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**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密  作者: マサキ


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第2話:鬼教師、距離感がおかしい件

第2話:鬼教師、距離感がおかしい件


 翌朝。

 目覚ましより早く、いい香りで目が覚めた。

 花みたいな、ふわっとした香り。 


 ……あ、そうだ。

 昨日の記憶が、一気に戻ってきた。

 東大院生。

 美人。

 ずぶ濡れ。

 白いブラウス。


 「っ……!」


 布団の中で一人、勝手に顔が熱くなった。

 落ち着け俺。今日から勉強を教えてもらう相手だ。不純なことを考えるな。

 深呼吸して、リビングへ出た。


 咲楽さんは、もう起きていた。

 テーブルの上に教科書とノートを広げて、何かを書いている。


 昨日とは打って変わって、白いシャツにきっちりとしたパンツスタイル。

 髪をまとめて、細いフレームの眼鏡をかけている。


 ……誰だこれ。昨日と別人じゃないか。

 「おはようございます、翔くん」

 顔を上げた咲楽さんが、さらりと言った。


 「今日から授業を始めます。朝ご飯を食べたら、すぐ座ってください」 


 「え、朝から?」


 「当然です。時間は有限ですので」 


 昨日の天然ドジはどこへやら。

 眼鏡の奥の瞳が、びっくりするくらい真剣だった。


 朝ご飯を急いで食べて、テーブルに向かい合って座った。

 咲楽さんが数学の教科書をぱっと開く。

 「まず現状確認です。この問題を解いてみてください」

 渡されたプリントを見た瞬間、頭が痛くなった。


 数式が、縦横無尽に並んでいる。

 「……これ、全部?」

 「十問です。制限時間は二十分」

 「に、二十分!?」

 「早く始めた方がいいですよ」 


 咲楽さんが静かに微笑んだ。 

 笑顔なのに、なぜか背筋が伸びた。


 二十分後。

 僕は三問しか解けていなかった。

 「……やっぱり、そうですね」

 咲楽さんが答案を眺めながら、小さく呟いた。


 怒っているわけじゃない。

 ただ、淡々と現実を見ている目だった。

 「基礎が抜けています。でも、解き方の筋は悪くない」


 「……フォローですか、それ」

 「事実です。ここを見てください」

 咲楽さんがペンを持って、僕の答案に書き込み始めた。


 「この式の展開、惜しいんです。ここで符号を間違えているだけで、あとの流れは合ってる」


 「……本当だ」

 「でしょう? だから基礎さえ固めれば、すぐ伸びます」


 断言だった。

 迷いが一ミリもない声で言うから、なんか信じてしまいそうになる。


 そこから、授業が始まった。

 咲楽さんの教え方は、想像の三倍くらい丁寧だった。


 難しい公式を、嚙み砕いて、例を出して、また別の角度から説明して。

 怒鳴らないし、馬鹿にしない。

 ただ、ひたすら丁寧に、真剣に教えてくれる。


 ……この人、本当に教えるのが好きなんだな。

 そう思った、その時だった。


 「ここの部分、もう少し詳しく説明しますね」

 咲楽さんが、すっと立ち上がった。

 そして、僕の隣に移動してきた。


 ……え?

 椅子を引いて、隣に座った咲楽さんとの距離が、急激に縮まった。

 肩と肩が、触れるか触れないかくらいの距離。


 ほんのりと、あの花の香りがした。

 「この公式なんですけど、こう見ると――」

 咲楽さんが僕のノートにペンを走らせながら説明している。

 でも僕の頭には、一文字も入ってこなかった。


 近い。近い近い近い。

 「……翔くん、聞いてますか?」

 「聞いてます!!」

 「目が泳いでいますよ」

 「泳いでないです!!」

 咲楽さんが首を傾けた。

 眼鏡越しの瞳が、間近でこちらを見ている。


 近い、顔も近い。

 「……あの、咲楽さん」

 「はい」

 「なんで隣に座るんですか」

 「え?」

 「い、いや、向かいに座ってた方が教えやすくないですか、普通」


 咲楽さんが少し考えるような顔をして、言った。


 「効果的な指導には、物理的近接が有効というデータがあります」

 「……データ?」


 「学習者との距離が近いほど、集中力と理解度が上がるという研究結果です」

 「それ本当ですか」

 「本当です」


 即答だった。

 ……なんか、妙に具体的だな。


 咲楽さんが再び説明を始めた。

 僕は必死に公式を追いかけながら、横目で咲楽さんをこっそり見た。

 真剣な横顔。

 ペンを走らせる白い指。

 たまにこちらを向いて「わかりますか?」と聞いてくる顔。


 ……わかりません、公式じゃなくてこの状況が。

 「翔くん」

 「は、はい!」

 「理解できてますか」

 「……五十パーくらい」

 「正直ですね」


 咲楽さんがふっと笑った。

 「じゃあもう一回説明します。今度はちゃんと聞いてください」

 「聞いてます……聞いてますよ……」

 集中しろ俺。これは勉強だ。勉強。


 二時間後。

 僕はぐったりとテーブルに突っ伏した。

 「……頭が、働かない」

 「よく頑張りました」

 咲楽さんがお茶を置いてくれた。

 「最初にしては、かなり吸収が早いです」

 「……本当ですか」

 「嘘はつきません」

 僕はお茶を一口飲んで、ぼんやりと考えた。

 二時間、必死に食らいついた。

 頭は疲れたけど、なんか、悪くない疲れ方だった。

 ……少し、面白かったかもしれない。勉強。

 自分でもびっくりした。


 その頃、咲楽さんはキッチンに立って、何かメモをしていた。

 あの小さなノートだ。

 「研究記録」と書かれた、あのノート。

 ……また書いてる。

 「咲楽さん、それ何書いてるんですか」

 咲楽さんがぴくっと肩を揺らした。

 「……日記です」

 「毎回書いてますよね、授業の後に」

 「几帳面なので」

 「へえ」

 なんか怪しいな。


 そう思ったけど、追及するほどでもない気がして、やめた。

 「……ねえ、咲楽さん」

 「はい」

 「さっきのデータって、本当にあるんですか。隣に座った方が集中できるって」


 咲楽さんが少し間を置いた。

 「……あります」

 「なんか、間がありましたよ今」

 「ありました?」

 「ありましたよ絶対」

 咲楽さんがすっと視線を逸らした。

 耳が、ほんのり赤くなっていた気がした。


 ……まあ、いいか。

 僕は気にしないことにした。

 隣に座られるとドキドキするのは事実だけど。

 集中できないのも事実だけど。

 なんか、今日の勉強、悪くなかったから。

 「明日も、よろしくお願いします」

 「……はい、もちろんです」

 咲楽さんが、静かに微笑んだ。

 ノートに何かを書き足しながら、独り言のように呟いた。


 「……想定通り、です」

 「え、何か言いました?」

 「何も言っていません」

 絶対何か言った。

 まあ、いいか。

 僕は伸びをして、参考書を閉じた。

 やばい同居生活の、二日目が終わった。


第2話 完

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