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石化して十七年、目覚めたら少年王子がスパダリに育っていたのですが  作者: 伊織ライ


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仲良くなれた気がするのですが

「失礼します──資料をお届けに参りました」


 各部署へ配る資料や書類を抱え、魔法師団の建物を巡るのは私の日常の仕事だ。もう随分顔馴染みも増え、皆の顔と名前が一致するようになってきている。

 

「あっ、ミリアさんお疲れ様ぁ。そこに置いておいて貰えますか」

「……レオさん、少し顔色が悪いわ。お疲れなのでは? 私、お茶でも淹れましょうか」


 今日はまだ時間に余裕がある。休憩がてら甘いお茶でも飲めば少しは気力が回復するだろう。


「ミリアさぁん……! 流石我らが女神!! 俺らじゃ喉が渇いても泥水みたいなのしか淹れられないんで……!」

「ふふっ、相変わらず大袈裟ですね。さあ、他の皆さま方も少し休憩になさって下さい! 食事をとられていない方には軽食も用意しますよ!」

「──女神様……!」

「お布施を、どうかお布施をさせて下さい……」

「魔法師団に現れた良心よ!」


 先日大きな討伐任務を終えた後とあって、その報告書やら溜まった事務仕事やらが滞留していたようだ。身体の疲れに加えて頭脳労働が続き、げっそりした師団員たちはまるで屍のようである。彼らは魔法に関して大変優れた能力を持っているけれど、総じて生活能力が低い。魔力量が多いと幼い頃から魔法の訓練を中心とした生活を送ることが多いせいだろうか。師団内には生活全般の面倒をみてくれる寮もあるし、食堂では無料で食事が提供されている。その気になれば自分では何もせず暮らしていけるのだから、経験する機会もなかったのだろう。

 ずるりずるりとどこからともなく集まって来た者たちが、嬉しそうに私の淹れた甘いお茶を飲んでいく。簡単に摘まめる焼き菓子なんかも小腹を満たせるので大変人気だ。食堂の調理場は混雑時でなければ自由に使って良いとの許可も得たので、業務に余裕のある時に日持ちのするクッキーや焼き菓子をまとめて作っている。実益を兼ねた趣味のようなものだ。


「これはセラ様もお好きなのよね」

「──え? 俺もういっぱい食っちゃったよ……? ミリアさん、ちゃんと団長の分も別に取ってあります? 大丈夫ですよね……?」


 嬉しそうにスコーンを齧っていたレオさんの顔色が、突然真っ青になった。セラ様はたっぷりとジャムやクリームを塗って食べるのが好きだけれど、レオさんはそのまま齧っていたから喉に詰まったのだろうか。


「まあ、大丈夫ですか? 飲み物もちゃんと飲んで下さいな……!」


 背中をさすると、その顔色は更に悪くなったようだった。もはや青を通り越して白である。慌てる私に、団員たちは苦笑いを見せた。


「ミリアさんが離れればきっと元に戻りますよ」

「そうそう、ミリアさんが内緒にしてくれれば──!」


「アルテュール、リュカ。楽しそうな話をしているな。それで……何を内緒にするって? なあ……レオ、教えてくれるか?」


 そんな言葉と共に、開いていた扉から入って来たのはすうっと目を細めあたりの状況を鋭く見据えるセラ様だ。セラ様も休憩だろうか、資料を配り終えてからお茶を淹れに行こうと思っていたのだけれど。


「セラ様! すみません、私時間がかかってしまって」

「ううん、良いんだよ。ミリア()何も悪くないんだから」


 未だレオさんの背中を無意識にさすっていた私の横に来たセラ様は、無言でその手を掴むと自分の手の中にしまってぎゅっと握った。ひやりと冷気を感じ、なんとなく手のひらを洗浄された気がする。周囲を水浸しにすることもなく、こんな繊細な水魔法を使えるなんて流石はセラ様だ。


「私の女神は随分皆に慕われているようだね……」

「はっ、はい! もちろん、()()()女神様は大変慈悲深く素晴らしいお方であります……!」

「ええ、ええ、()()()女神様は我々のような下々の者にもたいそう良くしてくださいますので……!」

「流石は、()()()女神様!!!!」


 そう女神を連呼されては居たたまれないのだけれど、先ほどまで何やら冷気を発していたセラ様の雰囲気が少し柔らかくなった気がする。

 これまでセラ様は氷の王子などと呼ばれ、その美しくも無表情な様子から恐れられていたようだ。魔法師団員としての任務も国王陛下からの勅命を中心に単独で行うことが多かったらしく、他の団員達との交流の機会がなかったのだろう。

 それがこうして気軽に皆と言葉を交わすようになり、新しい団長としての信頼を得られているのだと思えば嬉しいことだ。時には厳しい対応だって必要だけれど、日常ではこんな風に親交を深める時間も大事だと思う。


「ふふっ、セラ様、とっても慕われているのですね」

「……()()を集めているのはミリアの方じゃないかな?」

「……?」


 よく分からなかったけれど、団員たちがそろって手を祈りの形に組み、セラ様に向けているのだから対象はセラ様だろう。これからももっとセラ様の素晴らしいところが皆に伝わればいい。

 そのまま肩を抱かれ、私とセラ様は部屋を出た。きっとセラ様もクリームたっぷりのスコーンを喜んで食べて下さるだろう。

 皆に退室の挨拶をしようと思ったが、私が振り返る前にその扉は静かに閉じてしまったのだった。


 ◇


「……ヤバかったな……」

「ああ、めちゃめちゃ危なかったぜ」

「団長の目に光なかったもんな」

「レオ、お前背中の皮膚ごと剥かれるところだったんじゃねぇか」


 ぶるり、と背中が震える。確かに今日のはヤバかった。

 団長がミリアさんを専属秘書官として紹介してくれたその時から、団長の執着具合は異常だと皆が察していたのだ。やたら近い距離で腰を抱き、ミリアさんにだけは甘くとろけるような笑みを浮かべて耳元で囁き合う二人を見て驚愕した。あの氷の王子はあんな顔が出来たのか、と。

 セラファン殿下が初めて魔法師団に来たのは、彼がまだ少年と言っていい年齢の頃だった。

 何者かに呪いをかけられ、そのせいで長年離宮に軟禁状態となり。ご自身の膨大な魔力で呪いの核を壊したのはたしか、十歳か十一歳くらいだったとか。城に戻り、王子としての教育を受けて。元来優秀だったのだろう、たったの二年ほどでそれらをこなした殿下はさっさと城を出て魔法師団に所属することを自ら選んだのだという。

 高貴な血筋ながら、魔法師の見習いとしての下働きも文句ひとつ言わず淡々とこなしていた。魔法の腕前は当初からぴかいちで、特に適性の高い氷魔法は師団内でも敵う者はいなかったと思う。それなのに特に威張ることも驕ることもなく、ただ日々をこなしているという風に見えた。

 可愛くない子供だと、当時の俺はそう思っていた。感情も見せず、笑いも泣きも怒りもしない。なんだか少し不気味だな、と。

 見習いを脱してからも、任務は特別な物を与えられているらしく俺たち一般団員とは関わる機会もない。所詮住む場所の違う人なのだと、もう気にすることもほとんどなくなっていた。

 ほんの少しの違和感を感じ始めたのは、あの絵本を読んでからだ。おじさんは王子様みたいな氷の魔法を使えるのかと姪っ子に問われ、その存在を知った。女神の目覚めをひたすらに待つその絵姿は、どう見てもセラファン殿下にそっくりだった。そして当の本人は、任務の間に必ず同じ聖殿へ足を運ぶのだという。何年も何年も、ずっと変わらずに。その立場上、婚姻の話も少なくなかったはずだ。けれどその全てを断り、また殿下の見目に惹かれて擦り寄って来る数多の女性もすげなく退けて。


『彼女は今日から俺の専属秘書官として働くことになった。お前たちはよろしくしなくてもいいが、一応覚えておいてくれ』


 全然紹介になってない紹介を受け、いつも通りの無表情で俺たちを見回した後。

 腕に抱いた彼女を見降ろした殿下が、とても優しく、そして幸せそうに笑ったのだ。


 ああ、この方は、ずっと待っていらしたのだな。


 あの可愛くないぶすくれた少年は、今やこんなにも表情豊かに笑い、怒り、そして俺たちごときにもこんなに嫉妬を露わにしている。

 ミリアさんは確かに素敵な女性だ。見た目も華やかとは違うけれど、清楚でとても上品だ。なにより周囲をよく見ていて、誰かが体調を崩したりするとすぐに気付いて対処してくれる。淹れてくれるお茶は美味しいし、お菓子なんて売り物かってくらいの出来栄えだ。優しいし、包容力があるし、書類仕事だってミリアさんが来てから随分やりやすく整理してくれている。団員達は皆ミリアさんが好きだし、感謝の気持ちでいっぱいだ。

 けれどそれは、ミリアさんが団長の女神様だからなのだと、分かっているだろうか。


 俺たちに出来ない難しい任務を単独でこなす一方、俺たちが日々行っている地味な仕事を馬鹿にすることも決してしない。それぞれの得意不得意をいつの間にか把握して、不備のないよう丁寧に配置してくれているのを知っている。

 団長は、俺たちのような末端の団員までしっかり名前を憶えている。だからこそ怖いというのも、まあ無きにしも非ずではあるが……!


 団長の表情が再び凍り付いてしまわないよう、あの穏やかな春のような微笑みがずっと続いていくようにと願ってやまない。

 長いことひとりで耐え忍んで来られたのだ。これからは女神様と二人で、心ゆくまで幸せになって欲しい。

 どんなに可愛くない子供だって、短くない間同僚としてやってきたのだ。あの笑顔を見せられて、団長とミリアさんの仲を応援しない奴はここにひとりもいないだろう。

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