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石化して十七年、目覚めたら少年王子がスパダリに育っていたのですが  作者: 伊織ライ


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28/30

引きずり込まれたのですが

「少しお化粧を直しに行ってきますね」


 セラ様に声を掛けると、ほんの少しだけ心配そうな表情で頬を撫でられる。


「近くまで一緒に行こうか?」

「大丈夫です。皆さまのお相手をしばらくお願いすることになってしまいますけれど」


 セラ様に声を掛けに来る貴族たちは相変わらず途切れることがない。ただでさえ高貴な血筋でもあり、更に今回は魔法師団長に就任してから初めての公の場になるのだ。領地での困り事や危険な魔獣の討伐等、出来れば優遇して貰いたいという思惑もあるのだと思う。

 相変わらず私以外の人間には無表情、場合によっては魔力の圧をかけたり物理的に冷気を発したりもするセラ様だけれど、それは相手が先に礼儀を欠く行いをした場合の話だ。普通に話しかけられれば、必要な返答は行っている。皆もそのような態度に慣れ始めたのだろう。今セラ様を連れ出してしまえば、交流の機会を奪われた者たちからの恨みを買いそうだ。


 額に柔らかな口付けを受け、会場を出る。化粧室はそう遠くないし、使用人として勤めていた時にはこのあたりも時折歩いていたから覚えている。何年も前の話だけれど、城内はそう簡単に造りが変わるものではないからだ。

 少し怠く感じるふくらはぎの痛みを感じつつ、廊下を歩く。今日のドレスは膨らみも装飾も控えめだけれど、やはり普段着と比べればそれなりに重い。セラ様と並んで歩くと負担がぐっと減るのは、私に合わせたエスコートがとても上手だからなのだろう。共に過ごすだけで気持ちが浮き立ってしまう、私の心持ちのせいかもしれないけれど。

 

 化粧室を目前にし、ひとつの扉の前を過ぎるその瞬間。腕と肩に痛みがはしり、身体が強く横に引かれた。


「──きゃっ……!」

 

 バタン、と大きな音を立てて扉が閉まり、何者かに肩をぎゅっと抱かれた。ぞわりと肌が粟立ち、粘りつくような気色の悪い感触が全身にまとわりつく。


「いや……っ!」


 顔が相手の胸のあたりに引き寄せられているため、何も見ることが出来ない。しかし唯一視界に映る服の色は、嫌というほど見覚えがあった。

 

「捕まえたよ……姉さん」


 先ほどまで目の前にいた、私の異母弟。


「……フィリップ」

「こんなに上手いタイミングでひとりになってくれるなんて、運命かな。それとも……姉さんもこうなることを望んでた?」


 男の手のひらが私の肩や腰を撫でる。フィリップは細身だけれど、それでもやはり男性の力には敵わないのが心底悔しい。


「そんなわけがないでしょう。離しなさい、今すぐに」

「ふふっ、もう少しだけ。昔と変わらない姿で、そのエメラルドみたいな瞳もまるで妖精みたいだ……。ああ、ようやく手に入った。随分待ったんだよ、毎日夢に見てた」


 屈みこむようにして私の瞳を覗いたフィリップは、何かに憑かれたかのように陶然とした表情を浮かべている。会場内で浮かべていた笑顔も不気味だったけれど、今の方が余計に気持ちが悪い。これ以上近寄られないよう、必死で腕に力を籠め相手の胸を押した。


「あなた、一体何を……っ」

「うん? 決まってるだろう。俺たちはこれから二人で一緒にアースノー伯爵家を守り、継いでいくんだ」

「──は? そんなのあり得ないことだわ」

「一度は諦めたけれど……今の我が家に嫁いできてくれる女なんてもういない。そのタイミングで君がアースノーの籍を抜け、他家の娘になったんだ。これで僕らは結婚できる。もう邪魔をするものはいないんだ」

「何を言っているの? 私はセラ様と結婚するために陛下の差配で家を出たのよ。アースノーとは今後一切関わらないと書類も交わしているの」


 必死で力を籠めていた腕を掴まれ、手首をギリギリと締め付けられる。口元には優し気な笑みを浮かべているのに、フィリップの目は全く笑っていなかった。


「そもそもアースノーは元々姉さんの家だろう? このままでは確実に領地が潰れてしまう。何の罪もない領民たちが苦しむんだ。彼らの為に一番いいと思える道を選ぶべきだろう? それが貴族として生まれた者の責任だよ」

「ちょっと、痛いわ! 離して! そもそも私とユリスから家を取り上げたのは貴方たちの方じゃない。私はこれからセラ様と共に、ベイリューの領民たちの為に責任を果たしていくわ!」

「……チッ」


 セラ様の名を聞いて舌打ちをしたフィリップは、掴んでいた手をそのまま強く引いて休憩用であろうソファーに私を引きずり倒した。王城の一室に据えられた立派な家具は、軋む音ひとつ立てず私の身体を沈める。

 拘束された手首は頭の上で押さえつけられ、私の腰の上あたりに跨ったフィリップは光のない目で私を見下ろしている。


「別に照れなくてもいいのに。俺たち、ひとつ屋根の下で暮らした仲じゃないか。あの頃は俺もまだ子供だったけど、今ならきっと姉さんを悦ばせてあげられるよ。……色々勉強したんだ。だから全て任せて、俺のものになってよ」


 気持ちが悪い。身体の上にのしかかる重さが、私に触れようとするその手の動きが。ただただ気持ちが悪くて吐きそうだ。

 きっと追い詰められて、最後の悪あがきに既成事実を作ろうとかそういう魂胆なのだろうけれど。たとえ今その企みが成功したとしても、私は絶対にアースノーに戻ることはないと断言できる。

 この先の人生はセラ様と生きると決めたのだ。もう十七年も無為に過ごしてセラ様をひとりで待たせてしまっている。こんなところで諦め、セラ様をまた悲しませるのは絶対にごめんだ。


 だから、フィリップの手が胸元に触れんとしたその瞬間を狙って私は唱える。


「《laghu agni(小さな火)》」


 ボッ、と小さな音を立ててフィリップの前髪に付いた火種が、チリチリと音を立てて広がっていく。


「あっ、熱っ、なんだこれは……! やめ、やめろ……!」


 数秒固まっていたフィリップは慌てた様子で身体を起こし、頭の上を必死で叩き払い落としている。数秒にして大分焦げたらしい髪の毛の残骸がはらりはらりと舞い落ちていった。

 私はその間に身を起こし、体勢を整える。残念なことにフィリップがドア側にいるのでそのまま廊下へ逃げるのは難しそうだけれど、ここは二階だから最悪窓から飛び降りても死にはしないだろう。多少の傷ならば魔法で治すことだって出来るのだから。


「くそっ、くそ、くそくそくそくそ……っ!!」

 

 火を消し終えたフィリップが、その顔を憤怒に染めて再びこちらへ向かって来る。魔法の準備をしながら身を(かわ)したけれど、差し向けられた彼の手が胸元のネックレスに引っ掛かって引き寄せられ、その衝撃でチェーンがぶつりと切れた。

 首の後ろ側にチリっと痛みが走る。外れたペンダントトップのブラックダイヤモンドが宙を舞い、照明の光を反射してキラキラと輝いていた。


「──セラ様……っ」


 きっと、来てくれる。

 

「ミリアっ!! 《sthag(凍れ)》」


 バキっと音がしてドアノブごと鍵が床に凍り落ちる。蹴破られたような勢いで扉が開き、茫然とそちらを振り返ったフィリップは突然膝から崩れて床に伸び、気絶してしまった。


 駆け寄って来たのは、私が待っていた人。大切で、一緒にいたくて、失いたくない大好きな人だ。


「セラ様!!」

「ミリアっ、大丈夫? ──何をされた? ああ、ここ痣になってる」

「大丈夫です。これくらいなら……《bhavin(癒しを)》」


 掴まれた指の痕がすうっと消えていく。眉を下げ、しかし瞳の奥をギラギラとした怒りに染めていたセラ様の気配がほんの少しだけ緩んだ気がした。


「ネックレスに込めた僕の魔力で居場所は分かったんだけど。……もう二度とミリアを傷付けさせないって、ミリアを守るって決めていたのに」

「いいえ、セラ様はちゃんと守って下さいましたよ。セラ様がいたから、私は諦めずに戦えました。セラ様の元に帰りたかったから。セラ様とこれからも……ずっと一緒に、生きていきたいから」

「……僕もだよ。何があっても絶対に離さない。永遠に、この命が尽きるその時までだ。だからミリアは信じていて。信じて、諦めないでいて。必ず僕が迎えに来るから」


 セラ様と共に歩むには、きっとこれからも障害が付いてまわるだろう。そのことは私たちふたりともが理解している事実だ。今後の人生を一緒に生きていくと覚悟を決めたけれど、物理的に離れなければならないタイミングはきっと沢山ある。それでも必ずセラ様が迎えに来てくれると信じていれば、私は戦える。希望がそこに見えている限り、絶望することなど何もないのだから。


 ぎゅっと抱きしめてくれる胸の中が温かい。ここが、私の場所だ。

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