呪いは解けたのですが
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「殿下! セラファン殿下!!」
騎士たちが、呼んでいる。
僕を隠すように覆いかぶさって守ってくれているミリアの腕の中から、這うようにして外に出た。
違う、僕が、ミリアは僕が守らなくちゃいけなかったのに。
「殿下──! ああ、殿下はご無事でしたか! 早く、早くこちらへ!」
皆が殺気立った顔をして、怒っているみたいな声で叫ぶ。
でも、待って、ミリアも一緒に行かないと。ミリアも逃げないといけない。だって、あちこちで人が倒れているし、あっちでも木剣どうしの遊びとは違う本気の殺し合いが行われている。
「ミリア、待って、ミリアが……」
「殿下! ミリア様はもう……っ、後程必ずお連れしますから、今は殿下だけでも退避を!」
唇を噛み、悲しいような苦しいような顔をしているこの騎士を知っている。ずっと前から僕たちの離宮の周りの警護をしてくれて、時々庭でミリアと仲良さそうにおしゃべりをしていたあいつだ。
年齢もミリアと釣り合いが取れていて、身体つきも逞しくて、背も高くて、笑ったときに見える歯が妙に光っていて。爽やかな雰囲気のいけすかない奴だ。
ミリアがこの騎士と話している時には、僕に笑いかけてくれるのとはなんだか違う大人の顔で笑っていて、そんな時はミリアが手の届かない遠くに行ってしまう気がして嫌だった。
ミリアはいつも優しくて、僕を母のように、姉のように愛してくれているけれど。でもやっぱりミリアは僕の母ではないし、ミリアの一番の弟は死んだユリスなんだって知っている。死んだ奴には何をやっても勝てないし、それってなんだかずるいと思う。だけど、明日も明後日もミリアと一緒にいられるのは生きている僕だから、許してやろうと思ってた。
僕にはミリアしかいないのだから、ミリアも僕だけになってくれたらいい。
そのためなら、あの離宮から出られなくても我慢できると思っていたのに。
ミリアとの特訓のおかげで呪いが抑えられるようになって、そうしたら突然父上がやって来た。僕が外に出られるように、ミリアが呼んだらしい。
嬉しい気持ちと、寂しい気持ちと、不安な気持ちがぐるぐる交代でやってくるから、一体どんな顔をしていいのか分からない。
それでもいよいよ外に出られるとなれば、やっぱり嬉しい気持ちが一番勝った。見たこともない広い草原で、どこまでも走り回ったり。外でご飯を食べるのも初めてだったし、いけ好かない騎士も話してみたらまあまあ良い奴だってわかったし。実はあいつはもうとっくに結婚していて、子供までいるというのだ。だからこれからはミリアと話していても許してやろうって、そう思っていたのに。
「後でって、なに……今、危ないから、ミリア、ミリアも……」
震える指先を隠すように握りしめ、一旦目を閉じてから勢いをつけて後ろへ振り向いた。
まず見えたのは、黒い服を着た小柄な男……だったもの。胸のあたりを斬られて、血だらけになって倒れている。
それから、それからミリアは。
大事な何かを守るように、必死に隠すような格好で地面に蹲ったままの姿の……あれは、なんだ。
あんなものはなかった。今まであそこにいたのは、柔らかくて優しいミリアのはずで。
あんな、固くて真っ白な、ただの石像みたいな、そんな、そんな────
「ミリア…………っ! うそ、嘘だ、ぁぁぁああああああ!!」
胸の奥の硬い何かが、パリンと割れる音がした。
自分の全身から、ぶわっと波が湧き出すように魔力が溢れ出ていく。
自分が叫ぶ声も耳には届かず、背後から騎士が僕を抑えるようにぎゅっと抱きしめてきたのが分かる。もう雷撃も出ず、直接触れても呪いの影響は起きないみたいだ。
せっかく呪いが解けたのに。喜んでくれるミリアは、ミリアはもう。
「──あああああああああああああっ!」
木々が強風に煽られるように、ざわざわと揺れて激しくしなる。
激しい剣のぶつかり合いで応戦していた騎士の、相手をしていた知らない奴らが突然凍り付き、崩れ落ちるようにして倒れていくのが見えた。
あちらでも、こちらでも、どさりどさりと音がして人が倒れていく。
みんな、みんないなくなればいい。ミリアがいない世界なんて何の価値もないのだから。ミリアを奪った。ミリアの敵。ミリアが動かない。ミリア、ミリア、僕のミリア……!
荒れ狂う嵐のように僕の中から流れ出る魔力がもう空っぽになって、目の前がすうっと暗くなっていく。膝から力が抜け、ぐにゃりと身体が傾いた。
「殿下、もう大丈夫です。殿下は立派に敵を討たれました……」
倒れた僕を抱き留めた騎士の腕はすごく硬くて、ああミリアじゃないんだと思う。だってミリアはもっと柔らかくて。ミリアは優しくて、ミリアは温かかったはずなのに。
「ミリア……」
ミリアの敵は、僕じゃないだろうか……?