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結末へのオーバーチュア

 トンネルに駆けて戻ると、オヴがスプレーを使って俺のバイクに塗装を施しているところだった。

「あ、ウィル! 頼まれた通りやってみたよ」

 見るとバイクの正面右側に小さく「RATRUNNER」と赤くペイントが入っていた。

 ああ、これをオヴに頼んだ時にはこんな事になるだなんて思わなかった。

 レオナを連れてここに帰って来た時には、混乱してはいたけどまだ非日常へのワクワクの方が大きかった。レオナの台詞が気に入ったのでバイクもラットランナーと呼ぶ事にしたんだった。

 でも、今は……。

「オヴ……レオナが攫われた」

 カラン。コロンコロン。

 オヴの手からスプレー缶が落ちて転がった。

「……え?」

「攫われたんだ。グリズリーで連れて行かれちまった」

「どうして……」

 オヴの顔が紅潮していた。手がスプレーを持つ形のままプルプルと震えている。

「どうして助けなかったのさ!」

 オヴの声がトンネルの中で反響する。何重にも重なって俺を責める。

「無理だったんだ……奴がその気になれば俺なんて……俺なんて……」

 一瞬で殺せたはずだ。

 シンドウの俺を見る目は蟻を踏んで遊ぶ子供の目そのものだった。

 敵わない。アオイ社なんてデカイ敵、戦えるはずがない。

「……弱虫」

 深く胸に突き刺さる言葉だった。弱虫。今の俺は本当に弱虫だ。

「誰が世の中を操ってるとか、そんな事が怖いのかよ!」

 何もかもが怖かった。自分の生きるこの世界が誰かの意図のまま動いてる事とか、連れ去られたレオナがどういう目に遭うのかとか。

「僕の知ってるウィルはもっと勇敢で格好良くて、誰かの為なら命だって投げ出すような人で」

「やめろ! 違うんだよ!」

 俺はそんな人間じゃないんだよ!

「悪戯半分で盗みをして、気まぐれで人助けして、でも本当に誰かが困っている時には体が動かない様なそんな人間なんだ、俺は!」

「……じゃあ、分かったよ」

 怒りを押し殺すように息を荒げ、オヴが手を差し出した。

「……なんだよ?」

「ラットランナーのエンジンキー。ウィルが助けないなら僕がレオナを助ける」

「駄目だ」

「ウィルはレオナを見捨てるんでしょ? なら今バイクは要らないじゃん」

 オヴの声がまた荒くなっていく。よく聞いてみれば怒り方がリリーにそっくりだ。

 見捨てるという言葉もまた突き刺さる。本当の事なのに。

「お前には自分のバイクがあるじゃないか」

「この街ではラットランナーの方が速い、そうでしょ?」

 俺よりずっと小さなオヴがこんなにも必死になってレオナを救おうとしている。アオイ社のビルを守るグリズリーの相手にもならないような小さな子供がだ。

 なのに……俺はこんな所で何してるんだよ!

「……なあ、オヴこういうのはどうだ?」

 そしてさっきの言葉をもう一度。

「お前にも自分のバイクがあるじゃないか。二人で助けに行くってのは?」

「……そういう事なら、良いよ」

 踏ん切りがついた。オヴには感謝しないとな。

「でも……僕たちどうすれば良いのかな? ただ突っ込むだけじゃきっと警備は抜けられない」

 確かに。向こうも俺たちがやって来るのを予想して警備を増やしているに違いない。

 その時、暗がりから声が聞こえた。

「作戦ならあるわよ」

 リリーだった。腕組みをしながら隠れ家のドアに寄りかかっている。

 しかし服がいつものリリーでは無い。まるで……その服は……。

「お前……」

「正直ね、私にとってはあの子の言う事が本当かどうかなんて関係無いの」

 そしてオヴのバイクに近寄り、かけてあったシートを取って後ろに乗り込む。

「そんな事どうせ証明できないわ。でも一つだけはっきりしてるのは、レオナを助けて目的を達成させてあげれば良いって事。もしレオナの話が本当なら歴史は元に戻って私は平和に暮らせるし、嘘ならあの子を追いだしてこれまで通りに暮らせばいい」

 そっぽを向いて、少し照れるように続ける。

「とにかく、このままじゃ何か釈然としないの!」




「レオナはどうしてる?」

 社長室に入って来たシンドウにヨシノブは静かに尋ねた。

「おとなしいものですよ。取りあえず見張りを二人付けました」

「十分だ。見張りを続けさせろ」

「了解しました」

 シンドウは短く礼をした後、ヨシノブのデスクの前まで近づき彼と向かい合った。

 ポケットから丁重に一つのペンダントを取り出した。レオナが首からかけていた物だ。

「この鍵はどういたしましょうか?」

「……お前に預けよう」

 一瞬判断に迷ったが、シンドウを信じる事に決めた。ジンナイには裏切られたが、奴以上に自分に忠実なシンドウになら任せられる。

「あと二時間ほどだが、それまで間に私の身に何か起きるかもしれない。その時は私の代わりにお前が我々の時代に帰り、計画を完成させるんだ」

「承知しました」

 再び鍵をポケットに収めるシンドウ。そしてそのまま部屋を渡って行く。

 まさに今、ヨシノブの時空を跨いだ計画が終わろうとしていた。

「長かったな……やっとまた会える」


 ジリリリリリリリリ


 社長室の電話が鳴った。内線だ。

 シンドウが足を止める。ヨシノブはすぐさま受話器を取った。

「私だ」

「社長大変です! スワーブ市内を警備していたグリズリーからの連絡です」

「……」

「お嬢様が、レオナお嬢様によく似た少女がバイクで街から逃げ出そうとしているとの事。もしやシンドウ様が連れて来たのは……偽物の可能性があります!」

「……」

「どうなさいます?」

「……即座に捕縛。ありったけのグリズリーを投入するんだ」

「捕えてある方は?」

「私が今から自分の目で本物か確かめに行く」

 電話が切れた。

「シンドウ、聞いていたな?」

「……はい」

 顔を青ざめさせながら頷いた。

「もしお前が連れて来たのが偽物だったら、どうなるか覚悟しておけよ」

 全身に怒りをたぎらせて、ヨシノブは乱暴にドアを開けて出て行った。




 その少女を乗せたバイクは堂々と大通りを走っていた。

 運転するのは赤毛の男の子。その背中に白い清楚な服に赤いリボンを胸元に付けた少女が掴まっている。顔を隠すようにベレーをかぶりながら。

 そしてその後ろを、多くのグリズリーが追っている。アオイ社が保有するグリズリーのほとんどが動員されていた。

「うまく行ってるわね」

 白い服の少女――リリーが囁いた。金髪でバレないように、しっかり髪は帽子の中に入れている。

「うーん、でも髪がベタベタで気持ち悪い」

 運転するのはウィルバーでは無くオーヴィル。スプレーを使い、金髪を赤毛に染めている。

「少しの間よ、我慢して」

「……にしても、どうして姉ちゃんそんな服持ってるのさ?」

「わ、悪い? 私だってこういう女の子らしい服着たくなるのよ」

 ウィルバーやオーヴィルと同じく、普段は古着ばかりのリリー。

 きっと憧れて自分で作ったんだろうな。夜中にこそこそと工房のミシン使っている事あったし。そんな事を考えながらオーヴィルはバイクを走らせる。

 変装は思いの外うまく行ったようで、見事グリズリーを引きつけることに成功した。

「後は、ウィルバーがうまくやってくれるのを祈るだけね」

 背後ではますますグリズリーが数を増している。まるで黒い津波が追ってきているようだ。

「ついでに俺たちの無事も祈ってよ、姉ちゃん。僕こいつら振り切れる自信無い」




 煙突を垂直に駆け上り、そこから教会の塔を経由して工場の屋根の上へ。

 平たく長いそこで助走を付け、また次の屋根へ。

 エンジンの具合は絶好調。俺は考えられうる最短のルートでアオイ社のビルを目指した。

 リリーの作戦がうまく行っていれば警備は手薄なはずだ。お世辞にもオヴの変装は俺に似ているとは言い難かったが、リリーの方はレオナによく似ていた。ああして見ると、あいつも女の子なんだよな。

 ビルまで着いた。外には誰も居ない。そのまま入口のドアガラスを突っ込んで破る。もしかしたら警報機が鳴るかもしれないと思ったが、それもどうでも良いと思えるくらい急いでいた。

 外では日が沈みかけている。なんだかそれが俺たちのタイムリミットのように見えて、気持ちが焦っていた。夕陽が沈んだらもう何もかも手遅れになるような気がして。

 どこかは分からないが、レオナはこのどこかに居るはずだ。建物の中を走るのは気が引けるが、スピードを考えるとやはりバイクで探しまわる事になるだろう。幸いビル内はどこも広く、小型のラットランナーなら楽々走って行ける。

 吹き抜けのエントランスホールからとりあえず一階を探していこうと思った時、そいつはやって来た。

「やはり来ましたか」

「シンドウ……」

 グリズリーに乗った黒眼鏡の男が吹き抜けの二階部分からこちらを見下ろしていた。相変わらず虫を見るような目で。

「社長は用心深い人ですから、このビルはこの有様ですがね」

 両手を広げ、他に警備が一切居ない建物を内を示す。

「私は最初から分かっていましたよ。どうせおとりを使って貴様自身が出てくるだろうと!」

「……良い勘してるじゃねえか」




 レオナが閉じ込められている部屋の前にヨシノブは立っていた。

 彼自身にとっては数年ぶりの再開。すぐにドアを開けられずにいた。

 意を決して中に入る。

「お父さん……」

 部屋の中に居たのは間違いなく彼の娘、レオナだった。反対側の壁に張り付くようにして彼の事を見ている。

「レオナ、迎えに来たぞ。母さんは蘇った。私たちの時代へと帰ろう」

 レオナは固く結んだまま唇を開かない。

「そうか、レオナからすれば私のしている事がどういう意味を持つのか、分からないのも無理は無い」

 一歩踏み出す。

「けれど帰ればわかるさ。私が正しいってことが」

「……嫌です」

「何故だい? ああ、もしかしてあのウィルバーとか言う少年のせいかな?」

 ハッとするレオナ。

 ヨシノブはとっくに彼女をシンドウから守った少年の事を調べていた。警察にも顔のきくアオイ社にとっては簡単な事だ。

「彼も可哀そうだと言うのは分かる。彼の両親は私が殺したようなものだしね」

「……! 今、なんて?」

「え? 彼から聞いて無いのかい? あの件を根に持って彼は私たちの邪魔をしているんだとばかり思っていたが」

「何の事か言って下さい!」

 レオナが怒鳴った。ヨシノブが少したじろぐ。

 短く面倒くさそうに溜息を吐くヨシノブ。

「彼の両親、確か彼の友達の姉弟の両親もだったかな。小さな工場で働いていたらしいんだよ」

 言葉を切り、レオナの反応を見る。

「そこに私とその部下がこの時代にやって来た。未来の技術を持ってね。この街の工場なんてみんな潰れたよ」

「……」

「中でも彼らのご両親が勤めていた所は経営が危なかったらしくてね。従業員一人一人にも借金を負わせていたそうだ」

「……まさか」

「職を失ったその工場の従業員は皆自殺したそうだ。当時はまだゴミ捨て場では無かった機海に身を投げて」

 レオナはその場に崩れ落ちた。

 ――私は、ウィルたちに何て言えば良いんだろう?

 ――私の親のせいで、彼らの親は……。

 親は戦争で死んだと嘘をついたウィルの横顔を思い出す。

 もう、何も考えられない。

「この時代の人間なんて所詮、私たち未来の者の駒に過ぎないんだよ」

 ヨシノブがレオナの手を取って部屋の外へ引っ張って行く。

「さあ、そんな駒の事は忘れて一緒に行こう」

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