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石化して十七年、目覚めたら少年王子がスパダリに育っていたのですが  作者: 伊織ライ


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新しい家族が出来るようですが

「ああ、ミリア、やっぱり日付を変えられないかな? なんだってこんな日に兄上は任務を入れたんだろう。ああ、じゃあそっちの任務の予定を変えてもらえるよう頼んで──」

「セラ様、大丈夫ですよ。お相手の家にも陛下からお話を通してくださっているようですし、今日は最終確認と簡単なサインくらいしかすることはないのですから」

「でも、ミリアの養子先なんだから僕もしっかり確認したかった……」


 今日は私を養子として受け入れてくれることになった貴族家へ挨拶に伺う約束をしている。

 既に諸々の話し合いなどは陛下の方で済ませて下さったようで、私がすることは特にない。この手続きが終わればすぐに私とセラ様の婚約手続きも行う予定だから、顔合わせがてら一緒に向かうはずだったのだけれど。どうしても外せない任務が入ったとのことで、急遽私ひとりで行くことになったのだ。

 諸々事情のある私に対して悪感情はなく、セラ様との婚姻に関しても問題のない家だとは聞いているけれど、実はまだどの家門が受けてくれたのかは知らされていない。確かに多少の不安と緊張はあるが、なにせ陛下直々に整えてくれた縁である。向こうとしても無下にする理由はないし、相当相性が悪かったとしても私は間もなく嫁ぐ身だ。挨拶だけ済ませてしまえば、後は書類上の手続きだけで済ませるという方法もある。

 つまりは、問題などほぼ起きようもないほどに状況は整えられていた。


「やっぱり心配……ミリアと離れるのは……」


 それなのに、こうしてセラ様は私の身を案じて下さっている。


「心配して下さってありがとうございます。でも、私……セラ様と早く婚約したいと思うので、今日はひとりで行ってきますね?」

「……ミリアっ!」


 これまでの私に足りなかったのは、身分や立場などではなくて『覚悟』だったのだと思う。その覚悟さえ決まれば、あとは自ずと未来を見る力が湧いた。私はこの先の人生をセラ様と共に生きるのだ。この方の心についた傷を生涯癒し続けるのは私の仕事なのだ、と。それを今更他の誰かに譲る気はないし、そのためならばいくらでも強くあれるのだ。

 私をぎゅっと抱きしめたセラ様の大きな背中をトントンと叩く。身体は大人の男性らしく立派で逞しくなったけれど、こうやって甘える姿はやっぱり可愛いなと思う。


「早く終わらせて、夕食は一緒に食べましょうね」


 にっこり笑ってそう告げれば、セラ様も僅かに頬を染め、頷いてくれた。



 馬車に乗り、たどり着いた邸宅は王都の貴族街でもちょうど中間あたりの位置だろうか。アースノー伯爵家も昔はここから少し行った所にタウンハウスを持っていたらしい。私はついぞ訪れることのないまま、財政難で売り払ってしまったようだ。

 玄関前には四十代半ばくらいの男性が立っている。豊かな黒髪に垂れ気味の青い目が印象的だ。停まった馬車に自ら歩み寄り、手を貸して下さった彼は悪戯っぽく口角を上げた。

 その表情は、どこかで見た人に似ている気がする。垂れ気味の青い目、優しそうな雰囲気。そしてこの悪戯っぽい笑み──。


「ようこそ、クルーズ伯爵家へ」

「……! ブランドン様の……!」


 そう、この方は元魔法師団長であるブランドン様にそっくりなのだ。ブランドン様は綺麗な白髪だったけれど、もしかすると若い頃は黒髪だったのかもしれない。クスクスと楽し気に笑う彼は、きっと息子さんだろう。

 安心感に緊張を緩めた私をスマートにエスコートし、案内してくれた応接室には案の定ブランドン様が待っていた。


「やあ、待っておったぞ。ああ、いい顔だ。驚かせようと黙っていた甲斐があったの」

「もう、貴方ったらいくつになっても悪戯癖が直らないのですから。ごめんなさいね、びっくりしたでしょう」


 笑い声を上げるブランドン様と、それを上品に嗜める女性は奥様だろう。こちらも綺麗な白髪を結い上げており、シンプルな装いがお似合いの貴婦人だ。


「本日は貴重なお時間を頂きましてありがとうございます。私、ミリア・アースノーと申します」

「知っての通り、わしはブランドン・クルーズ。彼女はわしの妻のルイーズで、こやつが息子のジュールじゃ」

「ミリアさん、どうぞよろしくね」

「ジュール・クルーズです。クルーズ伯爵家は貴女を歓迎しますよ」


 現在の当主はジュール様で、私より年上の息子さんもいるそうだ。今日は都合が合わなかったけれど、近いうちに皆で食事でもしようと誘っていただいた。


「陛下より、君の事情は聞いておるよ。我が家としては何の問題もない。形としてはわしらの娘として受け入れることになる。その方が面倒が少ないのでな」

「ご迷惑をおかけして申し訳ございません……」

「なに、あの生意気な坊主が本当の息子になると思えばからかい甲斐もあるというものよ」

「私たちには息子しかいないから、この年になって娘を得られるなんてとっても嬉しいわ」


 ブランドン様とルイーズ様はそう言って優しく笑った。

 きっとブランドン様は、セラ様の為にこの話を受けて下さったのだろう。幼い頃から成長を見守り、心が壊れないよう守ってくれたのだと思う。その立場上、セラ様のお父上は近くでその役目を果たすことが出来なかった。もちろん息子のことを思って様々な便宜を図ってくれたのは事実だけれど、人としての温もりを与えてくれたブランドン様もまた父親なのだ。

 そしてこれからは、この方たちが私の両親になる。


「ありがとうございます……。素敵な両親が出来ること、心から嬉しく思います」


 一度全てを無くしたと思った家族が、またこうして得られるなんて。

 書類に書き入れたアースノーの名前に、未練はもうない。


「──これで、よしと。君の生家の方はまた陛下が手を回してくれるそうじゃ。なに、すぐに済むだろうよ」

「今度は殿下も一緒に、皆で食事をしましょうね」


 私がブランドン様の養子になったと知ったら、セラ様もきっと喜ばれると思う。もしかすると少しくらい憎まれ口を叩くかもしれないけれど、それもまた息子の甘えというものだ。


 私が正式にアースノーの籍を抜けると知っても、きっと父は何とも思わないだろう。幼い頃からほとんど交流したことのない人だ。自分の娘だという感覚もないのではないか。

 書類の手続き自体はいつものように義母がサインをするかもしれない。沈みかけの船からひとり離脱する私を、彼女はどう思うのだろうか。最初から最後まで、分かり合えるところのない関係だった。今はそれをほんの少しだけ悲しく思う。

 小さく息を吐き、ゆるく首を振った。これからは新しい未来を見よう。ミリア・クルーズとして……それから、ミリア・ベイリューになる。新しい両親の元からセラ様に嫁ぎ、私はセラ様と──本当の家族になるのだ。

 

 陛下が主導して下さっているおかげか、養子入りと婚約の手続きは恙なく迅速に受理された。

 やはり、生家からは何の便りもないままだった。

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