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オーバードライブの果て

 ――西暦2014年。日本。

 黒い服を着た人々が帰って行く。一人、また一人。

 通夜が終わってから何時間経っても彼は立ち上がる事が出来なかった。

 涙は枯れる事無く溢れてくる。どうして、本当にどうして彼女は逝ってしまったのだろう?

「パパ……」

 その声で顔を上げた。彼の幼い娘が少し離れた所に立っている。

「おなかすいたよ、パパ。はやくかえろう」

 娘に言われてこんなに時間が経っている気付いた。

「そうだな、もう帰らなくちゃな」

 いつまでも、もう居ない彼女にすがりついては居られない。自分はこの子の父親なのだ。

 立ち上がり、娘の手を取って歩き出す。

「ねえパパ。きょうもカレーなの?」

「昨日はシチューだっただろ?」

「いれるルーが違うだけでしょ」

「ごめんな。パパ、カレーしか作れないんだ」

「ふーん、じゃあなんでママがおりょうりしないの?」

「……」

 男は足を止めた。

「なんでママおりょうりしてくれなくなっちゃったの? もうびょうきはよくなって、げんきにもどったんでしょ?」

 男には言えなかった。先週から妻が自宅に戻っていたのは、残された時間を娘と過ごすためで、病気が治ったからではないと言う事を。

 妻が娘を心配させないため嘘をついたのだろう。なんと罪深い嘘なんだ。

「ママ、びょうきのまえみたいにおりょうりつくってくれたじゃない。どうしていなくなっちゃったの?」

 男はたまらず、娘を力いっぱい抱きしめた。

「ごめんな。ごめんなレオナ。ママはもう居ないんだ」

 泣きじゃくりながら男は言う。

「ママはな、死んじゃったんだよ」

「……うそよ」

「本当なんだ。これからはパパが料理を作る。洗濯も掃除もする。パパがレオナのために生きるから。ママの代わりの分も全部」

 一層強く抱きしめる。そうして居ないと、何か大事な物が壊れていく気がした。

 しかし、

「やだよ」

 娘が男の腕を振りほどいた。

「ママじゃないとやだ! パパにかわりなんてできないよ!」

 娘が泣き叫ぶ。

「レオナにはママがひつようなの!」

 もう、男の目から涙は流れなかった。

 人は本当に絶望に追いやられると、涙すら出無くなる。


 ――半年後。

「奥さんを……生き返らせる?」

「そうだ。理論上可能さ」

 男はかつて大学に居た頃の院生を一人呼んで言った。

「……確かに、奥さんと適合する骨髄ドナーが今後現れれば、過去に戻って移植すれば……」

「ああ、その方法なら諦めたよ」

 酷く淡白な口調で男は相手の台詞を遮った。

「同じようにドナーを待つ人間が世界中にうじゃうじゃ居る。既に死んだ人間の為に骨髄をくれる物好きなんて居ないさ」

「じゃあ、どうやって?」

 男は相手に新聞を投げてよこした。開かれた記事は「白血病の新たな治療法が確立 十年以上の延命可能に」。

「半年。たった半年だ。半年医療技術が進むのが早ければ、彼女はまだ死ななかった」

「……まさか」

「そうだよ、陣内。世界の技術進歩を加速させるんだ。時間移動ができれば可能だろ?」

 陣内は息を呑む。

「……考え直す気は無いのか?」

「無いね。レオナには母親が必要なんだ」

「それなら再婚でもすれば……」

「だって、それは彼女じゃないだろう?」

 不気味な笑みを浮かべる男。

「なあ陣内。レオナには彼女が必要なんだ。誰も代わりなんてできない」

 男が陣内の肩に手を乗せる。

「ざっと百年以上加速させれば、確実だろう? 協力してくれ」






 強烈な右ストレート。後輪を軸に車体を回転させ、ひらりとかわす。

「猪口才な!」

 グリズリーの両腕が俺を叩き潰そうと上から迫る。とっさに電磁力をオンにし、階段の手すりに吸いついて避けた。

 シンドウの猛攻は更に続く。俺はなんとかラットランナーの機動力を活かしてかわすが、一向に反撃できない。

 シンドウは苛立ちからか、段々と冷静さを失って行っていた。会社ビルが壊れるのも気にせず、グリズリーの腕力を目一杯振りかざす。操縦の邪魔だと考えたのか、スーツの上着も脱ぎ捨てた。

 次第に俺は通路の一つに追い詰められていく。諦めてその中へと逃げ込む事にした。

 無理にあいつの相手をする必要は無い。俺の目的はレオナを助け出す事だ。

「逃がすか!」

 慇懃無礼な態度はどこへやら、顔を歪めながらグリズリーを駆って追ってくるシンドウ。

 曲がり角をドリフトで曲がる。その先にドアが開いている部屋が見えた。迷わず中へ。

 ラットランナーが滑り込むと同時に、グリズリーのずんぐりした体が入口を塞いだ。

「残念だったな、行き止まりだ」

 しまった……。

 そこは確かに行き止まりだった。広くて天井の高い部屋だが、たくさんの機械が積み上げられているおかげで大分狭い。

 よく見ると機械は全てジャンクパーツ。アオイ社の中で出た失敗作の商品類なのだろう。

「クズはクズらしく、ごみ溜めに辿りついたか。まったくクズらしい最後だよ」

 ジリジリとグリズリーが間を詰めてくる。

「おいおい、クズとは失礼じゃねえか。俺みたいなこそ泥だって一生懸命生きてるんだぜ?」

「私にとってはこの時代の人間全てがクズだ。与えてやらなきゃろくな技術も持ってない原始人だ」

 聞く耳なしか。とにかくこの状況をなんとかする方法を考えなくては。

 俺は辺りを見回す。しかしどんなに使える物を探してもあるのはジャンクパーツだけ。

 その時ひらめいた。ならばそれ全体を使えば良い。

「しかしこんな原始時代に居るのももう終わりだ。ついさっき完成した」

「……何がだよ?」

 俺は気付かれないようにバイクの後輪に巻いたコイルの留め具を外した。ぶらんと力無くコイルの端がぶら下がる。

「タイムマシンさ。こちら側の時代でもう一度作れば、また私たちの時代へ戻れるだろう?」

 コイルの端を手で曲げる。上手い具合にかぎ状になった。

「そう言えば、貴様らの両親は工場を社長に潰されて自殺したそうじゃないか? うちの社長の目的の為の尊い犠牲、感謝するよ」

「……言いたいのはそれだけか?」

 俺はかぎ状にしたコイルの端をグリズリー目がけて投げた。思い通り肩と腕との間の関節部分に引っかかる。

 間髪入れずに俺はアクセルを入れ走りだす。

「諦めが悪い!」

 振り下ろされる腕、脚。狭い部屋の中のスペースをフルに使って避け続ける。

 なるべく、グリズリーの周りを回るようにしながら。

「……な!?」

 シンドウが異変に気付いたのは俺がグリズリーの胴体にコイルを巻ききってからだった。

 銅線が乱雑に巻かれたグリズリー。これだけでは何も起きない。

 しかし、俺が電磁力のスイッチを入れれば……。

「すごい技術を持った未来人様なら当然知ってるよな? 心棒にコイルを何重にも巻き付けた物をなんて言うのか」

「……電磁石」

 その通り。ラットランナーもホイールの中心に心棒を取り付け、そこにコイルを巻いて作った電磁石であらゆる鉄の上を走っている。

 今そのコイルは心棒の役割をするグリズリーの胴体に巻き付いていて……。

 電磁力のレバーに足を延ばす。

「や、やめろ!」

 シンドウが叫んだが――俺はもうスイッチを入れていた。

 コイルに電流が流れる。そして発生する磁場。その中心はシンドウの乗るグリズリー。


 ズズッ


 ジャンクの山の一つがグリズリーに向けて少し動いた。


 ズズッ ゴゴッ


 磁力に引き寄せられてジャンクパーツたちが蠢き始める。

 ラットランナー本体も引き寄せられるのを感じたので、俺は迷わず飛び降りて部屋の外に出た。

 まるでそれが合図だったかのように、タイミングを合わせてジャンクが宙を舞った。磁力の渦の中心へとネジとモーターが飛び付く。シンドウごとグリズリーを包み込むように冷蔵庫とラジオの残骸が吸い付く。ラットランナーもグリズリーを襲う機械の群れに加わった。

 シンドウの断末魔が聞こえる。

 その様はまるで捨てられた機械の怨念たちが恨みを晴らすべく襲いかかっているようだった。電流は流れ続け全てのジャンクが吸いついて巨大な団子のように固まっても止まらない。

「まったく、どっちがクズらしい最後だよ?」

 続く絶叫を聞きながら、俺は部屋を後にした。




 ――アオイビル最上階。

「これ……」

 レオナは目の前に広がる巨大な空間を見て絶句した。

 大きな画面。大きなパイプ。大きなランプ。機械を冷却する為のファンが低い音を立てて回っている。

 ワンフロア全てぶち抜いた無機質な部屋の中彼女は父親と二人で立っていた。

「見覚えがあるだろう? 私たちの時代で作ったのとまったく同じものだからな」

 そう、彼女はこれと同じ装置でこの時代へやって来た。

 ジンナイが操作をし、父が行ったのと同じ場所・時代に設定。電源をチャージしている間に転送ボックスの中へ。

 ボックスの中は一辺が十メートルほどの立方体状で、その中でお守りを手渡された。

 ――これはお守り。全ての鍵です。

 あなたが持つべきだ、と言ってジンナイはレオナの手の中にそれを置いた。

 あの時と同じ風景を見ていると、忘れていた出発前のいろんな事が思い出されてきた。こっちに来てからは驚く事の連続で、体感的には数時間前の出来事なのに、ずっと昔の事のように思える。

 でも、もう彼女は疲れてしまって何も出来なかった。何も考えたくなかった。

 このまま知らんぷりしているのも良いかもしれない。もしも父の言う事が本当なら私は平穏な日々を取り戻せる。


 ――そう、私だけ・・


「ノウハウは出来ていたが、やはりこの時代だと材料の入手が大変でね。もう一度作るのに何年もかかってしまった」

 ヨシノブはモニターが備え付けられた装置の前まで行き、いくつかキーを叩く。

「でもやっと完成だ。後は転送に必要な電力を集めるだけ。その準備も既にしてある」




「駄目だ! もう燃料が切れる!」

 オーヴィルが悲鳴を上げた。

 海沿いに逃げる内に、太陽はほとんど水平線の向こうに姿を隠そうとしていた。それでもまだグリズリーの群れは追ってくる。

「嘘! どうにかしてよ!」

「無茶言うなよ! 燃料なしでどうやって走れば良いのさ?」

 そして段々とバイクは減速し――止まった。

 わらわらとグリズリーの群れが幾重にも二人を取り囲む。

 どっちを向いても真っ黒な鉄の壁。逃げ場はどこにも無い。

「オヴ、あんたとウィルでバイクに機関銃付けてたじゃない? あれ使ってよ」

「無理だよ。あれ見た目だけの玩具だもん」

 輪から一体が抜けて近づいてくる。ノシノシと一歩ずつ、ゆっくりと。

 オーヴィルとリリーの二人は息をする事も出来ず、ただそれを見ていた。

 グリズリーの腕がリリーを掴もうと開かれ――停止した。

 街外れの荒野で音を立てるのは風だけ。一体だけでなく、他の数十体のグリズリーも何故か停止していた。

「……え、なんで? なんで?」

 首をかしげるリリー。オーヴィルはバイクを降り、近づいてきたグリズリーの体を調べる。

「どこも壊れて無い。燃料もまだ入ってる。って事は……」

 遠景の街に見える、アオイ・モーターズのビルを見つめるオーヴィル。

「……遠隔操作が止まった?」

 そこで二人は異変に気が付いた。

 今や太陽は完全に沈み、薄暗くなっているのに街に明かりが無い。




 ビル中の明かりが突然消えた。

「何だ?」

 俺はちょうど廊下を通ってエントランスホールまで戻って来た所。邪魔者も倒したしレオナの捜索を再開しようと思った矢先だった。

 何か明かりになる物を探そうと思い、うろつく。すると、何かを踏みつけた。

「何だこれ?」

 持ち上げてみると、さっきシンドウが脱ぎ捨てたスーツの上着だった。役に立たないので捨て置こうとしたが、ポケットに何か入っている。

 取りあえずここでは暗くてよく分からない。ガラスを通して外から淡い光が見えたので、一度ビルから出てみる。

 ポケットの中に入っていたのはレオナのペンダントだった。シンドウに奪われていたらしい。

 後でレオナに渡す為に俺のポケットに収める。そこでおかしな事に気付く。

 どうやら街全体が停電しているらしく、ビルの中同様一切電気が付いていない。しかしこのビルの周りは淡く明るいのだ。

 光源を探し、視点を上に向ける。

 ビルの最上階から溢れんばかりの光が放たれていた。まるでそこに街中の明かりが集められているかのように。

 稲妻のように波打つ光を見て俺は確信した。あそこに全ての元凶、ヨシノブが居る。

 きっと、レオナも一緒に。

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