ギルド受付嬢は今日も冒険者を見極める。
「遠距離の魔法攻撃がメインのパーティのようですが、魔法の威力がまだ弱めで、近接職に頼りがちですよね。回復魔法は安定してますが、詠唱速度がちょっと遅いのも改善課題ですね。これらが改善できれば『ジャイアントラット討伐』依頼を受けることをお勧めしますよ。ジャイアントラットは動きが速いですが、単体ならスライムより弱いです。近距離職が牽制をし、遠距離魔法でトドメ、後衛で回復職が支援に専念すれば、効率よく倒せるはずです!」
私はエリナ・フロスト、冒険者ギルドで八年目の受付嬢です。ギルドが営業開始する朝の時間は来訪する冒険者が多くてんやわんやしています。
「レオンさんのパーティは近距離職と攻撃魔法職との連携がよく取れていますね。回復面も詠唱速度は一定時間で安定。回復量も問題ないですね。これならB級に昇格して、油断さえしなければワイバーンの討伐も十分可能ですよ!」
受付嬢はこういった冒険者へのアドバイスや依頼の斡旋など、その他にも依頼書の整理をしたり、愚痴を聞いたり、命の危機だと騒ぐ新人さんをなだめたりと多忙な日々を送っています。
私の隣のカウンターでは、新人のミラ・ルナールが冒険者の対応をしています。まだ入って1ヶ月程ですが、素直で人当たりのいい可愛い後輩です。ただ、ドジっ子で泣き虫なので、いつもハラハラしています。
「フェルンさんは個人の実力ではB級ランクでも通用しますよぉ! ただパーティでは個の力よりも協調性が大事です。連携が取れなければ高位ランクの魔物に苦戦しますぅ! 」
冒険者への対応も大分慣れてきたようですね。
暫くして冒険者の数が落ち着くと私は事務所の奥で、書類の山と格闘していました。受付は後輩のミラさんに任せていましたが、突然、カウンターの方から野太い怒声が響いてきました。
「ふざけんなよ! なんでこの依頼、受けられねえんだよ!」
今日もきましたか。ルーク・ウィンドレイ、星屑の旅団の自称リーダーさんです。赤毛の剣士さんで、自信家…いや、めっちゃ傲慢で、態度が悪い方なんです。普段はこういうクレーマーは強面のギルドマスターガイルさんが引き受けてくれますが、生憎今は不在です。ミラさんじゃ手に負えないでしょうし。
「はぁ......」
もう、ため息しか出ませんよ。
受付嬢の天敵って、こういう我の強い冒険者さんを説得することなんですよね。
「だから、何度も言ってるじゃないですかぁ! ルークさんたち、冒険者になってまだ間もないですし、戦闘経験が浅くて、連携面も不安要素が多いので、この依頼は危険なんですよぉ! まずは連携を強化して、魔法職にも、もっと戦闘経験を積ませてくださぁーい!」
ミラさんの声、半分泣き声です。カウンター越しに、彼女のうるうるした瞳が見えます。
「余計な世話なんだよ!ギルドのランク条件はクリアしてるんだから、さっさと依頼を受諾しやがれ!」
ルークさんの声、大きいんですよ、ほんと。カウンターにドンッと手を叩きつけて、受付占領して仁王立ち。後ろでセリカさんが「ルーク、落ち着いて…」と小声で呟いてますけど、リリィさんはオロオロ、バルドさんは黙って気まずそうに突っ立ってます。
星屑の旅団、名前はカッコいいのに、こんな調子じゃ先が思いやられますね。
「えっと、どうかされましたか?」
私が事務所から出て、受付のミラさんに声をかけると、彼女が振り返って、瞳をうるうるさせて訴えてきました。
「エリナ先輩! ルークさんたちが、シルバーファングの討伐依頼を受けるって、ぜんぜん話聞いてくれないんですよぉ!」
私は小さく呟く。
「シルバーファングですか……。」
カウンターに肘をつき、星屑の旅団の依頼実績の書類を引っ張り出して目を通す。どれどれ、スライム討伐8件にゴブリン討伐が5件、うち1件がホブゴブリンですか。確かにDランクの条件は満たしていますね。
私はそっと書類の備考欄に目を移す。そして、思わず眉間に皺を寄せる。ホブゴブリン討伐時に他パーティの支援があったって報告が書いてあるじゃない。ホブゴブリンはDランクの魔物で、手下のゴブリンを率いる小さな群れの主。
駆け出し冒険者にとっては難関の一つだけど、知能が低くて統率力がないから、討伐難易度は低めよね。自分達のパーティだけでホブゴブリンも倒せないのに、シルバーファングに挑むなんて無謀もいいところ。
ふと、星屑の旅団が過去に依頼完了の受付をしに来た時のことを思い出す。あの時はスライム討伐の報告だったかしら。ルークさんがドヤ顔で「楽勝だったぜ!」とカウンターにスライム核をドンッと置いたけど、よく見たら依頼の討伐数を満たしていませんでした。
それに、ゴブリン討伐の時は素材の回収を忘れてたり、トドメを刺しきれておらずに反撃を食らってが怪我したって報告もありましたね。ほんと、星屑の旅団って爪が甘いんだから。
「ルークさん、受付嬢が許可しないと、依頼は受けられませんよ。シルバーファングは必ず群れで動く魔獣で、統率力も高く、駆け出しのパーティにはかなり危険な魔獣です。別の依頼を探してくださいね。」
私はルークさんのプライドを傷つけないよう、慎重に言葉を選びました。だけど、彼はさらにヒートアップ。
「依頼を仲介するのがお前らの仕事だろうが! 俺たちがクリアした依頼から手数料かすめ取ってる分際で、なんで断るんだよ!」
挑発するような目で睨んできました。ルークさん、それめっちゃムカつきますね。
「ルークさん、私たちの仕事は、冒険者さんにむやみに依頼を受けさせることじゃないんですよ。冒険者って危険な仕事なんで、皆さんの実力と適性を見極めて、リスクを最大限減らして成功に導くのが役目なんです。実力不足のパーティに無茶な依頼を受けさせたら、ギルドの評判が落ちますよ。ましてや、死人が出たら、担当の受付嬢の責任になっちゃうんですから!」
私が冷静に、でもちょっと熱く語ると、ルークさんが一瞬ムッとした顔で黙りましたが、ルークさんはそう簡単には引き下がりません。
「責任だ? 評判だ? そんなの知ったことか! いつまでスライムやゴブリンばっかり狩らせる気だ?」
またカウンターに手を叩きつけて、顔を近づけてきました。 セリカさんが「ルークさん、ちょっと…」と焦った顔で止めようとしてますけど、リリィさんは「ひっ、怖い…」って後ずさり、バルドさんは「ルーク、やりすぎだろ」と低い声で呟いてます。
「まぁまぁ、ルークさん、落ち着いてくださいね。可能だと判断できれば、ちゃんと依頼の受付はしますから」
私がニッコリ笑ってなだめると、ルークさんが鼻を鳴らして一歩下がりました。
「毎回そういって、低ランクの依頼ばっか押し付けやがって!! 」
星屑の旅団の他のメンバーは、セリカさんがため息、リリィさんがビクビク、バルドさんが肩をすくめてる。マスターがいる時は、いつもこの辺で話が着くんですが、女だからと舐められてるんでしょうか。
その瞬間、背後でカチャリと金属音。振り返ると、ミラさんがカウンターの陰で小さなナイフを握り、震える手でルークさんの方を睨んでる。うるうるした瞳に、うっすら殺意が宿ってる!?
「ちょっと、ミラさん、何する気ですか!?」
私は小声で慌てて囁く。ミラさんが涙を浮かべながら、ヒソヒソ声で答える。
「もうこうするしかないんですぅ……! 」
「ちょっと!!」
いやいや、ミラさん、殺意のスイッチ入ってるじゃない! ドジっ子がこんな怖い目するなんて、初めて見たわ! ミラさんが飛び出そうとした瞬間―――
「―――あー! わかりました、ルークさん。シルバーファングの討伐依頼、受け付けますよ! 特別ですよ?」
私が慌てて叫ぶと、ミラさんが目を丸くして叫んだ。
「え〜! エリナ先輩! マスターに怒られちゃいますよぉ〜!」
「大丈夫ですよ。受付担当は私の名前にしておきますから」
私はミラさんにウィンクしつつ、内心で冷や汗。ミラさんはナイフをサッと隠し、「ふぇ、よ、よかったぁ……」と胸を撫で下ろす。
いや、よかったじゃないです! なんでナイフ持ってるんですか!
ルークさんが嘲るように鼻で笑った。
「最初からそうしとけってんだよ。冒険者の寄生虫がよ。」
そう吐き捨てて、ルークさんは依頼書を私の手から奪うように取り、そそくさと出て行った。星屑の旅団の面々も、セリカさんが小さく頭を下げ、リリィさんがビクビクしながら、バルドさんが無言で後に続いた。隣でミラさんが心配そうな顔でこっちを見てる。
「エリナ先輩、本当にいいんですかぁ?」
「大丈夫ですよ。」
ミラさんにはそう答えたけど、ぜんっぜん大丈夫じゃないです。担当した冒険者の依頼が失敗すれば、私の成績が下がる。せっかく今月、失敗件数ゼロで順調だったのに。
ギルドマスターは今不在だけど、失敗がバレたら絶対に叱られます。それに、ルークさん達が向かった森の奥って、最近、突然変異した魔物の目撃情報が多いんですよね。
もし死人でも出たら、責任問題だ。停職で済めばマシな方。
はぁ、仕方ないか。
☆☆☆
森の奥、木漏れ日がちらつく小道を、星屑の旅団が歩いている。ルークさんを先頭に、セリカさん、リリィさん、バルドさんが続く。鳥のさえずりと、ルークさんの不機嫌な足音だけが響く中、バルドさんが重い口を開いた。
「ルーク、さっきのはさすがにやりすぎじゃないか? エリナさんたちは、俺たちのこと考えて――」
「バルド、お前、人が良すぎんだよ!」
ルークさんが振り向かず、声を荒げて遮る。
「あいつらは、受注者がつかねえEランクの雑務を俺たちに押し付けたいだけだろ。依頼に誰も手ぇ挙げなきゃ、依頼人からギルドにクレームが入るんだとよ。雑務ばっか押し付けやがって!」
ルークさんは苛立ちを隠せず、近くの木や草に剣を振り回して当たり散らす。刃が草を切り裂き、木の皮を削る音が森に響く。セリカさんは黙って眉を寄せ、リリィさんはビクビクしながら後ろで縮こまっている。
二人とも、ルークさんの機嫌をさらに悪くしないよう、口を閉ざしたまま。その様子を、木の影からそっと覗いていた私は、ため息をついた。
「まだあんなこと言ってますね。」
森の奥に進むと、シルバーファングの遠吠えが響いた。星屑の旅団の四人が一斉に臨戦態勢に入る。
「おい、きたぞ!」
ルークさんが剣を構え、叫んだ。前方から銀色のシルバーファングが一頭現れる。鋭い牙を剥き、赤い目が光ります。
「へっ、一体かよ! これなら――」
ルークさんが突進しようとした瞬間、背後から唸り声。バルドさんが振り返り、顔を強張らせました。
「囲まれてる!」
木々の間から、六頭のシルバーファングが現れる。右、左、前、木の上からも。牙を剥き、四人を睨む。木陰から見ていた私は呆れました。
「あれだけ騒いでたら、魔獣に自分達の位置を教えてるようなものです。」
シルバーファングの統率力は脅威そのもの。リーダーの遠吠えに合わせ、六頭が一斉に間合いを詰めてくる。ルークさんたちがバラバラに動けば、確実に各個撃破されます。私は懐からクロスボウを取り出すと光の魔法で矢を形成しました。
「仕方ないですね。」
「ひぃ!」
リリィさんが悲鳴を上げ、杖を掲げて防御魔法を発動。光の鎧が四人を包みますが、薄く頼りないですね。
「持続は2分くらいですぅ!」とリリィさんが泣き声で叫びます。
「リリィ、ナイス!」バルドさんが盾を構え、
「ルーク、右の二頭! セリカ、木の上を!」
「うるせえ、俺が全部片付ける!」
ルークさんが正面のシルバーファングに突っ込む。剣を振り下ろすが、魔獣が素早くかわし、攻撃がルークさんの脇腹をかすめ、光の鎧がひび割れます。
「くそっ!」
「ここね!」
私は木陰からクロスボウを放ち、リーダーのシルバーファングの後ろ脚に光の矢を撃ち込む。矢は命中後、キラリと光って消滅。魔獣が一瞬よろめき、ルークさんへの追撃が遅れる。ルークさんは気づかず剣を振り回し、「くらえ!」と叫んで一頭に斬りかかる。
バルドさんが盾で左のシルバーファングを弾き、斧で側面を叩くが、別の魔獣が背後から飛びかかります。
「周囲の警戒が甘いですよ、バルドさん。」
私はすかさずクロスボウを撃ち、光の矢でその魔獣の目を狙う。矢は瞳をかすめ、消滅。
魔獣が唸りながら後退し、バルドさんが「今だ!」と斧で追撃。一頭が倒れる。バルドさんは私の援護に気づかず、「よし!」と気合を入れる。セリカさんが木の上のシルバーファングに弓を放つが、矢がわずかに外れる。
魔獣が飛び降り、セリカさんの足元に迫る。
「手に力みが生じて一瞬震えましたね、弓の扱いは脱力が大事です。」
私はクロスボウを連射し、光の矢で魔獣の肩を貫く。矢は消滅し、魔獣が動きを止めた隙に、セリカさんの二射目が急所に命中。
「やった!」とセリカさんが小さくガッツポーズ。私の矢は誰にも気づかれず、ほっと一息。
「リリィ、魔法は?!」
セリカさんが叫ぶ。
「あと、30秒くらい……!」
リリィさんは涙目で魔法を維持し、杖を握る手が震えている。シルバーファングのリーダーが遠吠えを上げ、残りの三頭が一斉に動き出す。統率された動きで、ルークさんを右から、バルドさんを左から狙う。最後のシルバーファングがリリィさんに飛びかかりました。
光の鎧が消滅し、リリィさんが「ひぃ!」と悲鳴を上げ、反応できずに顔を隠して身をひねらす。
「リリィさんはオロオロしすぎですよ!」
私はクロスボウを構え、素早く光の矢を放つ。
矢はシルバーファングの首に突き刺さり、キラリと光って消滅。魔獣がドサッと倒れ、動かなくなる。リリィさんが恐る恐る目を開け、倒れたシルバーファングを見て
「あ、あれ〜」と目を丸くする。ルークさんが右のシルバーファングに剣を振り、斬りつけるが、浅い傷しか与えられない。魔獣が反撃し、ルークさんがよろける。
「自信があるのは結構ですが、剣士としての基礎がなっていませんね。時には謙虚さも大事ですよ。」
私は光の矢を連射し、リーダーの前脚に二本撃ち込む。矢は消滅し、魔獣がバランスを崩す。ルークさんが「今だ!」と叫び、剣で喉を斬る。一頭が地面に倒れる。
バルドさんが盾でリリィさんを守りつつ、斧で牽制。最後のシルバーファングがバルドさんの背後に回り込む。私は光の矢でその魔獣の側腹を撃ち、動きを一瞬止める。
矢は消滅し、バルドさんが振り向いて斧でトドメを差しました。
「ふぅ、なんとか済んだみたいですね。 これで私の処分は免れそうです。」
私は木陰でクロスボウをしまいながら、ほっと胸を撫で下ろした。ルークさんたちの無茶な戦い方を思い出し、次に彼らが無謀な依頼を受けようとしたらどう対処しようかと考える。説得? それともギルドマスターに事前に相談? 思考を巡らせたのも束の間だった。
森の奥から、先ほどのシルバーファングとは異なる、異様な魔獣の咆哮が響き渡る。
「グオオォォ!!!」
低く、喉を震わせるような不気味な音。まるで地響きのような、骨まで震える重低音だ。すると、辺りに潜んでいたらしいシルバーファングの残党が、怯えたように一斉に逃げ出した。
木々の間を駆け抜ける銀色の影が、遠くに消えていく。私は目を細め、独り言をつぶやく。
「この鳴き声……シルバーファングじゃないですね。」
その瞬間、星屑の旅団の四人の前に、巨大な熊型魔獣が姿を現した。グリムベア――漆黒の毛皮に覆われ、赤く光る目が不気味に輝く。体高は3メートル近く、両腕を高く上げると、まるで森全体を威圧するかのようだ。
だが、様子がおかしい。グリムベアの毛皮には不気味な紫色の脈が浮かび、傷ついた前脚がみるみる再生している。口から漏れる息は緑がかった霧を帯び、触れた草木が一瞬で萎れている――変異種だ。
私は木陰からクロスボウを構え、息をのむ。
「グリムベアの変異種……再生能力と毒霧ですか。こりゃ、シルバーファングどころの騒ぎじゃない。」
A級ランクの魔獣に相当する。
鋭い爪が月光にきらめき、地面を踏みしめるたびに土が震える。ルークさんが剣を握り直し、叫びます。
「おい、なんだこの化け物!?」
木陰でクロスボウを構えていた私は舌打ちする。
「もうっ!受付嬢が冒険者に協力するのは、本来ギルド規約で禁止されてるのに……」
グリムベアの毒霧がルークの足元に忍び寄る。エリナは迷いを振り切り、木陰から飛び出して叫んだ。
「皆さん、戦わないでください!」
ルークさんが剣を止めて振り返る。
「なっ!? なんであいつがここに!?」
バルドさんが盾を構えたまま目を丸くする。
「エリナさん!? なんで……!?」
セリカさんが弓を下ろさず、驚きを隠せない声で呟く。「なんでこんな森の奥に?」リリィさんは杖を握りしめ、ビクビクしながら「ひぃ、エリナさん!? ど、ど、どうして!?」と泣きそうな声で叫ぶ。
グリムベアが四人と私を交互に睨み、低く唸る。毒霧がさらに広がり、地面を這う。私はクロスボウを構えたまま、叫ぶ。
「そのグリムベアは変異種です! すぐに逃げてください! ただ、背を向けず、ゆっくり後ずさりしてください! 隙を作ったらダメです!」
星屑の旅団の四人は私の指示に従い、じりじりと後退を始める。ルークさんが剣を握り直し、グリムベアを睨みながら、「ちっ、逃げるなんて俺の流儀じゃねえ!」と強がる。
バルドさんが盾を構え、セリカさんが弓を握り、リリィさんが震えながら杖を手に後ずさる。だが、リリィさんが「ひぅ!」と小さな悲鳴を上げ、木の根に足を引っかけて転び、尻もちをつく。グリムベアの赤い目がリリィさんを捉え、巨大な腕を振り上げ、毒霧をまき散らしながら襲いかかろうとする。
「くそっ!」
ルークさんが私の指示を無視し、グリムベアに突進。剣を振り下ろすが、刃はグリムベアの硬い毛皮をかすめただけで、ガキン!と甲高い音を立てて折れる。
「ガルルォッ!」
グリムベアが低く唸り、眼光がルークさんを貫く。彼は足がすくみ、恐怖で腰を抜かしてその場にへたり込む。
「な、なんだよ、この化け物……!」
私は走って四人の元へ向かいながら、内心で焦る。この距離だと一撃でグリムベアを仕留めきれない。
グリムベアがルークに狙いを定め、巨大な腕を振り上げる。私はクロスボウを構え、グリムベアの右腕を狙って光の魔法を込めた矢を放つ。
「グルオオッ!」
矢は腕に突き刺さり、グリムベアが痛みに咆哮し、一瞬怯むが、傷はすぐ再生する。
「皆さん、目を閉じて!」
私は叫ぶと同時に、クロスボウから光の魔法を閃光のように放つ。眩い光が森を照らし、グリムベアが目を押さえてよろめく。四人も目を閉じ、リリィさんが「ひ、ひぃ!」と縮こまる。
私は一気に四人の元へ駆けつけ、リリィさんの手を引いて立たせる。
「リリィさん、逃げて! バルドさん、セリカさん、リリィさんを!」
バルドさんとセリカさんが頷き、リリィさんを支えて後退を始める。私はルークさんに手を伸ばす。
「ルークさん、立ってください!」
だが、ルークさんは腰が抜けたまま震え、動けない。
「く、くそっ……腰が、抜けて……!」
その時、グリムベアが目を回復し、私に毒霧をまき散らして襲いかかる。
「ヴォオオォ!」
重く響く咆哮とともに、鋭い爪が振り下ろされる。瞬間、私は呟く。
「仕方ないですね。」
次の瞬間、私が腰の短剣を抜き、光の魔法を刃に纏わせて一閃。ゴロッとグリムベアの首が地面に転がり、血しぶきが降り注ぐ。巨体がドシンと倒れ、森が静寂に包まれる。
私は短剣を鞘にしまい、返り血に濡れた顔で不敵に笑う。
「皆さん、怪我はないですか?」
ルークさんが呆然とした表情で呟く。
「お前……何者だよ!?」
「ただのギルドの受付嬢ですよ」
口外は禁止されてるので、言えませんが、ギルドの受付員は全員が元冒険者。それも殆どがS級まで上り詰めた実力者揃いです。ルークさんがいつも馬鹿にしてるミラさんだって暗殺家生まれの元冒険者なんですよって伝えたいです。
私は血を拭いながら、続ける。
「私たちは経験と知識で冒険者の適性を見極め、アドバイスするのが仕事です。時には依頼を断られて理不尽に感じることもあるでしょうけど、そこにはちゃんとした理由が、あなたたちの命を守るっていう理由があるんです。さっきのシルバーファングの戦いも、私がこっそり援護してなかったら、たぶん全滅してましたよ。」
ルークさんは「くっ……」と歯を食いしばり、地面を睨む。腰が抜けたまま、悔しそうに拳を握る。バルドさんが「エリナさん……俺たち、助けられたんだな」と低く呟き、セリカさんが「……感謝します」と静かに頭を下げる。リリィさんは「エリナさんありがとう、うぅ……!」と泣きじゃくていました。
私は唇の端を上げ、嫌味っぽく笑う。
「まぁ、でも、冒険者の寄生虫の言葉なんで、聞き流してくださいね。」
グリムベアの死体が毒霧を漂わせ、森に不気味な空気が漂う。私はクロスボウを手に、皆さんに言います。
「さっさと片づけて帰りましょう。この変異種は魔獣同士の争いで死んでいたことにしてください。絶対に自分たちの手柄になんて考えないでくださいね! あと皆さん、今日のことは絶対口外しないでください。規約違反バレたら、私、クビになるかもしれません!」
ルークさんがシュンとした顔で頷き、「……わかった」と呟く。セリカさんが「恩に着ます」と静かに言い、バルドさんが「約束するよ」と穏やかに答える。リリィさんが「エリナさん、助かったよぉ……!」と泣きながらしがみついてくる。私は内心ため息。
ミラさんのナイフ騒動のせいで、こんな綱渡りするなんて、ほんと勘弁してほしいです。
☆☆☆
次の日、私はいつものようにギルドの事務所奥で書類の山と格闘していた。昨日はグリムベアとの戦いで規約違反ギリギリの綱渡りだったけど、なんとか星屑の旅団の四人に口止めは成功しました。
ルークさんのあのシュンとした顔、ちょっと笑えるくらいでした。ギルド依頼の失敗も今月はゼロのまま。
ふふ、ギルドマスターからボーナスでも出ないかしら?
そんなことを考えながら、書類にハンコを押していると、受付の方から聞き慣れなれない穏やかな声が響いてきた。
「ミラさん、今までほんとすみませんでした!」
え、なに?
私は足を止めてカウンターを覗く。そこには、ルークさんと星屑の旅団のメンバーが、ミラさんに深々と頭を下げている光景が。ルークさんの顔からはあの鼻につく傲慢さが消え、珍しく素直で反省している表情が浮かんでいる。
セリカさんは静かに頭を下げ、リリィさんは「ご、ごめんなさいぃ……!」と泣きながら謝り、バルドさんは気まずそうに、でも誠実に頭を下げている。ミラさんは目を丸くして、オロオロしながら手を振る。
「ふぇ!? ど、どうしたんですかぁ、皆さん!?」
あのルークさんが頭を下げるなんて、昨日グリムベアの一件がよっぽど効いたんですかね?
私は内心でニヤつきながら、カウンターに近づく。すると、ルークさんが私に気づき、勢いよく声を上げた。
「エリナさん! 昨日はありがとうございました!」
その瞬間、背後から低くドスの効いた声が響く。
「昨日? なんの話だ、エリナ?」
ギルドマスターのガイルさんが、事務所の奥からぬっと現れた。がっしりした体に鋭い目、私は心臓が跳ね上がり、慌ててごまかす。
「マスター! あぁ、これはあの……その、昨日、依頼の相談でちょっと熱く語り合っただけで!」
やばい、やばい! 規約違反バレたら!
冷や汗をかいていると、バルドさんがすかさずフォローに入った。
「ガイルさん、昨日は俺たちがシルバーファングの依頼でゴネて、エリナさんに諭されたんですよ。で、ミラさんに迷惑かけたこと、反省して謝りにきたってわけです。」
バルドさんの落ち着いた声に、ガイルさんが「ふむ」と顎を撫でる。セリカさんが「そうです、ただの相談です」と冷静に頷き、リリィさんが「う、うん、そうだよぉ……!」と必死で同意する。ルークさんは「ま、まぁ、そういうことです!」と少し焦った顔で誤魔化す。
私は内心でホッと息をつく。バルドさん、ナイスフォローです!
ガイルさんがじろりと私を見たあと
「まぁ、いい。エリナ、失敗ゼロの記録、維持しろよ」
そういって事務所に戻っていった。
私は気を取り直し、カウンターに立ってニッコリ笑う。
「はい、皆さん! 今日も自分に合った依頼をしっかりこなしてくださいね! アドバイスは私、エリナとミラにお任せください!」
ミラさんが「ふぇ、う、うん、頑張りますぅ!」と慌てて頷き、うるうるした目で書類を抱える。
私は書類の山を片手に、ミラさんと顔を見合わせて小さく笑う。この埃っぽいギルドには、今日も冒険者たちの汗と野望が響き合い、また騒がしい一日が始まっていく。




