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オーバーフローの連続

 ――ズワーブ市街中心。アオイ・モーターズ本社。


 コンコンコンコン。

 かなり焦った調子で社長室のドアがノックされた。

「入りたまえ」

 デスクに向かって報告書のチェックをしていた男――ヨシノブ・アオイは書類から目を離さないまま言った。

 失礼します。と控えた声で言いながら黒スーツに身を包んだ男が入ってきた。ヨシノブの秘書の一人である。

「どうしたんだね? 会議の時間にはまだ早いはずだが?」

「社長。緊急の報告です」

 落ち着こうと勤めてはいるが、秘書の声は動揺を隠しきれていない。眼鏡越しの目にも焦りの色が見える。

 大きく息を吸い、言った。

「――鍵の、スペアの鍵の反応が確認されました」

 スッ。

 それまで口こそ開くものの、秘書など居ないかのように作業を続けていたヨシノブの顔が上がった。同時に手も止まる。

「……それは本当か?」

「間違いありません」

「……」

 しばらくの間、ヨシノブは口元に手を当てて深く思案した。沈黙が秘書に重くのしかかる。

 ヨシノブは普段激昂して怒鳴るような男ではない。しかし決して温厚な雰囲気を放っているというわけではなく、どちらかと言えば研究者がマウスの一挙一動を見逃すまいとする、あの威圧感をまとった男だ。

 今、その威圧感が高まっている。数メートル離れたこのドアの前からでも肌がビリビリとするほどに。

「……回収しろ」

 ゆっくりと言うヨシノブ。

「も、持ち主は?」

「そいつもだ。抵抗するなら多少手荒い真似をしても構わない」

「了解しました!」

 逃げるように部屋を後にする秘書。部屋には再びヨシノブが一人残された。

 もう彼に書類仕事をする気は無くなったらしい。乱暴に紙とペンを机の脇に退け、手を組んで考え込む。

「ジンナイ……裏切ったか」

 彼の胸の内は信頼を置いていた部下への怒りで燃え上がっていた。

 あくまで顔は冷静なままに、ヨシノブ・アオイは激昂していたのだ。




 その落下はあまりに軽やかで、まるで雨樋あまどいに吸い付いていた雫がポタリと水溜りに向かって行くような、自然でスムーズなものだった。

 誰もがポカンと口を空けたまま見ている。眼球だけが動いて少女の落下する軌跡を追い、当の本人は目を瞑ったまま機海の廃材の中へと真っ逆さま。

「……!」

 考えるより先に体が動いていた。

 ウィルバーはヘルメットを被るのも忘れてバイクに跨った。そしてエンジンが温まるのも待たずに走り出す。

「おいウィル坊! どうする気だ!?」

 小屋の中から店主の声が聞こえる。

「あの子を助ける!」

 振り返らずに叫び、螺旋階段のように入り江の崖にそって作られた鉄骨の通路を下って行く。

 加速。加速。加速。

 それでも少女の落下の方が速い。

 少女の落ちる先には丁度先が鋭く尖った長い鉄骨。このまま行けば数秒後には間違いなく串刺しだ。

 ――まだ一度も試してないけど……やるしかない!

 かなり長く下った。もう位置的には機海の入り口に近く、捨てられた鉄ハシゴがウィルバーの目の前まで伸びている。

 素早く足元に設置したレバーを軽く蹴ってスイッチを入れる。

 ブォウウウウン。

 バイクの車輪の中心に取り付けられたコイルに電流が流れ出す。同時にマシン全体がギュッと足場に吸いつけられるような感覚。

 ――……行ける!

 自作のシステムの成功を確信したウィルバーは90度ハンドルを切り――入り江の中心に向かって飛び込んだ。

「坊主――!」

 はるか頭上から店主の叫び。

 崖にバイクごと飛び込んだウィルバーは重力によってジャンクの山の中に墜落――しなかった。




 世界が反転している。

 俺の頭の上には地獄の針山みたいに尖った廃材が連なっていて、俺の脚の下には円形にくりぬかれた空と親父さんの小屋が見える。

 反転しているのは世界じゃない。俺の方だ。

 俺とバイク。俺たちは今ジャンクの山から飛び出した、錆びたハシゴの上を――いや、下を走っている。

 バイクの前輪と後輪に取り付けたコイルに電流を通すことで、その間だけ車輪は「電磁石」になる。

 これこそが俺が一年以上かけて作った俺だけのバイクの秘密。ポルカが言っていた通りこの機海の中に入っていく為に作った機構だ。

 このバイクなら、鉄があればどんなに入り組んだ地形やジャンクの中でも入っていける。狭いジャンクの間も通る事も想定してギリギリまで小型化だってした。

 ハシゴが途切れる。

 即座に俺は磁力を切って車体ごとジャンプ。

 ハシゴは衝撃で更に下層のゴミの中に落ちていったが、俺はスムーズに捨てられたダンプカーに飛び移った。

 鉄骨、ネジの山、巨大な歯車。次から次へと足場を変えていく。その全てが鉄。俺のバイクならどこだって走れた。

 少女の方もどんどん鉄骨に近づいている。間に合うか!?

 大きな鉄板に向けて俺は加速した。アクセルは全開!

 マシンが最高速度に達するのと、鉄板が途切れるのが同時だった。

 俺はまた磁力を切る。

 鉄板をジャンプ台代わりに俺とマシンは宙に飛び出した。山なりに弧を描いて、フルスピードのまま。

 お願いだ! 間に合ってくれ! 少女の華奢な体が今まさに鉄骨に貫かれようとしている。

 どこの誰かも知らない。どうやって雷の中から現れたのかだって分からない。

 でも俺はその子を助けたかった。その一心で手を伸ばす。


 ――掴んだ。


 柔らかい。それが最初の印象だった。

 東洋人らしい顔と綺麗な黒髪。まるで抱きしめただけで折れてしまいそうな細い腰。

 その子の体を両手で抱えながら、俺は感動に近い感情を感じていた。もしかしたら感動していたのかもしれない。

 いや、多分あれは酔っていたんだ。白馬ならぬ電磁力バイクに跨ってお姫様を助ける、夢物語に出てきそうな状況に酔っていたんだ。


 レバーを蹴って磁力をオンにする。彼女を貫こうとしていた鉄骨に吸い付く車体。

 俺たちは蝶の蛹のように横向きに鉄骨にくっ付いた。

「おい、大丈夫か?」

 声をかけると少女は微かに息を漏らした。やはり今まで気絶していたらしい。

「んん」

「良かった。無事みたいだな」

 少女が目を開く。アーモンド型の綺麗な目がすぐ近くで俺を見た。

「ここは……私は……?」

 辺りを見渡して状況を把握しようとする少女。しばらくそうしていた後、ようやく自分が俺にお姫様だっこされている事にお互い気付いた。

「あ! わ、わ、私……」

「ごめんごめん! い、今放すから」

「放さないで! 落ちます!」

 釣られて俺も動揺してしまったようだ。取りあえず適当なジャンクを伝ってクレーン屋まで戻った方が良いだろう。

「俺は今から両手使って運転するから、しっかり掴まってろよ」

 蚊の鳴くような声で返事する少女。どうやらかなり恥ずかしがり屋らしい。

 始終ドギマギしたまま、俺と謎の少女は親父さんの小屋を目指して走る。


 突然誰かが目の前に現れたのは螺旋状の足場まで戻ってきた時だった。




「その娘を渡してもらえますかね」

 黒のスーツに黒縁のメガネ。髪まで黒いからまるでカラスのような男。

 顔からしておそらくジパング人。細い目は一見紳士的な印象を与えるが、俺はその奥に何か不愉快なものを感じた。

 誰もが機械油や錆びで汚れた服を着たこの機海の中で、その男は非常に不自然。

「近頃は突然現れるのがジパングで流行ってるのか? ていうかお前誰だよ」

「シンドウと申します。余計な話は要らないんですよ。その娘を早くこっちへ」

 次から次へ、目まぐるしく起きる出来事に俺の理解が追いつかない。

 振り向いて、バイクの後ろの少女に尋ねる。

「知り合いか?」

「……いいえ」

 少女は俺の背中に隠れながら、シンドウを見て言った。

「――だそうだ」

 俺はわざとニヤリと笑ってみせる。

 全体的にこの男が気に入らなかった。少女の事を物のように扱う態度とか、俺のことを見る見下した目とか。

 俺はアクセルを入れてシンドウの横を駆け抜ける。

「そうですか……」

 すれ違う瞬間、真横で呟くのが聞こえた。

「なら、力ずくで頂きます」

 突然空がかげった。足場の鉄板の茶色が暗くなる。

 雲でも出てきたのかと思って俺は気にもとめなかったが、背中の少女が叫んだので上を見る。

「上です!」


 ガシャーン!


 間一髪、避けられた。何かがさっきまで俺らの居た足場に降ってきたのだ。

 あれは……。

 壁面に当ててバランスを取っている太い腕、着地の衝撃でグニャリと曲がった鉄板を踏みつけている脚。全長は2メートルくらいでシンドウの服と同じで真っ黒なペイントだ。

「ロボット……ですか? あれ」

 俺はあれの正体を知っていたが、首をかしげる少女に説明している暇は無かった。とにかくここから逃げなくては。

 今日で何度目になるか分からないフルスロットルで走り出す。

「逃がすな!」

 シンドウがロボットに指示を出すと、巨体からは想像も出来ないスピードでロボットが追ってきた。

 本当に今日は訳分からない事だらけだ。女の子が雷の中から降ってくるわ、その後はロボットが降ってくるわ……。

「なあ、君」

「わ、私ですか?」

「他に誰が居るんだよ」

 この女の子、照れ屋なだけじゃなくぼんやりもしてる。

「本当にあいつと関係ないのか?」

「無いですよ! 私はシンドウなんて人知りませんし」

「……そういや名前聞いてなかったな。俺はウィルバー・ボーダーズ」

 名前を聞くときはまずこちらが名乗るのが礼儀だ。

 その時俺は思いもしなかった。次の瞬間少女の口から衝撃的な名前が口にされようとは。


「レオナです。この国風に言えばレオナ・アオイと申します」


 思わず急ブレーキをかけそうになった。

 ……アオイだって!?

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