前編
黒い髪と青い瞳の高貴なる姫君。
白い花の似合う君に、僕は・・・、恋をした。
この地上から、女神の加護が消えて久しいと嘆かれている、今日この頃。しかし、彼女こそは女神の加護を受けた稀有なる聖女。いいや、女神の化身と言っても過言ではない。
「ごきげんよう、シュベルツさま。いいお天気ですね。」
澄んだ鈴の音のような声。可憐な話し方は、そう女神様だ。
いつも決まった曜日のこの時間帯、この教会に来る彼女は、今日も変わらぬ華のような笑顔を浮かべている。紺色のシンプルなワンピースドレスに、総レースの黒い日傘。クリーム色のショールを羽織っている。ドレスの紺色が肌の白さを強調させて、華奢で可憐な彼女を一層、際立たせているようだ。
「お、お久しぶりでございます。ご、ごきげん、うるわしゅ、く・・・。
ルティアさまに、おかれましては、今日も、その、お、お美しく・・・。」
くすんだ金髪と茶色い瞳をした、小奇麗に着込んだ貴族の装いにしては、しかし、いまひとつ冴えない青年は、俯きながら、天にも舞い上がる思いで、たどたどしく挨拶を交わした。ルティアよりも5歳も年上というのに、なんと情けないことこの上ない。
「ルティアさまー。来てくれたのー。」
「ルティアさまだー。」
「こんにちわー、ルティアさま。」
教会に併設された学校から、帰りがけの子供たちが出てくる。
「まあ、こんにちは。みんな、元気いっぱいね。」
日傘を畳んだ彼女は、子供たちと目線を合わせるために、腰をかがめた。彼女にじゃれ付く子供たちは元気いっぱいに、それぞれルティアの手を引っ張り、ぴょんぴょん飛んで、うれしい様子を伝えている。
ああ、なんて美しいんだ。
シュベルツは、その光景を見るだけで感無量といった様子で、ぐっと拳に力を入れた。
「もしお時間があるなら、シュベルツさまもご一緒に、・・・。」
子供たちと過ごしませんか?と、問いたかったのだが・・・。
ごとっ。
小気味良い音と同時に、ルティアの真横にシュベルツが倒れた。
ルティアは、子供に合わせて腰をかがめていた。そのために、上目遣いにシュベルツへ話しかけてしまったのだ。それがいけなかった。そして、青い瞳を直視してしまったシュベルツは、緊張と興奮、歓喜のあまり、足元がもつれて、地面へと一直線に落ちてしまったのだ。
顔面から、きれいに。
「きゃっ。シュベルツ様!!
大変!!大丈夫ですか?あ、あの、お怪我はございませんか?」
「あの、今、お手を・・・。」
ルティアは、あわててシュベルツを起こそうと手を掛けようとした。
「しゅべるつさま、大丈夫―?」
慌てるルティアに対して、子供たちは以外にも冷静だった。
それもそのはず、シュベルツが倒れた原因は、小さな子供たちですら、なんとなく分かっているのだから。
結局、ルティアより早く、子供たちが4人掛りで手を取り、シュベルツをいち早く起こしにかかった。
と、馬が全速力で近づいてくる、蹄の音がしたかと思うと、目の前に突如、王子様が現れた。
「ルティア、また、1人で外出したのか?1人で出かけてはいけないと、あれほど言っただろう?」
馬の鳴き声とともに、馬上より声が聞こえた。
「お兄様、・・・。」
ルティアは驚き、瞳を見開いた。そして、いたずらが見つかった様な、笑み。
「おいで、ルティア。」
馬上より金髪青眼の兄が、ルティアに手を差し伸べ、声を掛ける。
さながら、お姫様を迎えに来た、王子様の様に。甘い笑顔で。
それに答えて、手を差し出そうとしたルティアは、傍として我に返った。
「あっ、シュベルツ様。」
麗しい黒髪が翻り、ルティアが後ろを向くと、鼻を押さえながら立つシュベルツが居た。その姿を見てほっとしたのは、束の間。次の瞬間、ルティアの身体はふわりと浮いて、馬上の兄の腕の中に抱えられていたのであった。
手にしていた日傘は、地面へ落ちた。
「お兄さま。あの、シュベルツ様が、お怪我を。」
「ルティア、ルティアは、私の言うことを聞いてくれなかっただろう?
だから、私もルティアの言うことは聞けないよ。」
王子様は、一瞬にして笑顔から不機嫌顔に早変わりした。
「あっ、あの、でも、ちゃんとみんなに言ってきましたのよ。黙って、出たりはしていませんわ。」
ルティアは、焦ったように、眼をそらしながら釈明した。が、しかし、それは言い訳していると言っているようなものだ。
「ああ、私がいいと言ったと、皆に言って出てきただろう?
確かに、教会と学校への外出は許可した。しかし、護衛つきの条件でのことだっただろう?残念だが、1人で出歩いて良いと言った覚えは、ない。」
返す言葉もない。ルティアは、俯いて、そして兄の腰に手を回し、ぎゅっと抱きついた。
「・・・、ごめんなさい。」
ルティアは、消え入るような声で、謝罪した。
「我が妹が邪魔をした。失礼する。」
手綱を裁きながら、シュベルツを一瞥すると、颯爽と馬を操り駆けて行った。そして去り際に、氷の貴公子と呼ぶにふさわしい、眼光を放ち、シュベルツ以下子供たちは、凍った。
「・・・、さすがは、氷の貴公子。」
氷の貴公子とは、ルティアの兄、ラディシルの異名である。
シュベルツも貴族の端くれであり、父親は王都エル・セル・ラルトの現市長である。しかし、四大公家の一つであるカミュール家には、遠く及ばず。家柄、政治的地位、財力とどれをとっても格の違いは明らかであった。
「・・・、ああっ。女神様。今日も、お美しくていらっしゃった。名前を呼んでいただけるだけで、お声を掛けていただけるだけで、僕は、もう、死んでもいいっっ!!」
拳を握り、天を仰ぐその姿を、子供たちは遠い目で見守った。
「い、いけない。女神様に、ルティアさまに、花を渡しそびれてしまった。新しく、届けなおさねば。」
ぐちゃぐちゃに、自分の下敷きになったしまった憐れな白い花を見てシュベルツは、我に返った。今日は女神様に木蓮の花を渡しそびれたと。
「ねぇ、シュベルツさま、これ、僕らが貰っていいのかな。」
少し年長の子供が、ルティアの置いていった籠の中身を指して言った。菓子と絵本が数個入っている。
「ねえねえ、お菓子食べていい?」
「シュベルツさま、絵本読んでー。」
小さい子供たちは、シュベルツの手を引き、それぞれ問う。毎週、ルティアは、お菓子や絵本を持って、教会や学校へ来てくれる。籠の中身は、子供たちへのプレゼントに間違いは、ないだろう。
「ああ、ルティア様に、お礼の手紙を書くんだぞ。」
そうだ、そして、日傘と籠と届けながら、花を贈ろう。もちろん、今が時期で、彼女が一番好きと言っていた木蓮の花と一緒に。きっと、喜ばれるに違いない。そう思い立つと、こうしては居られない。シュベルツは、通りの花屋に走っていった。
「ああなんて、素敵な日なんだろう。女神様に会って、己の身を心配してもらい、そして、花を贈れるのだから。」
スキップしながら、花屋へ急ぐ、エル・セル・ラルト現市長の息子。その理由は、言わずもがな、花屋の女将は、事情を知っていた。女将もルティアの信者の1人である。
「今日は、木蓮を多く仕入れていて良かったよ。」
木蓮を買った、市長の息子を見送りながら、独り、花屋の女将はつぶやいた。
赤獅子と呼ばれる軍神、王太子、元傭兵の護衛、双子の片割れの神父、王都一の癒し手、司祭様、そして現市長の息子、みんな一束ずつ買って行った。
「さてさて、誰に軍配が上がるやら。」
きっと、沢山の花を贈るとルティアは、突っ返すのだろう。なので、一束づつなのです。
以前、一度カミュール家が、花だらけになった経緯があるため・・・。




