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第11話「かぐや姫」

「……事の発端は、二十年前だ」

 黒須はうつむきながら話を始めた。

「二十年前、伽耶様の両親が京都の竹林で生まれたばかりの伽耶様を拾った。それが、すべての始まりだ……」


(二十年前に、お父さんとお母さんが私を拾った……?)

 伽耶は息を呑んだ。

「ば、バカヤロウ! 黒須さん! 敵に何をベラベラと話してるんだ!」

 少し離れた場所から堂島が叫んだ。

「ふう……ちょっとあなた、大人しくしててもらえますか?」

 青龍が指をパチンと鳴らすと、地面から植物の根っこが生えてきて、堂島の身体を縄のようにグルグルと縛った。

「な、何だよコレ!? う……動かん!」

「植物には水が流れているから、青龍は植物も操ることができるんだよ」

 麟が説明を行う傍らで、縛られた堂島は芋虫みたいに地面に転がった。

「邪魔者は排除した。さあ黒須さん、話を続けてくれ」

 麟に促され黒須は話を続けた。それは、あまりにも摩訶不思議な内容だった。


 二十年前、伽耶の両親である竹村徹と真由美は売れない劇団員だった。

 結婚はしていたが、子供はなく、気が付けばふたりとも四十代半ばを迎えていた。夢だけで食べていけるわけもなく、重ねた借金は数百万円を超えた。定職にも就いておらず借金を返せるアテもなく、ふたりは死を選ぼうとしていた。

 そして、最後の思い出に、と故郷の京都へ向かい、所持金全てを使い果たすと、そのまま命を絶つために竹林に入った。八月十五日、大きな満月が輝く蒸し暑い夜だった。


 だが、死に場所を探し、竹林を彷徨うふたりは不意に赤ん坊の泣き声を聞いた。

(こんな真夜中の山奥に赤ん坊?)

 恐る恐る、その鳴き声の元に近づくと、そこには一本の大きな竹があり、その根元に金色の衣に包まれた赤ん坊がいた。

 オギャア、オギャア……と泣き続ける赤ん坊を見たふたりは呆然と立ち尽くした。

(捨て子か? でも何でこんな竹林に……?)

 その時、徹は赤ん坊の横に、別の包みと手紙があることに気付いた。その手紙には、こう書かれていた。

『この子を育ててください。名前は『伽耶』(かや)です。二十年後に迎えに来ます。その代わり、お礼はします。このきんを使ってください』

 包みの中を見て徹は驚愕した。中には金の延べ棒が何本も入っていた。何千万もの価値があるに違いなかった。

 また徹とは対照的に、妻の真由美は泣いている赤ん坊を抱きあげていた。幼子特有の無垢な香りがした。真由美に抱かれた赤ん坊は安心したのか、キャッキャッ、と笑い、真由美は思わず赤ん坊を抱きしめた。


 死の決意は赤ん坊の無邪気な笑顔で霧散した。ふたりの間に子供は無かったため、手紙に書かれていた「伽耶」と名付けられた赤ん坊をふたりの子供として育てるために、金の延べ棒を持って山を下りた。


「竹村夫妻は、金の延べ棒を貨幣に替えて、まずは借金を返した。その後、残ったお金で土地を買い、貸駐車場を始めた。それからだ、ふたりの生活が一変したのは……」

 黒須の話が続く。

「その貸駐車場はなぜか莫大な利益を上げた。また土地の値段が高騰したため、その土地を売ると買った時の倍の値で売れた。その金を元手に新たな土地を買えば、また倍の値で売れた。土地の転売を繰り返し、手にした金で新たな商売を始めれば必ず繁盛した。気が付けばふたりの手元には、使い切れない程のお金が入っていた……」


 そして、伽耶を拾ってから四年が経ち、伽耶は聡明で優しく、可愛らしい女の子に成長していた。

 竹村夫妻は幸せを噛みしめていた。仕事は順調、お金の心配はない、豪邸もある。傍らには可愛い娘……。

 これ以上、何を望めばいいのか分からない位の幸せな人生だ。しかし、ふたりにはどうしても拭いきれない不安が頭の片隅にあった。それは……。


『二十年後に迎えに来ます』

 伽耶が捨てられていた場所にあった手紙の一文だ。

 不安に駆られた竹村夫妻は、伽耶の両親のことをありとあらゆる手段を持って調べ出した。

 伽耶の両親はどこにいるのだろうか? 

 なぜ伽耶はあんな人気のない竹林に捨てられていたのか? 

 なぜ二十年後に迎えが来るのか?


「しかし、結局真相は分からずじまいだった。困ったふたりは商売仲間からある噂を聞いた、この世に起こる摩訶不思議な現象を解決する組織があると……そして、ふたりは京都にある『陰陽師総本山』を訪ねた」


「陰陽師総本山だと……?」

 黒須の発した言葉に麟が反応した。

「麟、知ってるの?」

「ああ、聞いたことがある。日本国内の陰陽師を束ねる最大規模の組織だ。黒須さん、アンタ、そこに所属する陰陽師だったんだな」

「ああ……」

 黒須は力なく頷いた。


「それで、俺は竹村家に派遣された。表向きは運転手として。そして、実際には伽耶様を守るためにな……麟よ、お前の推測通りだ。俺は風水の力を借りて屋敷を徹底的にガードし、更に式神を使って見張りを立てた。黒猫のジジは俺が使う式神だ」

「それなら、なぜ伽耶を守るべき存在だったアンタが伽耶の命を狙うようになったんだ?」

 だが、麟の言葉に黒須は答えず、うつむき沈黙した。


「その先は俺が話してやるぜ」

 木の根っこで縛られている堂島が口を開いた。

「予知があったんだよ」

「予知?」

「そう、俺たち陰陽師は日本で暗躍している。それは俺たちには切り札があるからだ。未来を予知できる巫女がいる。その巫女がいる限り、この国では俺たちは政治家たちの後ろ盾を得ている。その巫女が予知したんだよ、竹村伽耶がこの世を地獄に突き落とす存在だってな」

「わ、私が……?」

 伽耶は顔から血の気が引くのが分かった。

「言ってることがさっぱり分からねえな。それじゃあ、伽耶は一体何者なんだ?」

「……かぐや姫だよ」

「は?」

「遥か昔に書かれた、おとぎ話『竹取物語』に出てくる『かぐや姫』こそが、この女の正体だ」

「な、何よ、それ……? 私はそんなんじゃないわ! ただの人間よ!」

 あまりに突拍子な話に伽耶は叫んだ。しかし、そんな伽耶の声を無視して堂島は話を続けた。

「おい、中国の小僧よ、お前、竹取物語のあらすじを知っているか?」

「いや……」

 日本人にとっては馴染みのあるおとぎ話でも中国から来た麟には、竹取物語、と聞いてもピンとこない。

「ある老夫婦が、光る竹の中から女の赤ちゃんを拾う。その女は成長し絶世の美女となり、時の権力者たちから求愛を受けるが、女は月からの使者であり、満月の夜に月に帰っていく、という物語だ」


「伽耶の状況に似ている……」

 麟は唖然とした。堂島は話を続ける。

「巫女の予知に基づき、陰陽師総本山は過去の文献を洗いざらい調べ直した。そして見つけたんだよ、封印された文献の中に竹村物語は実話を基に作られた話だ、っていう記録をな」

「ば……バカ言え! 月に人がいるわけないだろう!」

「確かにな……月に人なんていない。だが、見方を変えれば事実も変わって来る……小僧、貴様も陰陽道を極めているなら、月が何を意味する隠語か知ってるだろう?」

 その言葉に、麟はハッとしたかのように堂島を見た。

「月……まさか、冥界のことか?」

「ご名答」

 堂島はニヤリと笑った。


「死者たちの世界……冥界のことを、俺たち陰陽師は『月』と隠語で呼ぶ。つまり古典にあった、かぐや姫の正体とは冥界の住人のことだったんだよ」

「ば、バカな!? それじゃあ、伽耶が冥界の住人とでもいうのか!?」

「いや、それは半分正解だ」

「どういうことだ?」

「正確に言えば、竹村伽耶は、あの世の者とこの世の者との間に生まれた存在、だ」

「ちょっと待て! 例えそうだとしても、それなら、なぜ伽耶が命を狙われなければならない!?」

「冥界の門……」

「何?」

「この世とあの世の間には、生者と死者を分ける冥界の門がある。俺たちの見解はこうだ。竹村伽耶はその門を開けるカギだ。その女が二十歳になる日、竹取物語と同じく冥界の住人がその女を迎えに来る。その時、門は完全に開き、死者たちがこの世になだれ込むってわけだ」


「そ、そんな……」

 想像もつかない話に、伽耶は言葉を失った。

「そのために、伽耶の命を狙ったってワケか……」

「ああ、すべて陰陽師総本山を束ねる総帥の決断だ。冥界の門が開き、死者たちがこの世に現れれば、この世界は崩壊する。その前にカギとなる竹村伽耶を殺して門の開放を防げ、ってな」

「それだけのために、ひとりの女性を狙うなんて狂ってるぜ、お前ら」

「何とでも言え。指に切り傷があれば、その傷が全身にいきわたる前に腕を切断する。それが俺たち陰陽師総本山のやり方だ」

 堂島は自虐的な笑みを浮かべた。

「そいつの同級生、犬井の事件も俺たちが絡んでいる。狗神の血を引く犬井を暴走させて竹村伽耶を始末する計画だった……だが、どっかの誰かさんが邪魔したことで失敗したがな」

 堂島が横目で黒須を見ると、黒須は目を伏せた。その姿を見ながら堂島は笑い声を上げた。

「ハハッ、情けねえ話だ。命令を遂行できなかった罰として、陰陽師総本山の掟に従い、俺たちは死刑が確定だぜ!」

「し、死刑!?」

 伽耶は驚いて黒須の方を見た。黒須はずっとうつむいている。

「ついでに言っておくが、俺たちがいなくなっても、竹村伽耶の安全が保障されたわけじゃないぞ」

「どういう意味だ?」

「俺たちからの連絡がなければ、組織は粛清に失敗したとみなし、次の追手を放つだろう。組織は全国に根を張っている。竹村伽耶を始末するために、次から次へと追手が来るはずだ。お前たちはもう逃げられないぜ」

 そう言うと、堂島はククッと笑った。


「そ、そんなことよりも……」

 伽耶は黒須に近寄った。

「おかしいよ! 何で黒須さんが死刑にならなきゃいけないの!?」

「伽耶様……」

「黒須さん、警察に行こう! こんなの絶対におかしいよ! お父さんに頼んで、警察の人に守ってもらおうよ、ね? 黒須さん、そうしようよ!」

 伽耶の必死の訴えに堂島が口を挟んだ。

「クク……お嬢ちゃん、無駄だよ無駄、陰陽師総本山の恐ろしさを知らないねえ……組織は、この国の権力者たちを裏から牛耳っている。警察は全員俺たちの味方だ。それに事故に見せかけて、君の両親を殺すことも可能なんだよ」

「そ、そんな……」


「伽耶様……」

 黒須は呆然としている伽耶を見つめた。

「私は伽耶様を亡き者にしようとした不届き者です。そんな私に、なぜそんな優しい言葉を……?」

「な、なぜって……」

 伽耶は黒須の目をじっと見た。

「黒須さんは小さい頃からずっと私を助けてくれた……だから今度は、私が黒須さんを助ける番だと思ってる……ただそれだけだよ……」

 伽耶はにっこりと笑った。その笑顔を見た黒須は思わずうつむいた。


「ありがとうございます……伽耶様、こんな私に……」

 その時……黒須の周りの空気が変わる気配がした。

「でも、伽耶様……」

 黒須の目に涙が浮かんでいた。しかし、その瞳の奥には何か覚悟を決めた光も宿っていた。

「私はもうどこにも戻れませぬ……ならば、陰陽師の掟に従うまで……」

 そう言うと、黒須は白い道着の前をバッとはだけた。道着の下には無数の呪符が張り付けられていた。


「く、黒須さん……?」

「離れろ! 伽耶!」

 麟は咄嗟に伽耶を黒須から引き離した。その瞬間、黒須の身体が真っ黒に染まっていくのが見えた。


「お別れです、伽耶様……」

「く、黒須さん! 黒須さ──ん!」

 伽耶が叫んだ。と同時に黒須の身体に閃光が走った。


 突風が吹き土煙が舞った。伽耶は黒須を見た。いや、かつて黒須だったモノを見た。

 それは人の姿をしていなかった。巨大な灰色の獣に変貌していた。

 獣は甲高い声で雄叫びを上げた。

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