャツの裾を握った。鳥の鳴く声が聞こえた。羽ばたく音も。

 陽の頬を汗が滑り落ちた。握ったシャツの裾をぐにぐにとこね回す。

 すう、と息を吸う音がし、陽はやっと口を開いた。

「…………逃亡中、だから。使徒ってのは、丁度、良い……隠れ蓑になると、思った、から……」

「逃亡って……。何をしでかしたのよ」

 ぎしりと陽の体が強張る。

 数拍の沈黙の後、何もしてはいない、と震える声で陽は言った。

「だ、だから……名前も、ちがくて……」

「……陽ってのは偽名?」

 頷く。そのまま陽は顔をあげない。

「……まあ良いわ。もう一つ。合成獣の守り人じゃないって言うなら、何であたしの邪魔をしたの?」

 更に陽は体を強張らせた。しゃがみ込み膝を立て、両腕でぎゅうっと抱え込む。

「……銀……、……獅子は……、に……中途半端な怪我、させても、駄目だから……。殺、す、……つもりなら、徹底的に絶対的な怪我、させなきゃ、いけない」

 小さな声で陽は続ける。

「じゃなきゃ、防衛プログラムが働い、て……、凶暴化、する。そしたら、止めるのは……すごい、難しい」

 陽は顔をあげた。頬を涙が滑り落ちる。手の甲で拭う。だがまたすぐに涙は溢れた。陽は膝に額を押し付けた。しゃくりあげる。

 みづ穂は銃を下ろした。陽の隣に腰を下ろす。

「……何で泣くのよ」

「す、すみませ……」

「謝ってほしいんじゃなくて、理由を聞いてるの」

「ぅあ、う……ごめ……あ」

 と、慌てて陽は両手で口を塞いだ。

 大きく息を吸って、大きく吐いて、肩口で陽は涙を拭う。

 もう一度深呼吸を繰り返した。

 それでもまだこぼれる涙を手の甲で拭い、陽はばちばちと両手で頬を叩く。強く目を瞑り、ぱちりと開く。

 陽は茂る葉の向こうの空を見上げ唇を噛んだ。何も言わない。

 おそらく、何度聞いても答えないだろう。そんな気配がする。

 ならば無駄な労力は使うまい。みづ穂は息をついて、話題を変えた。

「……ほんとあんたってすぐ泣くわね」

「う、あ、ごめん、なさ……」

「逃亡中だっていうんならさ、あんたって特定できないようにそのすぐに泣く癖、直したほうが良いんじゃない?」

「へう……が、頑張り、ます……」

 言うや否や、陽はへらっと笑ってみせた。

 立てた膝に肘をつき、みづ穂はへらへら笑う陽を半眼で眺める。

「……それはそれで何か不気味ね。普通にしてれば良いのよ、普通に」

「ふ、普通……」

「ああ、そのびくびくおろおろしてんのが陽の普通だもんね。そうね……うん、まあ良いわ。あんたが捕まろうが捕まるまいが知ったこっちゃないもの」

「うう……」

 またぞろ涙を滲ませる陽だ。顔に花柄のハンカチをべしりと投げつける。

「あげる。袖とか肩とかで拭いたら痛いでしょ」

「う、あ……りが、とう」

 いいえ、とため息まじりに言う。怒ってる、と陽が小さく不安げに呟いた。

 別に怒ってはいないが、否定するのも何だか面倒くさかったので何も言わずにおいた。

 陽は膝を抱えてぼんやりと遠くを眺めている。目の淵が赤くなっていた。

「……陽は使徒じゃない。狩人でも…………そう、ないのね。警察? じゃ、ないわよねやっぱり。使徒でも狩人でも警察でもない。でも銀獅子を狩ろうとしている。そして、銀獅子の事を詳しく知っている。けれど、守り人の事は知らない」

 陽は遠くを見つめたままみづ穂の声に耳を傾けている。

「……ねえ、あんたはいったいどうして銀獅子を追っているの?」

 いったい何者なの、と言外に含ませる。

 陽はこちらを向いた。だがすぐに視線を逸らして俯いた。

「……個人的、な、理由だよ」

「答えになってないわよ」

 ごまかすな、とみづ穂は陽の顔を覗き込む。

 陽はみづ穂から逃れようと顔を精一杯背ける。それでもしつこく陽の側頭部をじっと睨んでいると、やがて観念したように陽はぽつりと口を開いた。

「……弟、を……救いたい、から」

「弟……」

 陽は膝に額を押し当て長く重いため息をついた。

「……そうすべき事と、しなきゃいけない事と、自分のやりたい事が、一緒だったら、良いのに、なあ……」

「…………そうね……」

 何を思って陽がそう言うのかは分からないが、それでもその気持ちは分かる。

 自分がすべき事は分かっている。それを実行するための方法も分かっている。だがそれは、自分のやりたい事とは全く方向を逆にしている。

 ため息が重なった。ちらりと視線が交わり、小さな苦笑も重なった。

「あ、あの……みづ穂、さんは……」

「何?」

 首を傾げ、先を促がす。だが陽はええとを繰り返すばかりで何も言わない。うう、と呻きながら陽は俯いた。ちらちらと横目でこちらの様子を窺ってくる。

 ちらちらちらちらちらちら。

 みづ穂は立ち上がって陽の頬を両手で抓った。

「何・なの・よ!」

「へぐぅぅぅ……二回目ええ……」

「さっさと言いなさいよ!」

「言います、言い、ますううぅぅ」

「もうっ、イライラするわねほんと!」

「いーたーいぃー」

 手を離す。陽は頬を押さえて、みづ穂は拳を握り締めて、互いにぜえはあと息を切らしていた。

「あーもー無駄に疲れたじゃないの……」

 こめかみを押さえて、みづ穂は心を落ち着けた。陽は頬を押さえながら上目に見上げてくる。涙が滲んでいた。少しばかり罪悪感が湧いた。

 隣にもう一度座り、気まずさを誤魔化すために一つ咳払いをした。

 陽がちらちらとこちらを窺ってくる。みづ穂は辛抱強く陽が口を開くのを待った。一つ、二つ、三つ。大きく深呼吸を繰り返す。

 丁度四つ目の深呼吸が終わると同時に、陽は口を開いた。

「あの……っ、何で……。ええと、何でみづ穂さんは、その、合成獣とか、守り、人の事とかを、知って……ぅあ、ごめ……むぐ」

 陽の口を手の平で塞いでやる。無駄な謝罪は欲しくない。

 手を口から離す。ぷはっと大きく陽が息を吸った。

 みづ穂は両腕で膝を抱え込んで顎先を膝に埋めた。

「……そうね。あんたの事詮索するだけしといてあたしの事話さないのは卑怯よね」

 陽は「ああ」だの「うう」だの言いながら首を振りつつ手もばたつかせた。おかしげな動きにみづ穂はぷっと吹きだした。

「何なのその動き、気持ち悪いわね」

 くすくすと笑う。陽は首を傾げ疑問符を浮かべる。

 ひとしきり笑ったあと、みづ穂は息をついて笑みを収めた。

「……良いわ、話したげる。あたしが合成獣の事とか知ってる理由」

 おそらく(限りなく絶対に近いおそらく)合成獣や守り人の事を知っている狩人は自分だけだ。そもそも、自分が狩人になったのはその合成獣の為だ。

 みづ穂は膝に頬を預け、陽を見上げた。

「合成獣を造ったのはあたしのお父さんなの」

 陽の薄茶の目が大きく見開かれる。

「……お、父さん、……って……。さっき言って、た……」

「そう。……あたしのお父さんの名前はね、宗方昭三。……『神』を造った宗方幸三の孫よ」

 陽が息を飲んだ。


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