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オーバーリープな出会い

 翌日。朝七時半。


 ウィルバーはポルカに頼まれた仕事の為に、隠れ家の扉を開けてトンネルに出た。

 工具の棚や壊れたバッテリーが無数に積み上げられたトンネル内部。この入り口周辺の物品は全てウィルバーが独自に作っているある物の為にある。

 外の砂利が進入してきているコンクリートを踏みしめながら、工具の山の間に安置されたそれに近寄る。小奇麗な白い布がかけられたそれは、辺りの暗い配色の工具の中でよく目立ち、まるで灰色の雲の切れ間から突然現れた太陽のように見えた。

「俺とこいつの初仕事か」

 徐々に高まってくる興奮で震える手をゆっくりと布に伸ばす。触れた。掴んだ。

 そして一気に布を取る。――バイクだ。

 銀と黒の塗装が丁寧に施された車体はピカピカに磨き上げられていて、小型でありながら重量感のあるデザイン。ハンドルもシートも車高も全てウィルバーが自分自身に合わせて作っている。

 ベーシックでありながら見慣れない機構も取り付けられている。特に目を引くのがタイヤ部分で、前輪後輪ともに普通のバイクより分厚く、中心部分に幾重にもコイルが巻きつけられている。

 多くのパーツはかなり前から出来ていたが、心臓とも言えるエンジンの性能だけが足りなかった。しかしそれも昨日拝借した白バイから取り付けて完成。白バイには変わりにジャンクから拾ってきたエンジンを使えるようにして付けて置いた。ついでに悪戯としていくつか追加パーツも付けたが。

「俺が考えていたまったく新しいバイク、完成だ」

 思わず頬が緩むウィルバー。自分の趣味に命を賭ける者独特の微笑みだ。

 ストッパーを外してバイクをトンネルの外まで押し出す。その間もニヤニヤが止まらない。

 自分にしか作れない自分だけのバイク。何しろ今まで無かった走りをするマシンだ。あのオーヴィルにも扱えないだろう。

 そんな事を考えながら、ついに跨りエンジンをかける。

 ブルルウウウン。

 低く心地よいうなり。段々とそれが自分の鼓動と共鳴を始めるのが分かる。

「名前は何にしようかな」

 ウィルバーは胸を高鳴らせながら、ハンドルに引っ掛けてあった車体に合わせた色のペイントのヘルメットを被った。

 ――そして、一気にアクセル!

 マシンは軽やかに朝の街へと走り出した。




「知っての通り、今日わしは機海きかいへジャンク回収へ行っておった」

 昨晩の大騒ぎの後、ポルカが話し始めた。

「大きめのアルミ廃材が見つかったと聞いてな。しかし手に入らんかった」

「どうしてさ?」

 口の中をスープの豆でいっぱいにしながらオーヴィルが尋ねた。すかさずリリーが「お行儀悪いでしょ」と叱る。

 ウィルバーもスプーンを持って熱いスープの飲む。野菜中心の具材の味が程好く溶け合っている。

 ――料理だけは上手いんだよな、リリーは。

 口の中の物を飲み込んだオーヴィルが続ける。

「機海のジャンクならクレーン屋を雇えばすぐ引き上げられるでしょ?」

 確かに機海から何かを手に入れるときは普通クレーン屋を雇う。ポルカだって日常的にそうしているはずだ。

「出来なかったんじゃよ」

 静かに言うポルカ。

「ちょうどわしが行く直前に大規模な崩壊があったらしくての。目当ての廃材がクレーンで届かない所まで埋まってしまったんじゃ」

 多くのジャンクパーツが積み重なった機海ではしばしば崩落が起きる。人が普段入るような場所では無いから怪我人は滅多に出ないが、珍しい資材が引き上げ不可能になるのはよくある事だ。

「最近多いわよね、機海の崩落」

 リリーが頬杖をつく。心配性の彼女はポルカが危険な場所に行くのを気にかけているようだ。

 テーブルの真ん中の皿に手を伸ばしながら、ウィルバーが口を開く。

「なら、諦めろよポルカ」

 そして皿からパンを一切れ取る。

「機海の底に落ちちまったパーツには手を出さない。クレーン屋を雇う上での常識だ。わざわざ危ない橋渡らなくたって、そのうちアルミくらい手に入るさ」

「そうじゃな。いくら報酬を高くしても危険な橋を渡ろうとするクレーン屋はおらんじゃろう」

「そうそう」

「じゃから、お前さんに渡ってもらう」

「……は?」

 ウィルバーの口からパンが落ちた。

 さっぱり意味が分からないという顔のウィルバーに対し、当のポルカは至って真面目な顔のままだ。

「お前さんが今作っとるバイク、あれなら機海の底に入って行けるじゃろう?」

「……」

「むしろあの機能を見る限り、機海に入っていく為に作っていたんじゃないのかね?」

「チッ、気付いてたのかよ」

 面倒臭そうに頭を掻くウィルバー。リリーとオーヴィルの二人は不思議そうに老人と赤髪の少年のやり取りを眺める。

 今彼が製作中のバイクは彼専用の特別仕様。ポルカとリリーにはもちろん、オーヴィルにすらその詳細は話していない。

 ――このおっさん、興味無いふりして案外目が行き届いてるんだよな。

 しらばくれても無駄だと判断したウィルバーは大きくため息をついた。

「分かったよ。ただし一つ条件がある」

「何じゃ?」

「無事回収できたらポルカの工房の半分を俺にくれ。正直外のトンネルしか作業スペースが無いのは辛い」

 現状ウィルバーの趣味でしかないバイク関連の作業でポルカが工房を使わせる事は無い。ウィルバーにはそれが以前から不満だったのだ。

 少し考えたが、ポルカは許可した。

「では明日の朝、わしは先に行って機海で待っておる」




 スワーブの街を海沿いに西へ。

 走っている内に段々と人通りが少なくなっていき、道路の舗装も粗くなる。逆に増えてくるのは無秩序に立てられた看板の群れ。

 看板はどれも工場や機械製品を扱う会社の物ばかり。この街が工業都市と呼ばれるようになってから増える一方だ。街へ陸路で入ってくる資本家を一人たりとも逃すまいと、鉄板の広告たちが軒を連ねる。

 道が徐々に上り坂になる。ここまで来ると看板の森も姿を消し、代わりに機海が見えてくる。


 ――機海きかい

 それは一つの入り江を丸ごと埋め立てるようにして作られた巨大なゴミ箱である。

 スワーブの街を海沿いに西へ行った先にあるこの入り江は断崖になっており、高さは海面から軽く見積もっても300メートル以上。底が見えないのでおそらく実際はもっと深いのだろう。

 なぜ底が見えないのか? 答えは簡単だ。

 どこを見ても鉄鉄、鉄。小石サイズの歯車から建物の鉄骨らしき物まで、ありとあらゆる大きさや種類の機械パーツが円柱型の入り江に積み重なっているのだ。

 アオイ社の登場によって劇的なスピードで進化した機械技術。しかし進歩するという事はすなわち古きを捨てるということであり、当初多くの旧式機械が廃棄された。

 当然スワーブのゴミ処理システムが追いつける速度ではない。ジャンクの捨て場所に困った人々はいつしか街外れの入り江に機械を捨てるようになった。

 地形が険し過ぎる上に魚も少ない、漁業では一切使われていない入り江だった。街の者達のそこに対する知識はせいぜい海で溺れた人間の亡霊が出るという噂程度。

 「自分が少し捨てるだけだ」「少しだけなら問題ないさ」。皮肉なことにそう考えたのは一人だけではなく、あっと言う間に入り江の海底にジャンクが積み重なり、海面まで顔を出した。

 それでも人々は捨てるのをやめなかった。カラクリ技術で機械は数年の内に次々と新しくなり、次々と捨てられて行く。

 やがて入り江のリサイクルできる廃材をクレーンで吊り上げ売る、「クレーン屋」と呼ばれる職業まで現れた。今やスワーブの手工業の材料の八割近くは入り江からのリサイクルで支えられている。

 誰が最初にそう呼んだのかは知らない。しかし今では誰もがそう呼んでいる。

 ――機械で出来た海、機海きかい


 入り江の断崖に張り付くようにして立てられたいくつもの小屋。

 それらは全て崖に沿った鉄骨の足場で繋がっており、多くの小屋の傍には工事用のクレーンを長く巨大にしたような装置が取り付けられている。クレーン屋の小屋だ。

「遅かったのう」

 ウィルバーが馴染みのクレーン屋の前でバイクを泊めると、小屋の窓からポルカが顔を出した。

「ポルカが早すぎるんだよ」

 ヘルメットを取り、地面に足を降ろしながら言うウィルバー。

 小屋に入るといかつい体格のクレーン屋店主が腕組みしていた。

「ようウィル坊。久しぶりだな」

 ウィルバーの頭をゴツゴツした手で撫でてくる店主。

 ポルカやウィルバーがいつもリサイクル用の資材の引き上げを頼む店なので既に顔馴染みだ。もっとも、大雑把な依頼なら電話だけで済んでしまうので、こうして会うのは確かに久しぶりだ。

 ウィルバーも同年代の子供の中では背が高いほうだが、岩山に足が生えたような店主相手だと小さな子供のように頭をガシガシとやられる。

「親父さんも。商売の方はどう?」

「最近は崩落が激しくてな。アームが壊れ通しで上がったりだよ」

 機海の廃材は秩序立てて積み重ねられているわけではない。人が勝手に捨てていくだけだから少しの衝撃で大規模な崩落が起きる。

 参った、という風に顔をしかめる店主だが、すぐに思い出したように神妙な顔つきになった。

「ところでウィル坊。ポルカ博士の言う事は本当か?」

「機海の中に入る方法のこと?」

「そうだ。そんな簡単に底まで行って廃材回収されちゃあ、ますます商売上がったりなんだが……」

「安心してよ。今回は特別に俺がポルカの頼みを聞くだけ。これからも親父さんの事は頼りにしてるよ」

 不安そうな顔を続ける店主にウィルバーは例のアルミ廃材の細かい位置を尋ねた。

「座標的にはここなんだが……これだけで分かるか?」

 レーダーのような装置の一点を指差して言う。半球状になったモニターには立体的に表された機海のミニチュアが映っている。

 見る限り、目当てのジャンクは機海の中層・東側にあるようだ。

「大体分かった。後は無線で親父さんが細かく指示をしてくれれば平気さ」

「ならこれを持ってけ。普通の無線じゃ金属だらけの機海の中じゃ電波が悪くなる」

 投げてよこされたヘッドセット形式の無線を装着し、ウィルバーがドアを開けた瞬間だった。


 ビビビビ……バリイイイイイイイイ!


 空に稲妻が走った。

 いや違う。稲妻が走っているのは空ではない。

 もっと低く、手を伸ばせば届きそうな距離。入り江の断崖の天辺より少し高いくらいの位置で雷のような物が光と音を放っている。

「……なんだ?」

 注視しようとしたが強い光でその中心はよく見えない。そうしている間に光も音も強まっていく。

 雷鳴に混じってがやがやと人の声も聞こえてくる。突然起きた謎の現象に機海中のクレーン屋が動揺している。

「どうなってんだ、ウィル坊!」

「俺に聞かれたって分からねえよ!」

 ウィルバーは慌てて出てきた店主に怒鳴り返す。音が大きくてそうしないと声が届かない。

 やがて風も吹き始める。まるで雷の中心から流れ出してくるような強い風。

 ギギィ。機海上部の鉄骨がきしむ。

「まずい! 崩落するかもしれん。俺は他のクレーン屋連中に今すぐアームを引き上げるよう伝えてくる」

 ピシャリとドアを閉める店主。窓越しに無線機で何か叫ぶ姿が見える。

 その横にはいつも通り黙ったまま事の成り行きを見つめるポルカが居た。だが、今のポルカの様子はなんだかおかしく、大きな動揺を抱えているように見えた。まるで受け取ったプレゼントの包み紙を興奮した手つきで取っていく子供のような顔。


 そして突然、雷が消えた。

 途端に静寂が世界に戻ってくる。

 しかし全てが元通りというわけでは無かった。入り江に居る全ての者の視線が先程まで雷が走っていた空中に注がれている。

 白いブラウスに真紅の細いリボン。そこだけ重力が無いかのようにふわりと浮かんだ黒髪。

「……女の子?」

 浮かんでいたのは間違いなく少女だった。直立の姿勢で目を閉じたまま空中に立っている。

 ウィルバーはゴシゴシと目をこすり、これが幻覚でないことを確認する。ついでに頬もつねってみた。

 それでも少女はそこに浮かんでいる。

 ――本当、どうなってるんだ?

 そして、ただでさえ意味の分からない事態が更に悪化する。


 少女が――落ち始めたのだ。

 

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