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オーバーランな追跡

 アオイ。

 スワーブに住む者、いや機械産業にたずさわる者なら誰でも知っているその名前。

 まさかこの子……アオイ・モーターズと関係が? しかしそう考えると目の前のロボットの説明が行く。

 「グリズリー」。それが今崖の上から落ちてきたロボットの通称だ。正式名称は「safekeeper mk-2」と言い、アオイ社が作成及び管理している警備マシン。

 見上げるような体躯と生身の人間では一溜まりも無い腕力、ずんぐりとして黒くペイントされた胴体が特徴のこのロボットは遠隔操作式で、アオイ・モーターズ本社からコントロールされている。使用目的は本来アオイ社ビルの警備なのだが、最近では市内警備を名目に街中でも見かけるようになった。

 グリズリーのパイロットはアオイ社に害をなす者を見つければ即座に遠隔操作で捕縛する。安全の都合上銃火器は一切搭載されていないが一度捕まったら最後、警察に引き渡されるかアオイ社ビルに連れ去られる。

 言わばアオイ・モーターズの私設兵団であり、この街の住人が最も関わり合いになりたくない物。

「詳しい話は後にしよう、今はこいつをなんとか巻いてみせる!」

「お願いします!」

 大きくアクセルを入れ、クレーン屋の小屋をいくつも通り過ぎながら入り江の上を目指す。

 もちろんグリズリーの方も黙って見ているわけでは無い。エンジン音を唸らせてスロープ状の足場を追ってくる。しかしその巨体が災いして狭い場所では大したスピードが出ないようだ。

 平地に出たら追手も速くなる。おそらくスピードは互角。今の内に少しでも距離を開けておきたい。

 悲鳴を上げるバイクのモーターに鞭を打って更なる加速。入り江の形は円形なのでカーブも常に一定、曲がりきれなくなる心配は無い。

 そう考えたとき、行く手の小屋から誰かが出て来た。よく見れば顔なじみの親父さんの小屋で、出て来たのは……ポルカ!

「ポルカァ! そこ退け!」

 ポルカは相変わらずの無表情だった。避ける気は無いかのように俺たちから横の方を向いて棒立ちしている。

 くそ! 俺が避けりゃ良いんだろ避けりゃ! 最短距離で避ける為に少しだけステアリングで軸をずらす。

 俺たちのバイクがポルカの背中側を通り抜ける瞬間、

「工房は好きに使え」

 小さな声だったがはっきり聞こえた。

 思わず振り返るが既にポルカははるか後方で……自分の横を通り抜けるグリズリーにも気付いていないかのように棒立ちを続けていて……結局どんな顔をしているのかは分からなかったんだ。


 入り江から出た。遠くに看板群が見える。

 来た時より風が強くなっていて、海辺の荒れ地には砂埃が舞っている。

「スワーブ市内まで戻ればいくらでも捲ける。それまでしっかり捕まってるんだ!」

「はい!」

「乗り物酔いはするか?」

「平気です! ジェットコースターとか大好きですから」

 レオナは大分バイクに慣れて来たらしい。ミラーで見ると表情に余裕があり、返事もこれまでよりハキハキとしている。

 俺には「じぇっとこーすたー」なる物が何なのか分からなかったが、乗り物の類なのだろう。コップの下敷きにジェットエンジンが付いて高速で空を飛ぶのを想像したが、きっと違うんだろうな。実在するとしたら恐ろし過ぎる。


 ズシン……。


 重量感のある音を立てて崖からグリズリーが姿を現した。

 そして太い両腕を地面に付け、二足から四足に変わって走り出した。すさまじく速い。

 四足で土煙を上げながらこちらを追って来るその姿はまさに動物図鑑で見たグリズリーその物。図体の割に素早いとは厄介極まりない。

 一計を案じて道路を外れ、看板の森の中へ入って行く。

「さすがにこの中までは追ってこれ――」

 背後で爆音がする。俺とレオナが振り返るとまるでウエハースか何かのように金属製の看板を踏み倒しながら黒い機械が走っていた。

「――追って来たあああ!」

 二人の絶叫が重なった。

 なんとしても奴はレオナを連れ去るつもりらしい。街へ入ったらすぐ逃げきらないと本当にまずい。


 一見無意味に見えた看板も少しはグリズリーのスピードダウンに役立ったらしく、街まで辿り着いた。

「すごい……」

 レオナが息を呑む。

 街中に立ち並ぶ工場の数々。壁や建物の間を縦横無尽に大小様々なパイプが張り巡らされ、道路には馬車の横を自動車が通り過ぎて行く。

 中世の頃から残る石畳にはタイヤ痕が黒くこべり付き、家々の屋根からは白や黒の煙が立ち上る。

 そんな光景が360度のパノラマで広がっているのだ。初めてこの街に来た人間は誰も同じような反応をする。文明の力に感銘を受けているのか、古今が混ざり合ったちぐはぐな様に呆れているのか、俺には判断が付かない。

「観光案内なら後でしてやるよ」

「え、あ、ありがとうございます」

 すっかり自分だけの世界に入り込んでいたらしい。レオナはビクッと体を震わせた。

「ここ……本当に十九世紀なんですよね?」

「ここ、って……世界中どこだって十九世紀だろ」

「あ! ええ、まあそうですよね」

 さっきから微妙にレオナと会話が噛み合わない。初対面同士で会話が弾むような事の方が珍しいだろうが、この違和感はもっと違う何かのような気がする。

 俺がレオナに尋ねようとした瞬間、見計らったようにグリズリーが曲がり角の向こうから姿を現した。先回りしていたらしい。

「ちっ!」

 迷わず足元のレバーを蹴る。

 電磁力を纏ったまま近くのアパートの壁へ方向転換。

「ちょっと! あっち壁ですよ!?」

「良いから黙って捕まってろ!」

 レンガの壁が迫る。

 接触する直前、軽く前輪を持ち上げて俺は車体をアパートの雨水パイプに接触させる。思った通り、軽やかにマシンはパイプのに沿って垂直な壁を駆け上り屋根に着いた。

「な? 大丈夫だろ?」

 バイクを操って屋根から屋根へと飛び移って行く。

 パイプを、車の上を、壁を、看板の裏を、鉄のポールを俺たちは走って行く。

「ここは鉄の街スワーブだ! 俺のバイクに走れないところはねえんだよ!」

 磁力に乗って、バイクはしなやかに追手を翻弄する。

「……ラットランナー」

 ポツリ。後ろのレオナが呟いた。

「え?」

 マシンを駆る事に夢中になっていた俺はそれを聞き逃した。

「このバイクの事。さっきからどんどん街中を抜け道ラットランに使って行くでしょ」

 なるほど、なかなか良い響きだな。

 ふと見下ろすと、屋根の上の俺たちを取り囲むようにいくつものグリズリーが道路を並走している。一体目のパイロットが増援を呼んだらしい。

 あっと言う間に数が増えてざっと五体。道行く人々は唖然として俺とレオナとロボットの群れが通り過ぎて行くのを見ている。

 ロボット達は躊躇ためらっていた。屋根に上ったりすれば彼らの巨体なら建物を壊してしまうだろう。アオイ社の警備ロボットが街を破壊する絵はイメージ的によろしくないはずだ。

 このまま走っていては俺たちも埒が明かない。意を決して俺は街のある一画を目指した。

 アオイ・モータズ自動車部門工場。その広大な敷地の中に俺とレオナはバイクで降り立った。

 早速正面から二体飛び込んできた。工場の壁に張り付いてかわす。そのまま屋根の上へ。

 自分の会社の工場ならいくら壊しても問題ないと考えたのだろう。今度は壁を走るパイプを握力でひしゃげさせながら次々によじ登って来た。

 伸ばしてきた腕を軽いターンで避け、工場の建物同士を繋ぐパイプの上を走って次の棟へ。

 予想通り向かった先の屋根の上にはグリズリーが三体待ち伏せしていた。俺はスピードを緩める事無く突っ込んで行く。

 背後からはパイプを踏み壊しながらさっきのグリズリー。前方にはこちらも突進を始めた三体のグリズリー。

 パイプラインという一本橋の上で俺たちは挟み撃ちされようとしている。

 両側のグリズリーが同時に俺たちに向かって飛び込んだ。レオナが後ろで悲鳴を上げる。

「行くぞ!」

 俺は体を右に傾けてバイクをパイプの上で滑らせた。電磁力はオンにしてある。

 くるりと半周した俺たちはパイプの下に貼り付きながら、上の方で重い機械同士が激しくぶつかり合う音を聞いた。間を置いて、体が派手に砕けたグリズリーが五体地面に落ちる。

「少々古典的過ぎません?」

 髪をだらりと下げながらレオナが言った。バイクごと逆さ吊りになっている俺たちにはお互いの髪が突風でも受けたかのように逆立って見える。

「引っかかる方が悪いんだ」

 俺は肩をすくめて見せようとしたが、今手を離したら落ちる事を思い出してやめにした。

 追手を撃退したとは言えここは敵陣ど真ん中だ。すぐにでも離れた方が良いだろう。

 だが、レオナが口を開いたので俺は自分の口を閉じる。

「……一つ聞いても良いですか? ウィルバーさん」

「何を?」

「この街……この世界ごとなんですかね。おかしいとは思わないんですか?」

「おかしいって……何が?」

「主に機械に関して」

「今時バイクも車も珍しくないだろ? ロボットはアオイ社の最先端技術だから例外だけど」

 俺はいよいよ肩をすくめたくなった。このジパングの少女は一体何を言いたいんだ?

 ここまで全て逆さに張り付いたまま。少し頭に血が上って来た。

「この世界の機械技術は、私が知ってる産業革命期と違うんです」

 レオナがじっとこちらを見つめている。俺の顔が赤くなったのはきっと逆さ吊りのせいだ。

「ウィルバーさん。驚かないで聞いて下さいね」

「今日はもう半年分は驚いた。もうこれ以上驚く気にはならないね」

 レオナは大きく息を吸った。

 そして言葉と共に吐き出す。


「私、未来から来ました」


 ここまで全部、俺たちは逆さ吊りのまま。

 反転したスワーブの街のど真ん中で俺はどんな顔をすれば良かったんだろう?

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