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**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密  作者: マサキ


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第3話:天然炸裂、ドジの連鎖が止まらない件

第3話:天然炸裂、ドジの連鎖が止まらない件


 朝。

 目覚ましが鳴る前に、目が覚めた。

 また、あの香りがしたからだ。


 ……三日連続で同じ理由で起きてる俺、どうかしてる。


 リビングに出ると、咲楽さんがキッチンに立っていた。

 今日はエプロン姿だった。


 白いエプロン。

 まとめた黒髪。

 真剣な顔で、フライパンと向き合っている。


 ……絵になるな。


 そう思った瞬間、咲楽さんが言った。


 「翔くん、おはようございます」


 「おはようございます。今日は朝ごはん作ってくれてるんですか」


 「はい。家賃代わりに住まわせてもらってますので、家事くらいはと思って」


 「……大丈夫ですか、料理」


 「失礼な。東大まで出た人間が、朝食くらい――」


 その瞬間。


 ジュッ、という音がした。


 続いて、黒い煙が上がった。


 「……あ」


 咲楽さんが、フライパンを見つめて固まっている。


 卵が、見事に真っ黒になっていた。


 「……咲楽さん」


 「…………」


 「火、強すぎます」


 「…………気づいていました」


 「じゃあなんで」


 「翔くんと話していたら、つい」


 俺のせいなの?


 換気扇を全開にしながら、僕は咲楽さんをキッチンから優しく追い出した。


 「座っててください。僕が作ります」


 「すみません……」


 「いいですよ、別に」


 しゅんとした咲楽さんが、テーブルに座った。


 ……なんで俺が作ってるんだ。家庭教師に料理してもらってるはずだったのに。


 まあ、いいか。


 朝ごはんを食べ終えて、授業が始まった。


 今日の科目は英語だった。


 「まず単語から確認します。これを見てください」


 咲楽さんが単語帳を開いて、テーブルに置いた。


 そして、また隣に座ってきた。


 今日もですか。


 「……咲楽さん、また隣ですか」


 「データ的に有効なので」


 「昨日もそれ言ってましたよね」


 「有効なので」


 有効なのはわかったよ。


 肩の距離、昨日より近い気がした。


 気のせいであってほしかった。


 「では、この単語を日本語で言ってみてください」


 咲楽さんが単語を指差す。


 その指が、僕のノートにほぼ触れていた。


 近い。指が近い。


 「……翔くん?」


 「あ、えっと」


 「わかりますか」


 「わかります!」


 全然わかってない。


 一時間後。


 「少し休憩しましょう」


 咲楽さんが立ち上がって、キッチンへ向かった。


 「お茶、入れます」


 「あ、僕やります」


 「大丈夫です。これくらいは」


 卵を焦がした人が言っている。


 黙って見守ることにした。


 咲楽さんがやかんに水を入れて、コンロにかけた。


 そして、棚から茶葉を取り出そうとして。


 「あ」


 茶葉の缶が、勢いよく落ちた。


 あ、と思った次の瞬間。


 咲楽さんがそれを拾おうとして、前のめりになって。


 「……っと」


 バランスを崩した。


 僕は反射的に立ち上がって、咲楽さんの腕を掴んだ。


 「大丈夫ですか!」


 「……はい」


 咲楽さんが、僕の腕を掴み返したまま、ゆっくりと顔を上げた。


 距離が、近かった。


 すごく、近かった。


 咲楽さんの目が、間近で僕を見ている。


 眼鏡が少しずれていた。


 花の香りが、ふわっとした。


 …………。


 三秒くらい、二人とも動けなかった。


 先に動いたのは咲楽さんだった。


 そっと、僕の腕から手を放して。


 ずれた眼鏡を直して。


 「……ありがとうございます」


 小さな声で言った。


 耳が、真っ赤だった。


 俺の顔も、たぶん同じ色してる。


 気まずい空気のまま、お茶を飲んだ。


 というか、お茶は結局僕が入れた。


 咲楽さんが「やかんを傾けすぎて少しこぼした」からだ。


 どれだけドジなんだ。


 「……あの」


 咲楽さんが、カップを両手で包みながら言った。


 「さっきはすみませんでした」


 「転びそうになったことですか」


 「それも、ですが……距離が近くて」


 「あ、いや、大丈夫です」


 「……不快でしたか」


 咲楽さんが、眼鏡の奥からこちらをじっと見た。


 少し、不安そうな顔をしていた。


 不快じゃないよ。むしろ逆。それが困るんだよ。


 「全然不快じゃないです」


 「……そうですか」


 「ただ、心臓には悪いです」


 言った後で、しまったと思った。


 咲楽さんが、目を丸くした。


 「心臓……? 体調が悪いですか」


 「……違います」


 「でも心臓が悪いって」


 「比喩です比喩!」


 「比喩……」


 咲楽さんが首を傾けた。


 本当に、わかっていない顔をしていた。


 この人、天才なのに、なんでこういうことはわからないんだ。


 午後の授業が終わった頃、咲楽さんが研究ノートを開いた。


 いつものやつだ。


 「……また書いてる」


 「几帳面なので」


 「毎回同じこと言いますよね」


 「几帳面なので」


 会話が一周した。


 「ちょっとだけ見ていいですか」


 「駄目です」


 即答だった。


 しかも、ノートを胸にぎゅっと抱きしめた。


 「……そんなに必死に隠さなくても」


 「個人的な記録なので」


 「日記って言ってましたよね昨日」


 「日記も個人的な記録です」


 まあ確かに。


 でも、ちらっと見えた。


 表紙の裏側に、小さな文字で何か書いてあった。


 「被験者:」


 ……被験者?


 「咲楽さん、今」


 「何も見えていません」


 「見えましたよ、『被験者』って」


 咲楽さんが、ぴたっと固まった。


 「……小説です」


 「小説?」


 「研究者が主人公の小説を書いていまして、登場人物のメモが」


 「昨日は日記って言いましたよね」


 「日記形式の小説です」


 苦しすぎる言い訳だ。


 でも、咲楽さんの顔が珍しく焦っていたので、それ以上追及するのをやめた。


 ……まあ、いいか。


 なんか怪しい。


 怪しいけど、悪い人じゃないのはわかってる。


 「……わかりました。小説、面白そうですね」


 「…………そう、ですね」


 咲楽さんが、ほっとしたように息をついた。


 でも少しだけ、目が泳いでいた。


 夜。


 咲楽さんが夕飯を作ると言い張った。


 「さすがに夕飯くらいは」


 「朝、卵を焦がしましたよね」


 「あれは事故です」


 「料理中の事故は事故じゃないと思います」


 「見ていてください。ちゃんと作れます」


 ……止められなかった。


 十五分後。


 キッチンから、咲楽さんの声がした。


 「……翔くん」


 「はい」


 「塩と砂糖って、見た目が似ていますよね」


 あ、これ駄目なやつだ。


 「……咲楽さん」


 「はい」


 「味見した?」


 「……しました」


 「どうだった」


 「…………甘かったです」


 僕はため息をついて、立ち上がった。


 「代わります」


 「すみません……」


 咲楽さんが、しゅんとした顔でキッチンから出てきた。


 しっかり者に見えて、全然しっかりしていない。


 天才なのに、ドジだらけ。


 なのに、なんか。


 ……可愛いんだよな、そういうとこが。


 心の中だけで思って、すぐに打ち消した。


 「咲楽さん、そこ座って待ってて」


 「……はい」


 「明日から料理は僕がやります」


 「でも、それでは申し訳――」


 「その代わり、勉強は全力で教えてください」


 咲楽さんが、少し目を丸くした。


 それから、小さく笑った。


 「……わかりました。それで行きましょう」


 「はい」


 「翔くんは、優しいですね」


 「そんなことないです」


 「あります」


 即答だった。


 ……この人の即答、たまにドキっとする。


 夕飯を食べ終えて、咲楽さんが研究ノートを開いた。


 またか、と思いながら、僕はお茶を飲んだ。


 咲楽さんのペンが、さらさらと動いている。


 何を書いているんだろう。


 「被験者」って、何のことだろう。


 ……まあ、いいか。


 今日も、なんだかんだ悪くない一日だった。


 卵は焦げた。


 お茶はこぼれた。


 夕飯は塩砂糖を間違えた。


 それでも、なんか。


 ……楽しかった気がする。


 自分でも、よくわからない。


 「翔くん」


 「はい」


 「今日も、よく頑張りました」


 咲楽さんが、ノートから目を上げずに言った。


 「明日も、よろしくお願いします」


 「……こちらこそ」


 僕は空になったカップを置いて、参考書を閉じた。


 やばい同居生活の、三日目が終わった。


第3話 完


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