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銀色と黄金宮  作者: ろく
3/12

第二話

 ふうと一息ついて窓の外に目をやる。

「……ぅぬ!」

「うお、びっくりした。どした?」

 蜜蜂の慌てた声に、みづ穂は何でもないと笑って首を振った。

 見間違いかもしれない。金髪の男なんてそこら中にいる。カップをソーサーに戻し、もう一度窓の外を見る。

「…………やっぱり!」

 何なにと蜜蜂が首を傾げる。

 昨日のあいつだ。

 ひょこひょこと人ごみの合間に金の髪が揺れている。あれほどに眩い見事な髪は、やはり昨夜のあいつしかいない。

「ごちそう様! 愚痴聞いてくれてありがとう!」

 慌しく銀貨をテーブルに叩きつけ、みづ穂は店を飛び出した。

「みづ穂ちゃん、お釣りはー?」

「いい!」

 背を追ってきた蜜蜂の声に叫び返し、みづ穂は全速で少年の後を追った。

人々がみづ穂の必死の様相に道をあける。先程はそれが腹立たしかったが、今はありがたい。……まあ多少はむかつくが。

 程無くしてみづ穂は彼に追いついた。

「ちょっとあんた!」

「ぅあ、え?」

 がっしりと背後から肩を押さえる。振り向いた彼の腕を両手で掴み、自分の方へと向き直らせた。

「昨日の説明、してもらうわよ」

「え、ええと……? えー……?」

「自分のやった事覚えてないの? 信じらんない!」

 拳一つ分ほど背の高い彼を、みづ穂は口を尖らせてねめつけた。彼は小首を傾げ、整った白い面にだらだらと汗を流している。

「えっと、その……。おれは……そのー……」

「何よ」

 じり、と彼が後ずさる。逃げられないよう、みづ穂は腕を掴む手に力を込めた。

「ちゃんと説明してよね」

「いいい痛いいいい、う、腕……はなし……」

「逃げない?」

「に、逃げ、逃げない……です……」

 たぶん、と彼は小さく付け加えた。みづ穂が睨むと、絶対! とぶるぶると首を振って背筋を伸ばした。みづ穂は力を緩めた。

 ふと、周囲のざわめきにみづ穂は気付いた。いつの間にやら二人の周りに人だかりができている。

 何だ何だ痴話喧嘩か? 兄ちゃん頑張れー、などささめく声が聞こえた。

 みづ穂は人の輪をきっ、と睨んで威嚇する。人々は首を竦めて名残惜しげに散っていった。

 大きく嘆息し、みづ穂は彼の腕を引いた。人通りの少ない小路へと連れて行く。彼はびくびくしながらもみづ穂に従った。

 店裏に積み上げられた木箱に、彼を座らせる。みづ穂は彼の前に立って腕を組んだ。にいぃっこりと頬に力を込めて笑顔を作る。

「あんたよね? 昨日あたしの邪魔をしたヤツ」

「う、えぇ……その……はい……ええと……」

「何であんな事したの?」

 彼は黒いズボンをぎゅうっと握り締め、首を竦めてみづ穂から視線を逸らした。彼が口を開くのをじっと待つ。

 ええと、と彼は上目にこちらを見上げてきた。眉は情けなく下がっている。薄茶の目――光の加減によって、時折金にも見えた――が涙で揺れている。何? と笑みを深めると、彼はさっと目を逸らした。

「その……邪魔……したんでは、なくって……。ざ、座標軸を、ですね。…………間違えて、しまって……」

「はぁ?」

「ごっ、ごめ……っ……ん、なさ……」

 びくっと肩を揺らして彼は縮こまった。みづ穂はこめかみを押さえて、鼻から長く息を抜いた。

「普通間違える? 座標軸の特定なんて使徒にとっちゃ基本の基本でしょ?」

「へぅ……す、すいませ……」

「……まああんたならやりそうだけど……。そうだ、あんた名前は? いつまでもあんたあんたって呼ぶのもなんだし」

「な、名前……っ」

「あたしはみづ穂。よろしくね……って言ってもよろしくしてもらう事なんて、この先無い可能性の方が大きいけど」

 みづ穂は彼の手を掴み、半ば無理やり握手した。彼の冷たい手はじっとりと汗で濡れていた。そして震えていた。

 彼は握られた手を、ぽっかり口を開けて見つめている。ほああと意味の無い声をあげて何度も瞬きを繰り返す。白い頬が真っ赤に染まっていた。

「あっ、あく、握手っ!」

「……そうね、握手ね」

「はじっ、初めてで!」

「…………そう……」

「おれっ、陽!」

「よ?」

「おれのっ、名前!」

 きらきらとした目で彼は笑う。

 そんなに握手が嬉しかったんだろうか?

 教会に友達はいないのだろうか? 

 もし自分が教会で一緒に勉強していたとしたら、まあ確かに友達にはなれないタイプだとは思うが。

「陽ね、陽。……そうだ、あんた使徒服は?」

「へ」

「黒いびらっとしたやつ、使途の人って着てるじゃない。それに妖水晶の欠片は? 皆首からぶら下げてるでしょ?」

「……う」

 陽は笑顔を引っ込め、一転暗い表情で俯いた。もじもじと指先を突き合わせる。

「……お、…………追剥ぎに……」

「はあ?」

「ご、ごめ……っ」

「いや、あんたが謝るとこじゃないわよ。何それ、それで? 盗られたのに追わなかったの?」

「うぅ……」

「そんな時こその呪文じゃない。使ったら捕まえられたのに!」

「で、でも……人相手には使っちゃ、いけ、ない、し……」

「そうなんだろうけど! もうっ、おバカ!」

「へうぅ……」

 涙目で陽は俯いた。まあ、彼を責めても仕方がない。奪われる方も悪いが、奪う方が圧倒的に悪いのだ。

 ふうっと息をついて心を落ち着ける。髪をかきあげ、みづ穂は俯いた陽の前にしゃがんだ。顔を覗き込んで首を傾げる。

「あともう一つ聞きたいことあるんだけど」

「う、な、何?」

「何で昨日逃げたの?」

 答えろ、と有無を言わさない笑顔で詰め寄る。陽はうう、と呻いて小声で謝り、続けた。

「お、怒られる、と……思って……」

「そりゃ怒るわよ、邪魔されたんだもの」

 邪魔、に特別にアクセントを置いて言うと、陽はへぐぅ、と妙な声をあげた。何だかだんだんと彼と話す(というか彼をいじる)のが楽しくなってきた。

 にんまりとみづ穂は笑った。

「あたし、すんごい傷ついちゃったのよねー。ああ、あたしって逃げだしたくなるほど怖い顔してるのかなーって」

「う、違うっ! 顔はっ、ふつ、う! 怖くない、よ!」

 ぶるぶるぶるっと陽は首を振る。そして、ごめんなさいぃ、と涙を落とした。ぎょっとしてみづ穂は言った。

「ちょ、泣かないでよ。そこまで怒っちゃいないわよ」

 すいませんんんん、としゃくりあげながら陽は涙を落とす。

「あ、あたしが悪い事したみたいじゃないの。もうっ、扱いにくい奴ね……って、怒ってるんじゃないわよ。 ああもう! 泣かないの!」

 こくりと頷き、陽はぐいぐいと両手で涙を拭った。みづ穂はほっと息をついた。

 焦った。まさか泣き出すとは思わなかった。

(……いじるのは楽しいけど、いじりすぎには要注意ってわけね)

 立ち上がり、陽の隣の木箱へ腰を下ろす。みづ穂が隣に座ると陽はびくっと肩を揺らしたが、みづ穂が何も言わない何もしないのを確認すると、肩から力を抜いた。

 そんな陽を横目に、みづ穂は足をぶらつかせながら考える。

 いったい陽は何歳なんだろうか?

 見た目からすると自分と同じくらいだ。だがそう見えるだけでもっと年下なのかもしれない。

 というか、同い年でこの言動はナイだろう。まあ単に人付き合いが苦手で、内向的なのが過ぎるだけなのかもしれないが。

「ねえ」

「ぅあ、へいっ!」

「何よへいって……あー良い良い、謝らなくて。怒ってないわよ」

 半眼でひらひらと手を振る。

「ねえ、陽って何歳なの?」

「おれ、の、歳?」

「そう。あんたの歳」

 陽は無言で首を右に傾げた。

 真上、右、真下、左の順でぐりぐりと眼球が動く。左に視線を流したまま、こくっと首を左に傾げた。

「分から、ない」

 はあ? と声にしそうになって、みづ穂は声を飲み込んだ。言ったらきっとまたびくびくと陽は謝るだろう。きょどきょどと謝られるのは不愉快だ。謝ってほしい時以外に謝罪の言葉はあまり聞きたくない。何だかイライラするのだ。

「知らないの?」

「え、あ……う……ごめ」

「謝らなくって良いって」

「ご、ごめ……あ、いや……うぅ……」

 呻きながら陽は俯いた。ちらちらと横目でこちらの様子を窺ってくる。

 ちらちらちらちらちらちら。

 みづ穂は立ち上がって陽の頬を両手で抓った。

「何・なの・よ!」

「へぐぅぅぅ……お、怒って……」

「怒ってないわよバカ!」

「やっぱり怒ってるうぅぅ」

「怒ってないって言ってんでしょうが!」

「いーたーいぃー」

 手を離す。陽は頬を押さえて、みづ穂は拳を握り締めて、互いにぜえはあと息を切らしていた。

(あーもー無駄に疲れた……)

 胸を押さえてみづ穂は呼吸を落ち着けた。

 その時だ。


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