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第10話「青龍」

 亀の式神に飲み込まれそうになった伽耶を救ったのは四神獣のひとり、朱雀だった。朱雀は赤い髪をなびかせ、伽耶を後ろから抱きかかえたまま空を移動すると、湖の岸辺に降り立った。


「す、朱雀さん……」

「危ないところだったわね」

 伽耶は今度こそ本当の地面に足を着けると、少しよろめいてバランスを取った。

 両手首は結束バンドで縛られていて、朱雀はそのバンドに人差し指を向けた。指の先端は赤く光っていて、指先がバンドに触れると、ジジジ、という音を立ててバンドが千切れた。

「もう大丈夫よ、ひどいことするわね、あの連中」

「あ、ありがとうございます……」


「伽耶! 大丈夫か!?」

 背後から聞きなれた声が聞こえた。その声の主は麟だった。

「り……麟!」

 伽耶が麟に駆け寄ろうとした時だった。湖畔に大きな波が起こった。巨大な島……いや、亀の甲羅が岸辺に近づいてきた。


「ははは! 現れたな、中国の小僧!」

 甲羅の上で、茶色の頭の男……堂島が笑っていた。その傍らには黒須の姿もあった。

「そこの女を渡せ! そいつは人間じゃない。人々に災いをもたらす上級魔だ!」

 伽耶は思わず麟の後ろに隠れて、麟の黒い服をギュッと握りしめた。


「嫌だね」

 すると、麟が相変わらずの無愛想な態度で答えた。

「は?」

「俺は他人に指図されることが、大嫌いなんだ」

「ははは! いい度胸だねえ! それなら、お前を始末して、その女を手に入れるだけだ!」

 堂島は乗っている亀の甲羅に何か札のようなものを貼りつけた。湖畔に浮かぶ亀は鎌首を上げると、真っ赤な目をぎらぎらと輝かせた。


「朱雀!」

 麟が合図すると同時に朱雀は片手を亀に向け、次の瞬間、朱雀の手のひらから、炎が火炎放射器のように吹き出して亀に向かって飛んだ。

 炎は亀に向かって飛んでいく。だが亀は大きく湖の水を吸い込むと、その炎に向けて水を水流のように吐き出した。

 朱雀の火炎と亀の吐き出した水は、丁度、湖の岸辺のあたりで激しく交錯して、その場で消失した。炎を水で相殺された朱雀は少し眉をしかめた。


「ははは! 見たか! これこそが総帥から賜った式神『霊亀』の力だ! そいつの炎はもう通用しないぜ!」

「り、麟……あの巨大な亀……霊亀ってのは、何?」

「『霊亀』ってのは、千年以上生きた亀が変化した神獣だ」

「ククク……霊亀だけじゃないぞ」

 堂島が笑い声をあげる中、隠れるように背後にいた黒須がスッと片手を上げた。

 上空から甲高い鳥の鳴き声が聞こえてきた。伽耶が空を見上げると、そこには空を埋め尽くす無数の黒い影……カラスたちが乱舞していた。

「黒須さんの式神『闇鴉やみからす』だ!」

 堂島は再びニヤリと笑った。カラスたちは上空から威嚇するように、けたたましい鳴き声を上げている。

「式神二体による共闘攻撃を味わえ!」

 湖に浮かぶ亀が再び水を吸い込みだし、上空に浮かぶカラスたちは一斉に伽耶達に標的を定めた。


 伽耶は麟を掴む手に力を込めた。亀の水流と上空から無数のカラスの攻撃が襲い掛かかってくる気配がした。

 しかし、麟は少しも動じる様子もなく、懐に手を入れると、一枚の青い札を取り出し、高々と天に掲げて叫んだ。


でよ! 『青龍』!」

 麟の呼びかけと同時に札が青い光を放った。その激しい光に伽耶は思わず目を閉じた。


 そして光が収まると、自分たちの目の前に、ひとりの男性が立っていることに気付いた。

 男は青い中国服を着ていた。髪は黒くショートヘア、中性的で優し気な顔立ち、背は麟より少し低いが、歳は自分たちよりも少し上のように見えた。


「苦戦していますね、朱雀」

 青い中国服の男性が朱雀に話しかけた。顔立ちと同じ、優しく落ち着いた口調だった。

「別に……火と水で相性が悪いだけよ」

 朱雀は不機嫌そうに腕組みをしたまま男性を横目で睨んだ。


「麟……あの男性は誰……?」

 伽耶が口を開くと、青い中国服の男性は伽耶の方を振り向いて、白い歯を見せて爽やかな笑顔を見せた。

「ご安心ください、私はあなたの味方です」

「え?」

「私の名前は『青龍』、麟に仕える朱雀と同じ四神獣のひとりです」


「ちょ、ちょっと待てよ、お前!」

 青龍の出現に、唖然とした顔の堂島が亀の甲羅の上から叫んだ。

「そんな馬鹿な! 青龍だと!? 青龍と言えば四神獣の一匹だ! なぜお前はそんなレアな四神獣を二匹同時に召喚することができるんだ!?」

「さあね」

 麟が涼し気な顔で答える。

「……このクソガキが!」

 麟の無愛想な物言いに、堂島は怒りで顔が紅潮した。

「霊亀! まとめてやっちまえ!」


 堂島が命令すると、亀は吸い込んだ水をレーザービームのように撃ちだした。

 強烈な水流が伽耶達を襲い、また上空のカラスたちも、一斉に黒い羽根を矢のように撃ちだした。黒い雨のようにカラスの羽根が降り注ぐ。

「くらえ!」

 堂島が嬉しそうに叫んだが、青龍は敢然と亀の前に立ち、両手を向かってくる水流にかざした。

 すると、次の瞬間、激しい音ともに亀が吐き出した激しい水流が青龍の目の前で消失した。


「な……何だ? な、何をしたんだ、貴様!?」

 焦る堂島とは対照的に麟が落ち着いた口調で答えた。

「青龍に水の攻撃は通用しないぜ」

「な、何!?」

「麟の言う通りです。私には水を操る能力があります。水の攻撃を無力化したんですよ」

 青龍は爽やかな笑みを浮かべた。

「ば、バカな……」

「朱雀の炎に対抗するため、水を操る亀を連れて来たのでしょうが、全く意味がなかったですね」

 青龍の言葉が終わると同時に、伽耶の背後から、何か地面に落ちてくる音が聞こえた。

 それはカラスたちが撃ちだした黒い羽根の残骸だった。羽はすべて燃え尽きていた。次いで上空に浮かんでいたカラスたちが真っ黒焦げになって、バサバサと音を立てて地面に落ちてきた。

「鳥族の頂点に君臨する私に低級なカラスを仕向けるなんて、朱雀様もなめられたものね」

 不機嫌そうに片手を空に向ける朱雀の手には炎が纏われていた。

「そ、そんな……最強クラスの式神、闇鴉がこんなに呆気なく……」

 黒焦げと化したカラスたちを見て、黒須も呆然とした表情を浮かべた。


「では、そろそろケリをつけますか」

 青龍は湖に浮かぶ亀の前に立つと、片手を天に掲げた。

 その時、伽耶は周りの温度が下がるのを感じた。見ると、亀の上空に氷の刃が浮かんでいた。

「こ、これは……?」

 甲羅の上で堂島と黒須が驚きの声を出した。

「私には水を氷に変える力もあるんですよ。切り刻んであげましょう」

 青龍がそう言うと、上空に浮かぶ刃が亀を襲った。


 ガキン! だが、氷の刃は亀の分厚い甲羅に阻まれた。

「ほう……結構、頑丈な式神ですね、キズひとつ付かないとは」

 青龍が感心するように呟いた。

「あ……当り前だ! こいつは総帥から賜った特別な式神の『霊亀』! 貴様等、四神獣と同等の力を持っているんだぞ!」

 しかし、堂島の言葉を聞いた青龍はふふっ、と含み笑いをした。

「な、何がおかしい!?」

「いや……あなたの馬鹿さ加減に呆れ果ててしまいました」

「何だと!?」

「神獣『霊亀』を、あなたごときの低級な陰陽師が使いこなせるわけがないでしょう? あなた騙されているんですよ」

 青龍の言葉に堂島は呆然とした顔を見せた。

「この亀の正体は、少し長生きした亀に呪符で力を上乗せしただけの式神、霊亀なんかではありませんよ」

「な……!? じゃあ、総帥が俺に嘘を……?」

 堂島がそう呟いた瞬間、青龍が片手を上げた。すると湖に猛烈な波が起こり、亀は仰向けにひっくり返った。

「う……うわあ!」

 亀が転覆したため、堂島と黒須は甲羅から投げ落とされて湖に落ちた。湖に浮かぶ亀は仰向けになったまま白い腹を見せて手足をバタバタさせた。


「亀の甲羅は確かに硬い。でも、こっちはどうでしょうか?」

 青龍は両手を空に上げた。

「亀に罪はありませんが、退治させていただきます」

 青龍がそう呟くやいなや、再び現れた無数の氷の刃が亀の柔らかい腹を切り刻んだ。


 ギャアアアア! 

 悲鳴のような亀の鳴き声が湖畔に響き渡った。鋭い氷の刃に切り刻まれた亀の腹から真っ赤な鮮血が飛び散り湖を赤く染めた。身体を切り刻まれた亀は苦しそうに手足を動かした。その地獄絵図のような光景に、伽耶は思わず両手で顔を覆った。


「朱雀……これ以上、あの哀れな亀が苦しむところを見たくありません。あなたの炎で浄化してあげてもらえませんか?」

 青龍の申し出に、朱雀が両手を天に掲げると上空に巨大な炎の塊が浮かんだ。

 そして朱雀が両手を一気に真下に下げると、炎の塊は勢いよく落下して亀の身体を包んだ。

 炎の塊は亀を焼き尽くし、亀は再び悲痛な鳴き声を上げた。やがて炎が収まると、水辺に年老いた小さな亀の焼け焦げた甲羅だけが残された。


「げ……ゲホゲホ! 何てヤツだ!」

 湖に振り落とされた堂島がずぶ濡れで岸に這い上がって来ると、目の前に青龍が立った。

「チッ!」

 堂島が懐から札を出すと同時に青龍は手を堂島に向けた。

 シュバッ! 

「わっ! わわ!」

 札は一瞬にして、氷の刃で切り刻まれた。


「あ、あわわ……お、お助けを〜」

 堂島は完全に戦意喪失し、必死で命乞いをした。そんな堂島の目の前に今度はスラリとした白い足が見えた。

 足の主は朱雀だった。朱雀は腕組みをしながら堂島を睨んでいた。


「無抵抗の伽耶を拘束したり、亀に食べさせようとしたり、よくそんな非道な事ができるわね」

「い、いや……こちらも命令で仕方なく……」

 堂島は愛想笑いで誤魔化そうとした。

「アンタ、私が一番嫌いなことって知ってる?」

 睨む朱雀を前に、堂島はさっぱり分からないと言った表情を浮かべ、首を横に振った。

「アンタみたいに無抵抗な女性をいたぶるヤツが大っ嫌いなの」

 朱雀がそう言い放ち、人差し指を堂島に向けると、堂島の髪の毛が炎に包まれた。

「わ、わわっ!」

 堂島は慌てて湖に自分の頭を突っ込んだが、髪の毛は真っ黒焦げになり、焼け落ちていた。

「ははは、朱雀を怒らせて、全身真っ黒焦げにならなかっただけ幸運ですよ」

 青龍が爽やかな笑顔を見せると、堂島は脅えた顔でコクコクと頷いた。


 一方で、黒須もずぶ濡れのまま湖から岸に這い上がってきたが、頼みの式神を全部失った黒須は青ざめた顔で、その場に打ちひしがれていた。

「黒須さん……」

 麟は黒須に向かって、ゆっくりと歩み寄った。

「あなたたちの負けです」

 戦意喪失している黒須に麟は呪術符を向けた。


「ま、待って! 麟!」

 その時、麟と黒須の間に、伽耶が割って入った。

「何だ?」

「黒須さんを……助けてあげて!」

 伽耶は黒須をかばうように懇願した。

「か、伽耶様……」

「は? どこまで、おひとよしなんだよ、お前」

 麟は冷たい目で伽耶を見た。その目には深く暗い闇が広がっていた。

「お前はコイツに殺されそうになったんだぞ、それなのに、何でコイツを助けるんだよ?」

 麟の顔は無表情のままだったが、その声には苛立ちのようなものが含まれていた。

「な、何でって…… 」

 伽耶は一緒口ごもったが、すぐに麟の目を見つめて、しっかりとした口調で答えた。

「黒須さんは……昔から私が困っていたら、いつも助けてくれた……そんな黒須さんが理由もなく私を襲うわけがない……麟、お願い……これ以上、黒須さんを追い詰めることはやめて……」


 必死に懇願する伽耶を見た麟は、ため息を吐くと呪術符を下ろした。

「……黒須さん、伽耶に免じて弁解の余地を与えてやるぜ、言いたいことがあったら、聞いてやるから話してくれ」

 麟の言葉に伽耶は安堵の表情を浮かべた。


「分かった……全て話す……でも伽耶様……」

 黒須は悲しげな目で伽耶を見た。

「貴女には辛い話になります……それでも話を聞く覚悟はありますか……?」

 黒須の言葉に伽耶はコクリと頷いた。

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