元家族に絡まれたのですが
「ミリア、喉が渇いていない? 何か貰ってこようか」
歓談の時間がしばし続き、私たちに──主にセラ様へだけれど、挨拶をしに来る方々はかなりの人数だ。私は社交にブランクがあるし、セラ様はそもそもこれまでほとんど夜会に参加していなかったそうだから、世間話ひとつとっても気を遣う。先ほどの令嬢たちが異常事態だったのであって、ブランドン伯爵家や魔法師団の面々、そして何より陛下から直接お言葉を賜った私に対して失礼な態度をとる者はもう現れないだろうけれど。それでもやっぱり緊張はしていたらしい。
「ええ、出来れば酒精のないものを」
「分かった。少し待っていて」
自然な動きで額にちゅっと口付けを落とし、にっこり笑うとセラ様は離れて行った。
頬に熱が集まっている気がするけれど、こんなところで慌ててしまったらどんな目で見られるか分からない。いつも通り、いつも通りと心の中で唱えつつ、顔には令嬢らしい笑みを張り付けて姿勢を正す。
先ほどまで談笑していた魔法師団の面々も、そしてクルーズ伯爵家の皆も今はちょうど別の貴族たちへ挨拶に行ったようだ。
休憩用の椅子が空いていれば少し休もうかと、周囲を見渡したその視線の先。目を引く強い赤色のドレスを身に纏い、少しパサつく金髪を下ろしたままのご夫人とばっちり視線がぶつかった。
はっと目を見開いた彼女の瞳の色はスカーレット。四十代は過ぎているように見えるけれど、ドレスの形と髪型の雰囲気からすると未婚なのだろうか。カツ、カツと靴底を鳴らして近付いて来る彼女の歩みは段々と早まり、次第に駆け足と言ってもいいほどのスピードになっている。
思わず私は、一歩後ずさってしまった。
「──おねえさま……っ!」
女性が甲高い叫び声を上げる。
その内容を咀嚼し、彼女の後ろからついて来るもう一人の女性を目にして理解した。痛んだ金の髪、スカーレットの瞳。派手なドレスは相変わらずの好みなのか、それとも数年前から買い替えられていないのか。
彼女は、オレリー・アースノー。私の腹違いの妹だ。
「おねえさま! ねえ、おねえさまでしょう? その顔、最後に見た時と全然変わっていないもの……! 呪いだとかなんだとかは聞いていたけど、何なのそれ? 年を取らないなんておかしすぎるわ。やっぱりおねえさまはずるい……!」
高く響く金切り声に、周囲の貴族たちの視線が向く。何度同じ目に遭えば済むのだろうか。ほんの少しだけため息がもれそうだった。
「オレリー、みっともないわ。大声を出さないで」
「そうだぞ。これ以上我が家に恥を上塗りしないでくれよ」
追いついてきた元義母と、異母弟が嗜める。義母は記憶の中よりさらに痩せ、頬はこけて顔色が悪い。初めて会った時は美しい女性だと思ったものだが、長年の精神負担や仕事の疲れが出ているのだろうか。フィリップは栗色の髪も目の色も父譲りで、三十代も半ばに差し掛かった今ハッと息をのむほどに記憶の中の父と似た容姿をしていた。ただいつも気力のない眼差しでぼーっとしていた父に対し、フィリップは確かに感情の乗った視線をオレリーに向けている。その内容は、憎しみや蔑みといったような負の感情であろうけれども。
「だって、おねえさまが勝手に家を出るなんていうから悪いんじゃない! 薄情でしょう、一体どういうことなのよ! あんなに沢山の護衛を連れてきたりして、本当に不愉快だったわ! おねえさまはアースノーの人間なのに……!」
私の事情に関しては、ざっくりした経緯が既に公表されている。第三王子の侍女として仕えていた私が王子を庇って呪いを受け、石化し長年眠りについていたのが最近目覚めた、という感じだ。そしてその私がセラ様と婚約を交わしたことも。これまで社交界に出ていなかったから、私の名前や見た目を知らない人の方が多いと思う。けれど情報をしっかり集めて少し考えれば、セラ様と共に過ごす私の正体もズレのある年齢の理由も自ずと分かるはずなのである。
事実、先ほど受けた挨拶でも高位貴族ほど私に同情的な視線とねぎらいの言葉をかけてくれる人が多かった。反対に下位貴族は私の正体を知らず、今も困惑した表情を浮かべている者が少なくないようだ。
どう見ても私より年上のオレリーが、私をおねえさまなどと呼んでいるのだから意味が分からないのだろう。ましてや私は先ほどクルーズ伯爵令嬢として挨拶をしているし、オレリーは離婚してアースノー伯爵家に戻っているのだから。
「今更薄情と言われても。私を家族の内に入れなかったのは、あなたたちの方だわ。私は成人して家を出て以降アースノーに頼った覚えはないし、先日荷物を引き上げた際にこれまでの保管料も十分にお支払いしたはずです。それともその保管料では足りなかったと、そういうお話かしら」
保管料とは言ったものの、その実態は手切れ金のようなものだ。これ以降私に関わらないこと、アースノーにまつわる権利は全て破棄する代わりに責任も負わないと約束して義母からサインを貰ってきている。結局最後まで父とは顔を合わせなかったけれど、義母はお金を受け取りすべての条件を受け入れることを認めたのだ。厳密にいえば今の状況も既に契約違反に近い。
「でも、だって……私たちは半分とはいえ血も繋がっているし、今困っている私たちを助けるのは、家族として当然のことでしょう? あなた、公爵様にも可愛がられているって聞いたし……お金だって、困っていなさそうだし」
オレリーの視線は私の胸元のブラックダイヤモンドに釘付けだ。彼女は昔から宝飾品に執着を見せていたし、物の価値は分かるのだろうか。まあ誰が見ても一級品だと分かるほどに素晴らしいものだから、当てずっぽうでもおかしくはないが。
「ミリア、お待たせ。ごめんね、僕が離れている間にろくでもないのが寄ってきちゃって」
果実水のグラスを持ち、少々早足で戻って来たセラ様は僅かに眉を下げて私の横にピタリと寄り添い立った。
「セラ様、ありがとうございます。私は大丈夫ですわ」
「ううん、僕が全てのものからミリアを守りたいだけだよ」
グラスをひとつ私に渡し、空いた片手で腰を引き寄せられる。隣にセラ様がいるというだけで、僅かにあった恐れも緊張も全て溶けて消えた気がした。
そんな私たちの様子を見ていたオレリーはギリっと悔し気に歯を鳴らし、その近くに立つフィリップも何故か酷く不快そうに顔を歪めていた。
「やっぱりずるいわ……おねえさまばかり幸せになって。おねえさまは愛されて。ずるい、ずるいわ! おねえさまは弟をあれほど可愛がっていたじゃない! 私だっておねえさまの妹よ、だからおねえさまは妹をもっと可愛がって、ちゃんともっと愛するべきだわ! せっかく、せっかくユリスがいなくなったのに……! あれがいなくなれば次は私が愛される番だって言われたのに! 嫁いだ先の旦那様も私を愛さなかった! 言い寄って来た男も結局は私を捨てた! お母様も、おねえさまも、みんなみんな私を愛さない……! なんで? なんで、なんで……なんでなのっ!!!!」
狂ったように喚き散らすオレリーの様子に、周囲は騒然としている。私は彼女が放った一言に注意が向いてしまっていた。
──やっぱり、ユリスは……。
何も言い返さない私に一瞬心配そうな視線を向けたセラ様が、正面のオレリーたちを見据える。
「なぜ半分血が繋がっているというだけで、そんなことをしなければいけないんだ」
「えっ……だって、それは、当たり前のことで……」
「血が繋がっていたら問答無用で助ける必要があるならば、この国の貴族は皆どこかしらで血縁関係があるぞ。その全てを助けろと、お前はそう言うのか」
「いや、でも、それは……」
セラ様から発せられる圧力に、オレリーの狂乱状態も落ち着いたらしい。怯えて震えているとも言うが。
実際セラ様だって、半分血の繋がった異母兄に殺されかけた。義母に呪われ、死も覚悟するほどの苦しみを与えられて。例え書類の上で家族という枠組みの中にあったとしても、無条件で愛が生まれるわけではないのだ。
「オレリー。愛というのは、放っておいて勝手に湧いて出てくるものではないのよ。貴女は他人にそれを求めるばかりで、自分から誰かにそれを与えたことはあるの?」
確かにオレリーは可哀そうな所もあると思う。彼女の母は、思い人に夢中で娘など気にもかけていないようだったから。
オレリーの背後で亡霊のように立っている義母に問う。
「貴女はどうですか? 父への愛は、未だ湧き続けていらっしゃいますか。全ての義務を貴女に押し付けて、家のお金を持ち出し自由に生きるあの人を。未だに、愛していらっしゃる?」
痩せこけた顔を真っ青に染め、ゆらりと倒れそうになった義母をオレリーが咄嗟に支えた。けれど義母はその手を払いのけ、いやいやと言うように首を振る。
「フィリップ、たすけて、フィリップ……あなた、お願いよ、たすけて」
温度のない目で己の母親を見据えたフィリップは、やはりぞっとするほどに父に似ていた。
そういえば私が最後に姿を見た父は、ちょうど今のフィリップと同じくらいの年頃だったのかもしれない。
母に手を振り払われたオレリーはもはや声を上げる気力もないらしく、はらはらと涙を零しながら俯いている。私はアースノー伯爵家からはじき出された人間だけれど、オレリーもまた義母から見れば家族ではなかったのだろう。どちらがより残酷な事実なのか、私には分からない。
そんな彼女たちに構わず一歩前に出たフィリップは、おもむろに優雅な仕草で頭を下げた。
「このたびは身内の不躾な言動、深くお詫び申し上げます。姉はどうやら離縁のショックで精神に混乱をきたしているようですから、早急に修道院へ行かせようと思います。また長年執務に取り組んできた母も少々疲れが溜まっている様子。この際領地でゆっくり休養してもらうつもりです。近いうち私がアースノー伯爵家当主となって領地のために家を盛り立てて参りますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
セラ様に対して頭を下げ、私によろしくと言いながら淡い笑みを浮かべたフィリップは、茫然とする母と姉を引き連れ会場を後にした。
私は今後アースノー家がどうなろうとよろしくするつもりなどないし、その旨書類にサインも貰っているのだが……。家に迎えられてから今日のこの瞬間まで、異母弟が何を考えているのか私には理解できない。
ただ、なんとなくいい感情は湧かなかった。それは彼が己の父に姿が似ているという理由だけではないと思う。
もやもやする心を押し隠しつつ、私は周囲に向けて頭を下げた。
「皆さま、お騒がせして申し訳ございませんでした」
その表情は概ね同情的だ。唐突に始まったこの騒ぎを面白がっているきらいもあるが。
「ミリアが謝ることは何もないよ。だってミリアがあの家を出てから二十六年も経っているんだ。今更のこのこ出て来てあんなことを言う、彼らがおかしいよ」
私は石化して時間をスキップしてしまったからあまり実感がないけれど、確かにその間も時間は流れていたのだ。異母妹も異母弟も年を取ったなとは思ったけれど、二十六年と改めて聞けばそれは決して短い時間ではない。
セラ様の言葉を聞き、皆が納得顔で頷いた。
騒動の最中、近くに戻ってきてくれていたお義父さまたちも同意してくれる。私は私自身を信じよう。そして、私を大切に思ってくれている人たちの言葉を信じようと思った。




